第14話『料理人グリエ、お忍びの女王様と冒険する』

 変装して冒険者ギルドに現れたフラン。

 グリエは彼女を前にして途方に暮れていた。


「えっと……ですね。女王陛下は冒険に同行できないことを大変残念がられておりました。それでも何もせずにはおられない……とのことで、私を派遣されたのです」


(女王陛下さんよぉ……。そういう設定で押し通すつもりかい?)


 すでに彼女の正体を見破っているグリエは、ため息を禁じ得ない。

 彼女の気配から察するに、自分の正体がバレているなんて露ほども考えていないようだ。

 止めてもらったはずの『グリエ様』呼びが復活しているのでグリエはムズムズしてくる。

 ここで追い返すのは簡単だが、ちょっとかわいそうな気持ちにもなっていた。


「……ええっとポワレさん。ひとまず君のことを聞かせてもらっていいかな? ……ほら、パーティを組むわけだから得意分野とか」

「と、得意分野ですか? えっとですね、私が深く学んでいるのは歴史、哲学、外交……」


 彼女は緊張しながら言うが、グリエは首を傾げた。

 冒険者ギルドで得意分野を尋ねたのだから戦闘スタイルとかスキルとか……そういう答えを想像していたのだが、のっけからポワレ……つまりフランは勘違いしているようだった。


「外交……まるで王族みたいだな」

「えっ。……あ、その……。あ、あれです。私は王太子の教育役を代々務めさせていただいている家の生まれでして……。決して王族なんてものではございませんですよ!」

「分かった分かった。信じるよ。……しかし名家のお嬢さんが冒険なんて危ないぜ。俺はここで情報を貰えれば十分だしさ」


 本当に冒険に連れて行っていいんだろうかとグリエは悩む。

 確かに服装はいつものドレスと異なり探索に適した身軽そうな格好になっているが、グリエの不安を払拭ふっしょくできる程ではない。


「そ……そんなわけにはまいりませんです! えっと……ここで引き下がっては女王陛下に合わせる顔がないですし、仕事としてここにきている以上、責任がありますの……です!」

「……いいかい、ポワレさん。俺はこれから向かうブレゼの大森林の事を知らない。何かあった時、自分で自分の身を守れるぐらいじゃないと、ついてきちゃダメだ。……こんなことを言うのは失礼だろうが、君が戦えるようにはとても……」


 しかし予想外にポワレは胸を張った。


「戦えますわ……です! 私、こう見えてもなかなかの腕前だと有名なんですよ!」

「……腕前?」


 そして彼女は柱に立てかけてあった物を手に取る。

 それは狩猟で一般的に使われるショートボウである。

 王族の持ち物とは思えないほどに無駄な装飾がなく、よく使い込まれているようだ。それだけでも飾りではないと分かる。


「なるほど。それなら魔獣と距離をとって戦えるか。……念のため、その腕前って奴も確認させてもらおうかな」



  ◇ ◇ ◇



 そう言ってやってきたのは冒険者ギルドの横に併設された修練場。

 冒険者の訓練に用いられるほか、技術や強さを見定める場でもある。

 そこでグリエは思いもよらず感嘆のため息を漏らした。


「……凄いな」

「でしょう!」


 ポワレの弓の腕前はグリエが驚くほどだった。

 まさに百発百中。

 止まった的など言わずもがな。振り子のように揺れる的も全てど真ん中を撃ち抜いていた。


「すまん。正直に言って、ちょっとあなどってた」

「もっと褒めてください! グリエ様に驚かれることなんて、なかなか無さそうなので!」


 ポワレはえっへんと胸を張って誇らしげに笑う。

 弓術はキャセロール王家の秘伝なのだろうか。弓を構える彼女は非常に様になっていた。

 しかも連射の速さと言ったら、グリエを超えるかもしれない。2秒に1本のスピードで正確に速射し続ける様は神業とも言えた。


「本当に凄いよ。実際のところ、君ぐらいの弓の名手はなかなかお目にかかれないな……」

「では同行を許していただけますか!?」

「ああ、頼もしい限りだ」


 グリエがうなずくと、ポワレはそれはもう嬉しそうにはしゃぐのだった。



  ◇ ◇ ◇



 ――ブレゼの大森林。

 グリエは魔獣の森と似たような感じだと想像していたが、一歩踏み入ってすぐに違うと分かった。

 生い茂る木々の根本には無数の裂け目があり、見下ろすと奥深い大空洞がのぞき見える。

 外からは「森」に見えていたが、この地の本質は「地下」にあるようだ。


「まるでダンジョンだな。さすがは『迷宮』と呼ばれるだけはある」

「森林要素もありますよ。地下なのにほら、木々が育成しておりますでしょう?」


 ポワレが亀裂の奥を指さすと、確かに地下なのに所々に木々がある。


「確かに……。地下なのに明るいな。植物が育つとは……」

「『水晶樹』のお陰です。見えますか? 普通の木々に混じって水晶のような大きな枝が伸びているのを」


 ポワレが指し示す先を見ると、明らかに普通ではない物が目に入った。

 形状は木の枝のようであるが、白く透明できらめいている。何よりも巨大で、地下深くどこまで続いているか分からないほどだった。


「あの水晶樹が地下に光を届けているのです。そのおかげで独特な生態系が作られているのですよ」


 ガイドのように説明してくれるポワレに導かれ、グリエは地下深くまで踏み込んでいく。

 彼女はさすがは『助言者』と自称するだけのことはあり、事前に昇降用のロープや金具など、この地の探索に欠かせない道具を事前に準備してくれていた。



 この迷宮は複雑に入り組んだトンネルや足場から成り立っており、亀裂から見下ろすだけでは全貌が全く分からない。森と洞窟が混ざったような不思議な光景が続いていた。

 ときおり過去の冒険者が置いたであろう注意喚起の立て札があったが、深く潜るごとにその数は減っていく。


「それにしても不思議ですわ……。本来なら強力な魔獣がウヨウヨといるはずですのに、ここまで遭遇率が低いとは……」


 ポワレが不思議そうに首をかしげると、グリエは自分の背負い袋を指さした。

 そこには獣の毛皮がぶら下がっている。


「エンシェントレオの毛皮のお陰さ。この臭いで並大抵の魔獣は警戒するわけだ」

「エンシェントレオ!? 魔獣の王ではありませんか! ……何でもないようにぶら下げていらっしゃるから、気付きませんでした……。まさかグリエ様が狩られたのですか!?」

「ああ、けっこう旨かったぜ。ただ一級品かというとそうでもなかったな。強けりゃ旨いってわけでもない」

「あぁぁ……なんで当然のように召し上がられてるんですの!? 一国の騎士団が総出でも敵いませんのに!!」

「ははは。ちなみに毛皮をしまえば魔獣も襲ってくると思うぜ。食いきれないから必要な時にしか隠さないがな」

「グリエ様にとっては全て食材ですのね……」


 ポワレは呆気にとられるしかなかった。

 そうして歩を進める中で、グリエはギルドで彼女から聞いた話を思い出す。


「ところで女王陛下からの依頼は『霊薬の入手』だったか?」

「あ、はい。入手まで行かずとも、その手がかりが得られるだけでも大きな前進なのです。大陸全土を包み込む病の影。霊薬が存在すると分かるだけでも民は救われるでしょう」


 王家に伝わる文献によれば、この迷宮の奥に『霊薬』と呼ばれる万能薬があるらしい。

 10年前にこの大陸に現れて猛威を振るった流行り病。その影は今でも人々を脅かしている。その霊薬の効果が実際にどれほどの物かはわからないが、本当に文献の通りであれば間違いなく民の希望になるだろう。


「俺の師匠であるアルベールさんもその病で死んだんだ。……みんなの笑顔のためにも、絶対に見つけたいぜ」


 グリエは拳を握って決意を新たにする。



 と、その時。一陣の風が魔獣の臭いを運んできた。

 グリエは感覚を研ぎ澄まし、その数と正体を見極める。


「飛びウサギ……。20……いや23匹ってところか。人が追われてるな」

「探索中の冒険者でしょう。巣を刺激したのかしれませんね」


 飛びウサギとはその名の通り、長い耳が翼になっていて滑空する魔物だ。

 一匹一匹は強くないもののすばしっこく、巣を守るためなら集団で強者も襲う特徴があった。

 防衛本能が勝っている状態だとエンシェントレオの毛皮も効果あるまい。


「ポワレさんはそこの木のうろにでも隠れてくれ。あと1分もすれば姿が見えるだろう」


 グリエはそう言って包丁を構える。肉叩きだと一撃で潰してしまい、肉の質が落ちるからだ。

 すると助けを求める男の声が響き渡ってきた。

 身軽な革の鎧で身を包んだ冒険者だ。荷を捨ててしまったのか、一振りの剣しか持っていない。あちこちを噛まれて悲惨な出で立ちだった。

 そしてその背後を飛び交う小さな影。

 木から木へと跳躍し、頭の翼で滑空するのは間違いなく飛びウサギだ。


「私が数を減らします!」


 凛としたポワレの声。

 そして次の瞬間、空気を切り裂き幾筋もの矢が飛んだ。

 ほとんど同時とも言える矢の連撃が、寸分の狂いなく小さな的の中心を射抜く。

 あっという間にウサギの半数が沈黙した。

 グリエは感心しながら包丁を振り回し、接近してきた残りの半数を軽々と撃ち落とす。


「本当に素晴らしいな……。あっという間に10羽か」

「グリエ様には負けますわ。ほとんど一振りに見えましたのに13羽が一瞬で!」


 二人はお互いをたたえ合う。

 思いもよらぬ頼もしい仲間の出現に、グリエは胸を躍らせるのだった。

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