第12話『料理人グリエ、領地をもらう』
「……ええっと。……陛下、もう一度説明してもらっていいですか? 俺がいただける領地について」
王城で男爵位の
真向かいに座るフランは馬車の窓を開けると、遠くの山を指さす。
「右手……つまり北の端はあの三角の山ですわ」
「うん、三角の山……」
そしてフランは山を指さす腕を、そのまま左の方に大きく動かす。
「南の端はあの馬の背のような山ですわ」
「……馬の背のような山まで。……マジか。……一応確認だけど、奥は?」
「山の間にある森が途切れる所まで全てですわ」
「えぇ……マジかよ…………」
グリエは広大な自然を目の当たりにしながら頭を抱える。
「グリエさんはもう国の立役者。手始めということで、ほんの狭い土地ですが……」
「……いやいや、広すぎんだろ。…………しかも逆を見れば都や王城が見えるし」
「当然ですわ。グリエさんは我が城にお勤めなんですもの。馬で1時間以内に出勤できなくては不便でしてよ」
パッと見るだけでは全体が分からないほどの広大な土地。山、川、森、湖とそろって、町や複数の村まであるという。
フランの説明によると、ここは今までフランの……つまりキャセロール王家の領地だったらしく、その一部分を切り分けるようにグリエに与えられたのだった。
そして馬車の窓から前方を見ると、目的地である大豪邸――これからグリエが住む屋敷が見えて来る。
それも王族の別宅だったらしく、やはりバカでかかった。
◇ ◇ ◇
グリエのことはすでに屋敷にも伝わっていた。
……伝わっていたというより、以前のタイタントータスの被害にあった村の出身者がおり、グリエが屋敷に到着した途端に熱烈な歓迎を受けたのだ。
「グリエ様、お待ちしておりました! 男爵位の叙爵、誠におめでとうございます!」
「以前は村をお救い下さり、誠にありがとうございます。村の者たちも健やかに暮らせております」
グリエは歓迎のお礼を言いながら、照れくさくなって頭をかく。
「そりゃあ良かったよ。あれから魔獣の被害はないかい?」
「えぇ。グリエ様に教えていただいたように
タイタントータスはシトラスの匂いを嫌って近寄らない。他にもオオカミ系の魔獣避けにもなるのでシトラスの木を植えるようにグリエは提案したのだが、その効果があったようで彼はホッと胸をなでおろす。
唐突に屋敷の主人になったので受け入れられるかグリエは少し不安だったが、顔見知りになっていた人たちがおり、安堵する。
と、その時メイドたちの奥で恥ずかしそうに顔をのぞかせている赤髪の少女に気が付いた。
彼女はコック服をまとってモジモジしている。
「お、リソレさんじゃないか! こんな所でどうしたんだ?」
「や……やぁグリエ。えっとな、お祝いに料理を作りに来たんだぞ。……グリエが満足してくれるか分かんないけど……」
「何言ってんだ。宮廷の副料理長が自ら作ってくれるんだろ? 旨いに決まってるさ」
「え……えへへ。グリエには負けるけどね」
リソレはまんざらでもないようでニヤけている。
初対面で挑んできた時のツンツンした感じはすでに無くなっており、その代わりいつもグリエの前ではモジモジと照れるようになっていた。
そして通された大広間でフランとグリエは向かい合って座る。
「……ところで俺はこの先、どうすればいいんだ? 貴族なんてものになったけど、料理人として働けなくなるのは困るぜ」
「もちろんグリエさんには今まで通り、宮廷で存分に腕を振るっていただきたいですわ! ……あなたのお料理がいただけなくなると、枕を涙で濡らすしかありませんもの」
フランは泣きまねをするが、まんざらそれは大げさでもなさそうな気がしてくる。
「……そうですわね。グリエさんの基本となるお仕事は宮廷料理人のお仕事とテルミドール帝国への技術提供ですが、……そのほかに領主の役目というと、領地の自治と発展でしょうか」
「自治と発展……。なんか難しそうだな。自慢じゃないけど、俺はそういう教養はないですよ」
「心配なさらないで下さいまし。この領地は元々わたくしの代理として地主や町長に運営を任せておりました。グリエさんは彼らから相談があった場合、領主として判断をなさっていただければ大丈夫ですわ。……それに後日、信頼できる助言者も派遣しますので、安心なさってください」
「助言者ですか。……なんか至れり尽くせりで悪いなぁ……。よくわかんないけど、女王陛下からここまでやってもらえるなんて、普通なのかい?」
そんな何気ないグリエの問いに、フランはボッと顔を赤くした。
「も、もちろん特別ですわっ。……な、なんといいますか。両親を早くに亡くし、兄弟姉妹もいないため、このキャセロール王国において王族はわたくし一人なのです。……それなのに広大な領地があっても持て余すといいますか、新たな領主には早く土地に馴染んでいただきたいので、特別に支援を惜しまないというわけなのですっ!」
妙に早口で説明するフラン。
おそらくその言葉は事実なのだろうが、グリエは言葉の裏にある感情の匂いを感じ取ってしまい、一緒になって照れてしまう。
それは今まで自分に向けられたことの少ない感情。
――尊敬を超えた『好意』だった。
なんというか、グリエ個人に良くしたいために、ここまで取り計らってくれているらしい。
フランは顔が熱くなったのか、手のひらでパタパタと風を送る。
そして何かを思い出したように、書棚の中から一枚の大きな紙を取り出してきた。
「これは――地図か」
「ええ、この領地……グリエ男爵領の地図ですわ。グリエさんにこの領地を授けたのは、何も王城に近いからという理由だけではありませんの」
そう言ってフランは地図の西の方に指を走らせる。
そこにはだだっ広い森の絵が描かれていた。
おそらく屋敷に来る途中に見えた広大な森のことだ。
「この森は『ブレゼの大森林』と呼ばれておりますが、その別称は『迷宮の魔森林』。……キャセロール王国の国土にありつつも、人を拒み続ける魔性の森なのです。その中には魔獣の森にも匹敵するか、それ以上の大物が
魔獣の森に匹敵するほどの大物……。
その一言でグリエの好奇心がうずいた。
「……なるほど。この森を攻略し、レア食材をゲットしろってことだな」
「その通りですわ。グリエさんならこの森を有効活用し、莫大な富に変えるのも夢ではありません。それに魔獣被害が減らせるのであれば、民の安心にもつながりますもの」
確かにグリエにとってこれは適任だ。
普段と同じように過ごすだけで、領地経営もうまくいくように思える。
納得しながら地図を眺めていると、なぜかフランが何か期待しているような眼差しでグリエを見つめていた。
「……えっと。陛下、どうしたんだい?」
「グリエさん。探索にはぜひ、わたくしを連れて行ってほしいのです! この森は王家にゆかりのある場所。多くの伝承を伝え聞いておりますし、きっと役に立てますわ」
確かにフランの言う通りかもしれないし、彼女のアイテムボックスはとてもありがたい。
しかしグリエは即答できなかった。
腕組みをし、難しい顔で思い悩む。
「……あの、グリエさん?」
「陛下」
「は、はい!」
「……申し訳ないけれど、その提案は受けられない。勝手知ったる『魔獣の森』とは違い、この『迷宮の魔森林』のことは全く分からないんだ。……そんなところに一国の女王を連れてくなんて、危険な真似はできないよ」
これでも狩りのプロなのだから、軽率な判断をしてはいけないとグリエは思う。
女王……それもキャセロール唯一の王族とくれば、身の安全は第一に考慮すべきだ。
……何よりも自分に好意を寄せてくれる女性のためでもある。
しかし当の女王様は納得いっていないらしく、幼い少女のように頬を膨らましている。
「絶対に旨くて珍しい料理をつくるからさ。だから分かってくれよ。……な?」
「むぅぅ……。わたくしがそんな料理ぐらいで納得するなんて……」
「……よだれ、出てますよ。陛下」
「むぅぅ~~! いつもわたくしをオチに使わないでくださいまし~~!」
プリプリと可愛らしく怒るフランを見つめながら、グリエは微笑む。
彼はわかっていなかった。
……一度口にしたことをフランが簡単に取り下げないことを。
フランはどうにかして付いて行こうと、思案するのだった――。
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