第17話『料理人グリエ、国の未来を救う』

「ベルモットのばかばかばかっ! 絶対にバレないって言ったのに~~!」


 ブレゼの大森林での冒険を終えたあと――。

 王城に戻ったフランは私室でソファに顔をうずめていた。

 『ポワレ』と名乗って変装していたはずなのに、グリエには最初からバレバレだったらしい。

 そうとも知らずに焚火の際にはすり寄ってしまったし、大胆にも意中の女性がいるかだなんて聞いてしまった。

 それを思い出すだけでフランは顔から火が吹き出そうだ。


 ソファの上で身をよじって恥ずかしがる若き女王。

 そんなあられもない姿を前にして、教育係の女性ベルモットはすました様子で向かいのソファに腰かけている。

 『ポワレ』への変装を発案したのはこのベルモットなのだが、まったく悪びれる様子はなかった。


「あら。そんな約束はしていませんよ、女王陛下。私は『グリエ様に同行する作戦』を考えたまでのこと。事実、同行できたではありませんか」

「それはそうですけれどっ!? で……でも、あんな恥ずかしい会話」


 フランはそう言った瞬間に再び焚火でのひと時を思い出し、またもやジタバタと身をよじる。


「それは陛下の自業自得です。むしろ素のご自分をさらけ出せたとお考えになってもよろしいかと」

「よろしくありませんわよぉぉ……」


 ヤレヤレとベルモット。


「……ところでその後のお話、もう一度お伺いしてよろしいですか?」

「え……ええ。……その後、アースドラゴンの巣の中に下層への扉を見つけましたの」


 ドラゴンは貴金属を好むと言われているが、遺跡の扉が煌びやかな黄金で飾り付けられていたので、巣にされていたようだ。

 その後、ぜひ次の階層をその目で見たいと申し出た冒険者たちと共に扉をくぐる。

 果たして眼前に広がったのは、石造りの広大な遺跡だった。

 魔森林のあちこちに張り巡らされた水晶樹の根が遺跡内にも届いており、驚くほどに明るく美しい。清らかな水路があるところを見ると、上層の川ともつながっていると思われた。


 ――その光景を思い出し、フランは恥ずかしさから一転、身を乗り出して目を輝かせる。


「……まさに大発見でしたわ! あれはキャセロール王国のいしずえとなった先史文明の遺跡に違いありません。近いうちに宮廷の学士を伴って降りねばなりませんね!」


 その美しく荘厳な景色を前にして、冒険者たちも目に見えて心躍っているようだった。

 彼らのような探求者が新たな発見を持ち帰ることはたいへん多い。

 残念ながら今回の冒険者たちは負傷者がいるため撤退を決断したようだったが、彼らはいずれ準備を整えて再挑戦する気概のようだった。


「……まあ、期待に胸膨らむのは当然でしょうね。未探索の遺跡となれば貴重な発見の宝庫。仮にその一部が税で徴収されようとも、残りの取り分で冒険者の懐は十二分にうるおうものです」


 どこの領地にも属さない遺跡であればいざ知らず、ブレゼの大森林はまがりなりにもキャセロール王国、そしてグリエ男爵の持ち物だ。そこで得られた成果には税が発生し、比類出来ない貴重な発見は多額の報酬と引き換えに国家の物となる。

 そして探索できる冒険者も、冒険者ギルドの厳正な審査が必要とされていた。

 ……とはいえ、世界を救うであろう『霊薬』の発見を急ぐキャセロール王国は税を大幅に緩和し、それゆえにブレゼの大森林は冒険者たちの注目を集めているのだった。


 ……と、そんな前提を並べたうえで、ベルモットは目の前の女王をしげしげと見つめる。


「まさか一度の探索で本当に『霊薬』を発見されてしまうとは。……しかも国王と領主自らの手で。……このベルモット、感服いたしました」


 そう。

 フランとグリエはキャセロール王国が追い求めていた『霊薬』を発見したのだ。

 いつまでも幼い少女のようであった女王フラン。そんな彼女と英雄グリエの出会いが世界を動かし始めていることに、ベルモットは静かなる感動を噛みしめていた。



  ◇ ◇ ◇



 ――フランとベルモットの会話から時はさかのぼり、アースドラゴンを討伐した頃に戻る。

 遺跡の扉を開いた後、グリエとフランは冒険者たちの帰還を見送っていた。


 さすがの冒険者たちも、女王や領主……ましてや竜を倒した功労者に先んじて遺跡に乗り込むなんて大それたことはできなかったのだろう。

 彼らはグリエとフランに謝辞を述べながら地上へと帰還することになった。


 ……そして完全に彼らの姿が見えなくなった後、帽子を取ったフランは唇を尖らせてグリエを見つめる。

 頬は美味しそうな果実のように真っ赤だった。


「……正体がわたくしだと気づいていらっしゃったのなら、言って下さればよかったではありませんか」

「ええっと……。……その。そこまでして同行したいって言うのに、追い返すのは可哀想だろ?」

「うぅ……。お陰であんな恥ずかしいマネを…………」


 まるで責めるような視線だが、なにもかもフランの自業自得でしかない。

 お互いにそれは分かっているので、フランは何も言わずに遺跡の中に足を踏み入れた。


「おや、帽子はもう被らないのかい? 被ったほうが安全だぜ」

「わ、わ、わたくしはポワレではありませんので!」

「そうなのか。似合ってたのにな……」


 グリエがそう言うと、フランはそそくさと帽子を被り出す。


「ん? 変装を止めたって言ったばかりなのに」

「あ、安全のためですわ! さあ参りますわよ、グリエさん!」


 そしてフランは足早に遺跡の中に駆け出して行った。



  ◇ ◇ ◇



 遺跡の内部といっても、水晶樹の透明な幹を通じて日光が注がれているので屋外のように明るい。

 水路には清らかな水が流れ、そこはまるで整った庭園のようだった。

 光と水があるおかげで遺跡の内部にも植物があふれている。


 フランは王家に伝わる古文書の写しを片手に遺跡内を先導してくれている。

 ここは元々地上に建てられていた研究所の一部だったようで、地下の空洞化に伴って地下深くに埋もれてしまったらしい。

 そのため、トラップのような危険はなさそうだった。


「長く封鎖されてたんだろう。魔獣の気配もないな。生き物と言えば水路の魚がせいぜいだ」


 グリエは嗅覚を頼りに周囲の様子をうかがうが、危険な気配は感じられなかった。


「あっ、ここです! この扉の向こうが薬品貯蔵庫のようですわ!」


 フランが声を躍らせた。

 彼女は壁面に刻まれた印と古文書を見比べると、おもむろに懐からナイフを取り出して自分の指先を傷つける。

 そしてにじみ出た血を壁面の魔法陣に当てた。


「魔術結界か……。王族以外の侵入を阻むとは、念入りな建物だぜ」


 魔術結界をほどこされた扉は、登録してある個人や血筋の者を判定して開く。

 国家機密を保管するためなど、この現在でもつかわれている技術なのだ。

 そもそもアースドラゴンに守られていた入り口も魔術結界で封じられていたので、フランでなければ開けなかった。


 フランが魔法陣に血液をささげると、その瞬間に魔法陣が光り輝く。

 そして石造りの重そうな扉が、ゆっくりと開いていった。


「お父様……お母様……。ついに民を苦しめた病が克服できる日が参りましたわ。お二人の悲願、わたくしの手で果たしてみせます」


 10年ほど前に大陸全土を襲った不治の病。

 先代の王と王妃が治療方法を求めて奔走したが、その努力もむなしく多くの命が失われることになった。

 ……そして神のいたずらというべきか。

 先王の死後しばらくして……つまりほんの一年ほど前に霊薬の研究を記した古文書が見つかったのである。

 それを手がかりに研究所を求めた結果、この迷宮への入り口が発見されることになった。


 期待を胸にフランは貯蔵庫に足を踏み入れる。

 ――しかし彼女を待っていたのは落胆だった。



「……なんてことですの」

「…………床が抜けてるな。水晶樹の根、それが床下を突き破っていやがる」


 頭上からのびる水晶の樹の根。それが床板を押し破っており、貯蔵庫全体の床がほとんど失われていた。

 かろうじて残る床面にはガラスの破片ばかりが散らばり、一見して薬品と思わしきものは何一つない。

 床に開いた亀裂を覗き込むと、どこまで続いているか分からない大空洞が口を開けていた。


「……仮に霊薬があったとして、こんな高さから落下したなら……」


 フランは弱々しく言葉を詰まらせる。

「ガラス容器など無事でいられるわけがない」……その言葉を口に出せるわけがなかった。


「あー……。陛下。その……残念だったな」

「……これも神が与えたもうた試練なのでしょうか」


 その声は震え、涙が足元を濡らす。

 そんな彼女の背後で、グリエは気まずそうに頭を掻く。


「おそらくだが……あるぜ、薬」

「…………え?」


 グリエが何を言っているのか分からず、フランは目を瞬かせる。


「陛下の言う『霊薬』とは別物だと思うんだが、その代わりになりそうなものを見つけたんだ」

「……どういうことですの!?」


 問いかけるフランを横目に、グリエは遺跡の入り口側……その外の方を指さした。


「傷ついたアースドラゴンが何かを食って回復してたんだ。……もしやと思ってな」




 そう言ってグリエが導いた場所とは、アースドラゴンが最期に陣取っていた岸壁。

 その崖の中腹だった。

 水晶樹を通した光が差し込む場所。

 ――そこに揺れるのは黄金色の麦の穂だった。


「グラッセ王国で一度だけ見たことがあるんだが、間違いなくこれは『アムリタ麦』だ」

「アムリタ麦……!? あの、万能薬にもなり得るという奇跡の穀物ですか!?」

「ああ。……しかもこれは素晴らしいな。グラッセ王国で保管されていた麦はすでに脱穀されて死んだ麦だった。だが、これは今まさに生きている麦」


 グリエの言葉でフランははっと気が付く。


「つまり……これを育て増やせば、我がキャセロール王国で万能薬が製造できるということ!」


 もしかすると、遺跡で作られていた霊薬もこのアムリタ麦が原料だったのかもしれない。

 霊薬そのものが失われても、遺跡の外で芽吹いた麦がその価値を今に届けてくれている。

 絶望から一転、フランの瞳には喜びの涙があふれだした。


「グリエさん……。いえ、今だけはグリエ様と呼ばせてくださいまし。……あなたこそが大陸の救世主です。わたくしはこの麦を大切に育て、必ずや多くの民を救ってみせましょう!」


 フランは手を結び、心の底からの感謝を示すのだった――。



 = = = = = = =

【後書き】

お読みいただき、誠にありがとうございます!

素晴らしい成果を持ち帰ったグリエとフラン。ここからどんな栄光が待っているのか……。ぜひ今後にご期待ください。


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