第16話『グリエにかかれば竜もただの食材です』

 迷宮の下層の方から地響きが聞こえる。

 ドーム状の大広間の中、そこかしこに生える木々を揺らしながら、長い首が姿を現した。

 あれこそがアースドラゴン。

 四つん這いで歩く首長竜で、硬くぶ厚い鱗に覆われている。

 グリエは大きな荷を下ろし、肉叩きミートハンマーを握りしめた。


「……ドラゴンとやり合うのは久しぶりだな。さすがは迷宮ってところか」


 ドラゴンの種類は数多くあり、アースドラゴンは今まで狩ったことのない相手だ。

 グリエはポワレから事前に聞いた特徴を思い出す。

 相手は巨大で、鱗の硬い大物。ただし硬いと言ってもタイタントータスの甲羅ほどではなく、むしろ脅威と言えば運動能力とタフネスのようだ。

 アースドラゴンならではの武器と言えば、尻尾を使った投石と、広範囲に出現させる岩柱らしい。


 するとふいにビョオッと空気を切り裂く音がし、トゲ状の岩が飛来する。

 これが奴の投石技だ。

 しかしグリエはハンマーを振りかぶって、その岩を難なく叩き落とす。


「さ……さすがS級!」

「驚いてる暇はねぇぜ。次から次へと飛んでくる。早く退避しろ」


 グリエは近場の岩弾を叩き落としながら叫ぶ。

 その時、少し離れた地点から飛びウサギがあふれ出た。どうやら近くに落下した岩弾で驚いたようだ。

 ウサギたちはグリエたち冒険者の集団を見定めると、攻撃的な表情を向けた。


「ははぁ。昨日、飛びウサギに追われていた冒険者も、こうやって被害に遭ったのかもしれないな」


 飛びウサギは単体だと脅威ではないが、群れると厄介だ。

 逃げてきた冒険者たちはあっという間に退路をふさがれてしまった。


「くそ、次から次へと……」

「も……もうダメだ」


 すでに怪我を負っている彼らは弱腰だ。

 襲い掛かって来る狂暴なウサギ。

 しかしあっという間に10羽が撃ち落された。


「問題ありません!」


 そう告げるポワレの手には弓が握られている。そして続けざまに連射し、正確無比な矢が次々とウサギを仕留めていった。


(……陛下、やるじゃないか。混乱の中での落ち着き、狩人の素質があるぜ)


 ポワレに視線を向けるグリエ。その時、彼はポワレの矢筒に違和感を覚えた。

 あれだけ何十本も撃っているのに矢筒から矢が減っていない。

 無限に出ているような錯覚を覚えて観察すると、なんと矢筒の口が光っていた。


(なるほど、アイテムボックスの口をつないでいるわけだ。自分の能力を生かしたうまい戦い方だな……)


 彼女ならきっと残弾も十分に準備してあるはず。これなら何の心配もいらなそうだ。


「……ポワレさん、みんなの退却を任せられるか? 竜は俺が倒す」

「もちろんです! グリエ様もご武運を!」


 二人は背中を向かい合わせて言葉を交わす。

 この瞬間、お互いに対する心配などどこにもなかった。

 ポワレは前方に手を振りかざし、上の階層への登り口を指し示す。


「さあ道はひらきました! 我と共に参りなさい!」


 ポワレは傷ついた冒険者をまとめ、後退させる。

 遠ざかる気配を背中に感じ、グリエは笑った。


「さすがは女王陛下。立派に指揮を執っていらっしゃる。……じゃ、俺は俺の仕事をいたしますか」


 木々の間から見えるドラゴンの巨大な体躯。

 その尻尾の先端を見ると、次々と複数のトゲが生えてくることが分かった。どうやらあれを飛ばしているようだ。

 大木に隠れて様子をうかがっていると、ゴォという音と共に岩弾が飛んできた。

 その狙いは正確で、隠れていた大木を根元から叩き折る。


「やっぱりあいつ、俺の居場所が分かってるな。目に頼ってないってことは嗅覚か聴覚……」


 グリエはとっさに避け、それならばとドラゴンに向かって猛然と駆け寄っていく。

 接近すれば位置がバレていても問題ないわけだ。


 間近に寄れば、見上げるほどの巨大さだ。四つん這いの姿勢であっても、その背中の高さは近くにある高木に届きそうなぐらい。10メートルはあるだろうか。


 ドラゴンは接近を嫌がり、牙や尻尾でグリエを襲う。

 しかし動きが予測できる彼には何の問題もなく。隙を縫ってがら空きの横腹にハンマーを叩きこんだ。

 ミシリという感触。肋骨を折ったらしい。


「ゴオォオォォォッ!!」


 たまらず叫ぶドラゴン。

 すると、これまでにないほどに片脚を高く振り上げる。


「……この予兆、広範囲の岩柱かっ」


 ポワレから聞いていたアースドラゴンの範囲攻撃。

 ドラゴンを中心に半径20メートルの円内に無数の鋭い岩柱を生み出す必殺技らしい。

 数瞬後に出現するであろう岩柱、今から後退しても間に合わない。


「まぁ、普通なら間に合わないんだろうな。……普通なら!」


 グリエは振り上げていない方の脚に向かって駆け、脚にハンマーを打ち付けた勢いでジャンプする。

 肉叩きのギザギザした打撃面をうまくドラゴンの皮膚に引っかけ、その勢いのまま広い背中に乗り上げた。

 それと同時に大地が叫ぶような轟音を立て、剣のように鋭い岩柱が無数に突出する。



 ……地上はすでに岩柱で足の踏み場が無くなっているが、グリエは竜の背の上で悠々と立っていた。

 ドラゴンの方は硬い鱗に守られて鈍感なのか、まだグリエに気づいていないようだ。

 ハンマーを背中のベルトに固定すると、グリエは左わきに装着した包丁の鞘に手を当て、首に向かって駆けた。


「っらぁっ!!」


 鞘から一気に包丁を抜く。

 ――居合いあい

 その鋭い一閃は空を斬り、真空刃となって竜の首を襲った。

 刀身の短い包丁からは想像もできないほどの長大な刃。グリエの持つ中距離の斬撃術である。

 真空刃は竜の中でもひと際硬いとされるアースドラゴンの鱗さえも断ち切り、首から鮮血を飛ばす。それを続けざまに3発おみまいした。

 ドラゴンはたまらず吠え、大きく体を揺らす。


「っと、深追いは厳禁だな」


 手負いの獣はなりふり構わないものだ。

 グリエがとっさに近くの木の枝に飛び移ると同時にドラゴンは目まぐるしく回転し、体に乗った外敵を振り落としてモミクチャにしようと暴れまわった。


 あのまま背に乗っていればひとたまりもなかっただろう。

 しかし冷静なグリエにとっては敵ではなく、その暴走が最期のやけっぱちだったと見抜いている。

 ドラゴンの目にはすでに光が無くなっていた。

 このまま隙を見つけて体力を削れば終わる仕事だ。



 ……と、その時だ。

 ドラゴンは唐突にグリエから視線を外し、背後の岸壁まで後退し始めた。


「……なんだ? 何かを求めてる?」


 明らかに目的があるようなドラゴンの行動。

 すると崖上に頭を伸ばし、何かを食べた。

 何かを呑み込むたびに、ドラゴンの目に光が戻っていくようだ。

 首の切断口も血が止まっている。


「……まさか、回復だと?」


 回復するとなると、時間をかければ不利になりかねない。

 一気に勝負をつけるしかないということだ。


 ドラゴンはというと、岸壁間際に陣取って広範囲に岩柱を発生させる。

 そして口角を上げたように見えた。


「なるほど、これで近寄れないだろうって笑ってるわけか。なあお前。……俺が中~近距離特化だと勘違いしてないか?」


 グリエは肉叩きを地面に置き、グリップ部分の先端をひねる。

 すると、そのグリップの中から一本の鉄の棒が引き抜かれた。

 先端がとがった鉄の槍である。

 そしてグリエは腰の鞄から金属のキャップを取り出し、槍の先端に取り付ける。


「行動はもう把握した。アースドラゴン、お前はもう俺の皿の上だぜ」


 グリエは槍を構え、狙いを定める。目標は竜の急所、首にある逆鱗げきりんだ。あの逆さに生えた鱗の奥には太い血管が集中し、強靭な竜の数少ない弱点と言えるのだ。

 そしてグリエは呼吸を止める。

 待つのはアースドラゴンが尻尾から放つ岩弾の発射。何度か見ているうちに、発射後の3秒だけ硬直があるのを見抜いていた。


(――いつでも来い)


 そう念じると同時に、ドラゴンの筋肉が動く。

 尻尾が大きく動いたかと思うと、岩弾が空気を切り裂きグリエに迫った。

 着弾する場所はすでに予測済み。

 グリエはギリギリでよけられる位置に体をずらし、体全体を弓のようにしならせる。


「――――おっらぁっ!!」


 グリエ渾身こんしん投擲とうてき

 ゴォと空気を切り裂き、ひとすじの光線のように鉄の槍が一直線に首に向かう。

 寸分たがわずに逆鱗へ命中。

 次の瞬間。首の後ろが爆ぜて、ドラゴンは白目をむいた。


「刺さったところ周辺はミンチになる。……この槍唯一の弱点だな」


 グリエの言葉と共にゆっくりと崩れ落ちるアースドラゴン。

 それはどこからどう見ても完全なる勝利だった。



  ◇ ◇ ◇



「もう……大丈夫ですか?」


 地に臥して動かなくなったアースドラゴン。

 その様子を遠くから確認していたポワレたちが恐る恐る近寄ってきた。

 そんな彼女たちにグリエは笑顔を向ける。


「ああ、完全に沈黙した」


 それを聞いたポワレは尊敬の眼差しでグリエを見つめる。

 冒険者たちは一様に呆気に取られていた。


「本当に一人で倒したのか……。これがS級冒険者……」

「あんた、凄すぎるぜ。槍の投擲で逆鱗に命中させるなんて、どれだけ正確なんだよ……」

「あ……あの。最後の一撃で破裂したように見えたんですが、何をしたんですか?」


 冒険者の素朴な疑問を耳にし、グリエは腰の鞄から金属の部品を取り出した。


「ああ。……これを付けたんだ」

「金属の……キャップですか?」

「先端に柔らかい金属を使っててな。刺さった瞬間につぶれて、広がりながら体内にめり込むんだ。ただ貫通させるよりも内部を広く破壊できるのさ。……ただ、これが当たった部位はミンチになるし、ステーキは諦めるしかないんだよな……」


 あくまでもドラゴンを食材としてしか見ていない発言に、冒険者たちはただ驚きのため息をつくだけだった。

 そんな彼らを尻目にし、グリエの興味は目の前のドラゴン肉にあった。

 彼は滅多に手に入らない食材を前にして興奮気味である。

 滑らかな包丁さばきで尻尾の一部を切り取り、肉質を観察し始める。


「ほぉ、案外薄い色なんだな。種族の差か、個体差か……。少し硬いが、香りはいい。熟成させればかなりうまい肉になりそうだ」

「まさか食うのか!?」

「当たり前だろう? その為に命を頂いてるって言っても過言じゃない」

「ドラゴンのお肉ですか! ステーキ、煮込み……楽しみでなりませんわ」


 ポワレも興奮しグリエの傍らで食い入るように肉を見定めている。


「さすがS級パーティー。豪快ですね……。しかしこんな量、どうやって持ち帰るんですか?」

「そりゃあ陛下のアイテムボックスさ。な?」

「ええ。このぐらい、簡単に収納出来ますわ」


 グリエとポワレはあっけらかんと答える。ドラゴンの肉を前にして興奮しており、お互いにポワレの正体に触れないという意識が消えてしまっていた。

 冷静な冒険者たちは顔を見合わせ、ポワレに視線を送る。


「ま、待ってください。陛下……ですって!?」

「まさか女王陛下!? なぜここに!?」


 彼らはポワレの銀髪や顔立ちがフラン女王そのものであると知るや、慌てて彼女の足元にひざまずく。

 そこまでされて、ようやくグリエたちは気が付いた。


「……あ、しまった」

「グ……グリエ……さん。……いつから気が付いていましたの?」

「えっと……。……さ……最初から?」

「え……ええぇーーっ!?」


 ポワレの顔がふいに火照り、彼女はとっさに顔を隠した。


 ――『ところでグリエ様は意中の女性はいらっしゃるのですか?』

 ――『……グリエ様のような、たくましくてお優しい方……』

 そんな発言を思い出すポワレ……もとい、フラン女王。

 彼女はあまりの恥ずかしさにうずくまるしかできなかった。

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