第11話『料理人グリエ、大陸の覇者にも認められる』

 グラッセ王国からキャセロール王国に戻る直前、グリエたちが滞在中の宮殿に皇帝の使いが訪れる。

 そして呼び出された場で、グリエは唐突に皇帝に抱きしめられた。


「おぉぉ、よう来てくれた! 伝説の料理人に会える日が来るとは、なんと喜ばしいことか!」

「よ……喜んでいただけて光栄だぜ……です」

「はっはっは。その無骨な口調も職人といった感じで実に好ましい」


 皇帝はフランにいたずら顔で「そなたが羨ましいのう」と笑う。

 テルミドール帝国の皇帝は勇猛な武人として名高く、その熱い胸板に抱擁ほうようされ、グリエは目を白黒させた。


「そしてキャセロール王よ。そなたに折り入って相談があるのだ」

「相談……でございますか、皇帝陛下?」

「うむ。まぁたいそうな話でもないのだが、我が帝国とぜひ懇意こんいにしていただきたいのだ。グリエ殿の料理を今後も楽しみたくてのう」


 そう言うと、皇帝は改めて姿勢を正す。


「食とは文化の極みの一つ。我は敬意を惜しまぬ。……その唯一無二の美食の技、これからもぜひたのしませていただきたい! 正式には外交官を通じて行わせていただくが、まずは直接挨拶をと思い、お呼びだてをしたのだ」


 皇帝は握手を求め、右手を差し出す。

 帝国との友好が結ばれるのはこの大陸においてメリットしかない。

 フランはそのことを自覚しており、彼の右手を熱く握りしめた。


「テルミドール皇帝陛下。……そのありがたきお言葉、キャセロールの王として嬉しく存じますわ。そのご厚意に報いられるよう、精進してまいります」


 グリエもフランの意図を組んで、深々と頭を下げる。

 皇帝は硬くなっているグリエの肩にそっと手を置いた。


「かっはっは。そう硬くなるでない。それよりもキャセロール王よ。どんな手を使ってでもグリエ殿を手放さぬようにな。グラッセ王の二の舞になるのであれば、その時はワシが彼を頂くからのう!」


 そしてグリエに視線を送り、いかめしい顔立ちに似合わずウインクを飛ばす。


「グリエ殿。伝説とうたわれた料理人の名、しかと記憶した。その精悍せいかんな面構え、まっこと期待通りよ。いずれは我が帝国の食卓をグリエ殿の名が埋め尽くすであろうな」


 グリエはその皇帝の言葉に、胸が熱くなる。


「き……期待に応えられるよう頑張るぜ……です」

「ふはは。ではそう遠くないうちにまた会おう。その際には面白い話を聞かせようぞ! かっはっはっは!」


 皇帝は高笑いしながら去ってゆく。

 その後ろ姿を見送り、グリエはほぅっと一呼吸置いた。


「……豪快なお人だなぁ」

「さすがは大陸の覇者。戦場を駆けまわる武人ですわ」


 とにかく最大の権力者に気に入られたことは確かだ。

 グリエは気を引き締めるのだった。



  ◇ ◇ ◇



 グリエを取り巻く環境が変わりつつある中で、グラッセ王国ではガトーが身震いしながら立っていた。

 彼はグラッセ王の執務室で、先ほどからずっと王に怒鳴られている。


「なぜあの料理人を追放した!? しかも、まさか国外追放とは……!! 儀典官長……いや、ガトー伯アマンド!! 説明せい!」


 大陸の覇者テルミドール皇帝の前で恥をかかされ、グラッセ王は大変な怒りで顔を真っ赤にする。

 ガトーは小さく縮こまり、蚊の鳴くような声でしか返事できなかった。


「お……横領の罪で。貧民であり雑用という話をアントレ……当時の料理長から説明を受けておりましたので、裁判するまでもないと判断し、罰を決定いたしました。私は料理長の言葉を信じるしかなく……」

「よもや、国の行く末を左右するほどの料理人の存在を認識すらしていなかったという事であろう!? 儀典を司る長であるのに、何とも嘆かわしいっ!! 」



 その時だ。

 ガトーの背後でカツンと足音が響いた。


「その横領おうりょうの罪とやらも、もしかすると濡れ衣かもしれませんぞ」


 そう言いながら現れた初老の男はモンテ侯爵。

 検事総長として宮廷内の犯罪を取り締まる人物。グラッセ王の信任も厚い人物だった。


「紛失した食材は希少で高額なものばかり。もちろん料理人たちが持ち出すことはありましょうが、ガトー卿、管理者であるあなたが容疑者に含まれることも事実」

「わ……私を疑われるのか、モンテ侯!?」

「あくまでも可能性の話ですよ。それと同様に、料理人グリエが濡れ衣である可能性もあるという事」


 検事総長をこの場に呼んだのは王自身だ。

 グリエ追放の根拠が薄いことを確認するためだったが、ガトーは明らかに狼狽ろうばいし、違和感を抱いた。


「む? ガトーよ……。声を上ずらせおって、何か知っておるのか?」

「い……いえ、存じ上げません。……唐突に疑われたものですから、驚くのも致し方ないことかと……」

「もうよい。ガトー伯、そなたを儀典のグランドマスターの任から解く!」


 王の言葉に、ガトーは唐突に目の前が真っ暗になった。


 宮廷において彼が特に厚遇されていたのは儀典の長官グランドマスターという役目あってのことである。特に美食外交とうたわれるほどにテルミドール帝国との間を取り持ってきた実績が評価されていたためだった。

 ……実際のところはグリエの存在があったからであり、ガトーの実績ではなかったのだが、彼はその地位を利用して大きな顔をしていたため、役職を外されることは宮廷内の死を意味していた。


 そんなガトーを見下ろしながら、グラッセ王は続ける。


「……しかし我が命を達成すれば、再びグランドマスターに任じてやらぬわけではない。必ずやグリエを取り戻してまいれ!」

「グ……グリエを……ですか?」

「そうだ。此度の恥はすべてグリエという料理人がいなくなったが故。連れ戻せば再びこの国にも流れが来る。……それこそ褒美として騎士の爵位でも授ければ、貧民生まれは泣いて喜びよう」


 ガトーはその時グリエの言葉を思い出していた。

 ……「アンタからは何も貰いたくねぇ!!」

 果たして自分に王の命令を叶えることができるだろうか?

 即答できずに思い悩む。


「ガトー! なにを黙っておる! さっさと行け!!」

「は……ははぁっ!」


 ガトーは王の怒りに驚き、飛び上がるように立ち上がると一礼して退席していった。

 そんな彼の後ろ姿を見送りながら、グラッセ王は横にいる検事総長に視線を送る。


「モンテ候。そなたは引き続きアムリタ麦を盗んだ者を探すのだ。アレが王家の宝と知っての犯行に違いない。……そしてガトーが関りある場合、決して許してはならぬ」

「かしこまりました」


 ガトーは獅子の尾を踏んだか。……そんなことを考えながら、モンテ侯爵は深々と頭を下げた。



  ◇ ◇ ◇



 ガトーが叱責しっせきされていた頃、グリエはキャセロール城の女王の執務室にいた。

 彼はフランからの話を聞き、呆気に取られている。


「俺が男爵に……ですか?」

「ええ。テルミドール帝国と正式に経済同盟が結ばれましたの。その立役者であるグリエさんの存在は、我がキャセロール王国にとってあまりにも大きい。……わたくしに出来るお礼はこのようなものなのですが、受け取っていただけるかしら……?」


 皇帝との謁見の後のこと。

 本当にテルミドール帝国から使者がやって来て、キャセロール王国は同盟を結ぶことになった。

 様々な食材の交易や関税の引き下げにより、キャセロール王国は発展を約束されたも同じ。特に国土が小さなキャセロール王国にとって、食料の安定供給は民を心から安心させた。


「むしろ男爵位は過小評価と言わざるをえず、申し訳ないほどなのです……。でも、そのぶん領地もございますわ! それにグリエさんならもっと功績をあげられ、さらなる位を得ることだってきっと容易い……」

「い、いやいやいや! そもそも男爵っていやぁ、貴族だろ!? 俺みたいな貧民生まれには過ぎた話だよ。……困ったなぁ」


「特別視されるのが嫌……でしたか?」

「あぁ。メシは対等な仲間とワイワイ食うのが好きなんだ。……それに帝国が欲しがってるっていうレア食材や技術の提供なんざ、爵位がなくてもやるよ。それが仕事だからな」


 キャセロール王国と同盟を結ぶにあたって帝国が求めたのは、グリエが狩る希少な食材や技術の提供だった。もちろん無理な量ではなく、どちらかというと狩りや調理の技術提供に寄っている。

 グリエの特別な嗅覚ありきの技術は教えられないものの、魔獣の弱点や狩り方、処理方法ののコツなど共有できる情報は多い。

 なるべくたくさんの人に旨いものを共有したいグリエにとって、これは望んでいたことだった。


 頑として爵位を突っぱねるグリエだが、フランは珍しく彼の言葉をさえぎる。


「仕事にも功績にも、相応の報酬が必要ですわ。もしグリエさんがこんな最低限の報酬さえも断ってしまわれるのなら、それが前例となって後続の者たちが報われなくなってしまうのです」

「む……。それを言われると弱いぜ……」


「それに、お忘れにならないで。わたくしは女王としてこういう態度を取らざるをえませんが、本当はあなたにかしずきたい気持ちでいっぱいなんですのよ?」

「……それは……うぅむ」

「……『グリエ様』ってお呼びしますわよ?」


 そう言われるとムズ痒くなって仕方ない。

 グリエはついに観念した。


「分かった、分かったって。何よりも陛下から頂けるものだ。男爵の件、ありがたく頂戴いたしますよ、女王陛下っ!」

「ふふふ。分かっていただけてよかったですわ」


 ニッコリと笑うフラン。

 爵位なんて縁のない話と思っていたグリエは、苦笑いしつつも、ちょっと誇らしい気分になる。


 そして何よりも、自分の領地とやらに興味が湧いた。

 狩猟小屋以外に自分の物がなかったグリエにとって、降って湧いたような話だ。

 まあ貴族といっても男爵は下の方の位らしいし、そこまで期待せずにおこうとグリエは思う。

 屋敷一つと畑でもあれば、色々と楽しめそうだ。

 そう思うだけでも、グリエの胸は高まるのだった――。



 = = = = = = =

【後書き】

お読みいただき、誠にありがとうございます!

ひとまず男爵となったグリエですが、興味と言えばその領地。何が待っているのか、ご期待ください!


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