第13話『女王陛下はいろいろとお悩み』

 キャセロール王国の王城。

 フラン女王の私室で、二人の女性が会話を弾ませていた。

 いや、弾んでばかりなのはフランの方で、聞き役の女性はフランの話をクールに受け流しているという感じだ。

 それでもフランは嫌な顔一つせず、まるで実の姉のように親しみをもって話していた。


「はぁぁ……。自分が情けないですわ……。グリエ様はわたくしのことを『食いしん坊』だとばかり思われているのです」

「本当ではないですか」

「んもうっ、ベルモットもクールすぎっ。わたくしは食いしん坊ではありません! いくら心で律しようとしても、本能に抗えないだけなんですの!」

「それが食いしん坊ということでは?」

「全部全部、グリエ様の料理が美味し過ぎるのが悪いんですわっ」


 ソファの上でじたばたするフラン。

 そこには女王の威厳など欠片もなかった。


 クールな女性は涼やかに、しかしわずかに微笑みながらフランを見守る。

 彼女の名はベルモット。

 ソルベ侯爵家の令嬢であり、フランが幼い頃から教育係を務めてきた。小柄なフランと並ぶと大人と子供の差があるかと思うほどの長身の女性である。

 彼女はフランの幼さが抜けきらない部分を好ましく思いながらも、おほんと咳ばらいをして本題に戻す。


「それで陛下。断られたにも関わらず、本当に探索に同行されるおつもりですか? ……グリエ様がおっしゃったとおり、危険かと存じます。それにグリエ様なら、何の問題もなく成果をお出しになるかと」

「それは当然、何の心配もございませんわ。……しかしブレゼの大森林の探索は王家の悲願。あの森に隠されていると伝わる『霊薬』を入手できれば、この大陸に蔓延まんえんする病の根絶も夢ではないのです。人任せにせず、少しでもできることをやりたいのです」


 10年ほど前に大陸全土を不治の病が蔓延し、多くの人々が命を奪われた。

 フランの両親……つまり先代の王と王妃も同様に命を落とし、フランはわずか6歳にして女王を継がざるを得なくなったのだ。

 そんな生い立ちもあり、フランは民を守ろうと懸命に勉学に励んできた。


「そのお気持ちはご立派です。確かに公爵閣下かっか摂政せっしょうをなさっている今なら、陛下はある程度自由がありますから」

「ええ。お爺様からも『学びになることなら存分にせよ』と言われています」


 キャセロール王国では王が18歳に満たない場合、補佐として摂政が付くことになっている。

 今年で16歳であるフラン女王の場合、母方の祖父であるナヴァラン公爵がその任に就き、キャセロール王国のまつりごとを一手に担っていた。

 フランはその分、外交や国内の視察を行うことで経験を積み、日々多くを学びながら真の女王への道を歩んでいる。


「……陛下がそこまでお考えだったのであれば、グリエ様に断られた時も反論なさればよかったのに」

「だって……。わたくしの身を案じていただけて嬉しかったですし、見つめられたせいで言葉が出なくなって」

「……で、最終的にはごちそうを餌に黙らせられる格好になってしまった……と」


 ベルモットが落ち着いた声で話をまとめると、フランは再びソファに顔をうずめてしまった。


「あぁぁあぁぁ~~ううぅぅぅぅ~~。この口が悪いんですわ。美味しいものを想像するだけで緩んでしまうこの口がっ!」


 もはや幼子のようですね……と思いながら、ベルモットはずっと確認したかった言葉を口にした。


「グリエ様に恋をなさったんですか?」

「んにゃっ!?」

「なんですか、その変な声は。動揺するという事は、図星と判断して間違いありませんか? ありませんね?」


 あまりにも直球の問いだったため、フランは即座に反応できず、止まってしまう。


「ん……な……。わ、わかりませんわ! 知りません! ちょっと嬉しくなったり、会いたくなったり、お食事を頂きたくなったりするだけですっ!」

「はぁ……。まだまだウブですね。からかい甲斐があってけっこうです」

「不敬ですわよ、ふけーい!」


 顔を真っ赤にしたフランはドレスの袖で顔を覆い隠した。

 そして顔を上げられないまま、横にいるベルモットに問いかける。


「……ベルモット。何か良い案はないかしら?」

「それは求愛ですか?」

「違いましてよ! どうすればグリエ様にご同行できるか……という案ですわっ!」


 ベルモットは「はいはい」と適当にあしらいながら、少し思案する。


「……そうですね。グリエ様が“女王の身を案じられている”というのであれば、女王でなくなられては?」

「んん? どういうことですの?」


 ベルモットの案に、フランは首をかしげるしかできなかった。



  ◇ ◇ ◇



 フランとベルモットの語らいからしばらく後――。

 ところ変わって、ここはグリエ男爵領。

 フランからの勅書ちょくしょ……つまり手紙が届き、グリエは領内唯一の町を訪れていた。


 迷宮の魔森林を安全に探索するには、地理に詳しい『助言者』が不可欠であること。

 その『助言者』は町の冒険者ギルドにいるということ。

 ……そんな情報が手紙に書かれていたのだ。


「名前は『ポワレ』? 女性かな。大きな青い帽子をかぶって前髪が長いのが特徴……と」


 そう言えばフランが「信頼できる助言者を派遣する」と言っていたことを思い出した。

 彼女が言うのなら、そうとうな人物かもしれない。

 グリエはこれから始まる冒険への期待に胸を膨らませ、冒険者ギルドの扉を開いた。



「こ……これは領主様! お知らせいただければお迎えに上がりましたのに!」


 受付嬢が慌てたようにグリエに駆け寄って来る。

 この町の長やギルドマスターに挨拶した際に彼女にも会っていたので、顔を見せただけでグリエと分かってくれたようだ。

「そんなに緊張しないでくれよ」とグリエは笑顔を向ける。


「迷宮の魔森林……正式には『ブレゼの大森林』だっけ? そこの攻略がしたいから、冒険者登録をしに来たんだ」

「領主様自らでございますか!? ……すでにこの領地全てはグリエ様のもの。許可や申請なんてしなくても、ご自分の庭のようにお入りになられますのに!」

「へぇぇ、そうなんだ。じゃあ今まで使ってたギルドカード、もういらないのかな。グラッセ王国時代の唯一の身分証明書なんだが……」


 グラッセ王国時代、グリエは効率的な狩りのために冒険者ギルドに登録していた。

 あまりに危険な獲物の時は仲間を巻き込まないようにソロで狩っていたが、ありふれた肉が大量に必要な時はギルドメンバーと一緒に狩っていたことを思い出す。

 子供の頃から10年も経験を積んでいるので、それなりに上位のランクであることがちょっとした自慢だった。

 確か冒険者ギルドはこの大陸の国々を横断した組織のはずなので、このキャセロール王国でも通用するはずだ。


「あ……あの、領主様。念のためギルドカードを拝見してもよろしいでしょうか?」

「ああ、いいぜ。……これだよ」

「S級っ!?」


 受付嬢の思わぬ大きな声に、ギルドにいた人々が一斉に振り返る。

 受付嬢はというと、グリエのギルドカードを持つ手を震わせていた。


「S級なんて、は……初めて拝見しました。グラッセ王国のS級と言うと、まさかあの“魔物喰らいのグリエ”!?」

「え。俺ってそんな風に呼ばれてたのか?」


 ちょっと物騒な二つ名だな……と思っていると、まわりがいっそう騒がしくなってきた。

 遠巻きにグリエを見る者、近寄ってギルドカードを覗き込む者など様々だ。

 「あれが魔物喰らいの……」というつぶやきも聞こえて来る。

 少し騒ぎになりすぎたと反省し、カードをしまうとグリエは受付嬢に耳打ちした。


「あのさ。『ポワレ』っていう大きな帽子を被った人を知らないかい? その人に用があるんだ」

「あぁ、いらっしゃいますよ。あちらの柱の陰でこちらを見ていらっしゃいます」


 受付嬢はそう言って大柱の方を指し示した。

 グリエが視線を向けると、青い帽子を深くかぶった銀髪の少女が目に入る。

 しかしすぐに柱の向こうに姿を隠してしまった。


「ん……? あの人、まさか」


 一瞬しか見えなかったが、その体格や髪の色、そして馴染みのある気配を感じた。

 グリエはツカツカと柱に歩み寄り、身を隠している少女の前に回り込む。

 それはフランからの手紙に記されていた通り、青い大きな帽子を被り、長い前髪で目元を隠した容姿である。


「えっと……。『ポワレ』さん……で、あってるかい?」

「は、はい! は……はじめまして。ポワレと申します。お話はすでに女王陛下から伺っておりまして、グリエ様をご案内するために派遣されてまいりました……!」


 彼女はさっきまで隠れていたとは思えないほど早口でしゃべり切る。

 そしてグリエはと言うと、手のひらで自分の顔を覆い、「そうきたかー」と一人でうなった。


(これで変装してるつもりかい? ……女王陛下さんよぉ)


 確かに一見すると別人かと思える程度には変装している。

 香水もつけてグリエの嗅覚対策もバッチリ……のつもりらしい。

 しかし醸し出す気配は全く隠せていなかった。


 そう。目の前にいる『ポワレ』とは『フラン』その人である。

 彼女は予想外の方法でグリエの前に姿を現したのだった――。

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