第4話『料理人グリエ、勝負を挑まれる』

 キャセロール王国に到着するや、副料理長を務める少女リソレににらまれることになったグリエ。

 緊迫の空気が流れる中で、女王フランはヤレヤレと言った感じで肩をすくめた。


「リソレさん……。わたくしの恩人に少し無礼というものですわよ」

「う……っ。あ、いや、そんなつもりは……」

「お口も悪いし、人を指さししてはいけませんわ」

「……グリエさん。ご……ごめんなさい」


 きつく叱られたわけではないものの、さすがに女王様に言われるとヤンチャな少女も縮こまるらしい。

 そのコロコロと変わる様子がおかしくて、グリエは笑った。


「このぐらい無礼とも思わないし、陛下も許してやってくれ……くださいよ。それに、確かに急に現れた俺が何者かぐらい、知りたい気持ちはわかる。テストぐらい、いくらでもしてくれよ」

「グリエさん……。あなたがそうおっしゃるなら、この場は不問といたしますが……」


 リソレを見ればすっかり大人しくなっている。

 グリエが問題ないと言うなら、フランも納得せざるを得なかった。


「ではその勝負とやら、わたくしが預からせていただきますわ。例えば明日の夜のメインディッシュで勝負など、いかがでしょう?」

「ア……アタシはその……彼が問題なければ」

「俺は問題ないぜ。お題はリソレさん、あんたが決めてくれ」


 こういう荒事は慣れているグリエは二つ返事で了解する。

 するとリソレは少し思案した後、顔を上げた。


「得意分野は肉料理だって陛下から聞いてる。アタシの得意分野もそれに同じだ。……肉メインで何でもありでどうかな? ……もちろんそこのチャリオットベアを使ってもいいよ。……熟成が終わってるならって話だけど」

「よく見てるな。確かにチャリオットベアは今のままだと硬いし、明日には無理だな」

「じゃあ後で市場を案内するよ。鮮度の見定めも料理人の腕のうちだしね」


 リソレが言うが、グリエは熱い胸板をドンと叩いた。


「大丈夫。俺は自由にやらせてもらう」

「……ふ、ふん。自信があるんだね。……もしアタシに勝てるんだったら副料理長スー・シェフの名を渡してもいいよ。勝てるんだったらね!」


 そしてリソレは足早に解体場から飛び出していく。


「別にいらねぇよ。俺は働ければそれでいいんだ」

 ――グリエがそう言い返した時には、すでにリソレは見えなくなっていた。


 リソレという嵐が過ぎ去り、グリエはふぅっと一呼吸置く。


「やれやれ、火の玉みたいなお嬢さんですね」

「リソレさんを許して下さいませね。ヤンチャですけれど、本当は優しい子なのです」


 そう言って苦笑するフランだが、グリエも少し楽しくなっていた。

 グラッセ王国では冷たい扱いが常だったため、こういう賑やかな空気は悪くない。

 むしろリソレのような裏表がなさそうな人物には好感が持てるのだった。



  ◇ ◇ ◇



 そうやって始まった勝負。

 リソレはさっそく王都最大の市場に向かい、最高級の霜降り肉を手に入れていた。

 キャセロール王国は牧畜が盛んであり、食肉へのこだわりもひときわ強い。そしてこの日に入手した肉は、目利きのリソレも満足の品であった。


「今日の肉は最高の一品だな! ふふん。これ以上はないんだから、食材選びはアタシの勝利ってことだ」


 リソレは自分の目利きに絶対の自信を持っていた。

 料理はまず素材の時点で優劣がはっきりするのは当然で、最高を選べる自分だからこそ宮廷料理人になれたのだと自負していた。

 それこそこの広い市場に幼い頃から足しげく通い、食材の何たるかを見定めてきた。

 そんな長い下積みを経た経験があるからこそ、ぽっと出の男を受け入れるのには抵抗があったのである。


 そして付け合わせの食材を選びに市場をめぐっていた頃、ふとリソレは違和感をおぼえた。


「……そう言えばあの男、どこにも姿が見えないぞ。店の人に聞いても、見てないって言うし……」


 キャセロール王国は小さな国なので、王都といえど市場は限られている。

 新鮮な素材が揃っている今の時間を逃すのは悪手にしか思えなかった。


「さては勝負を捨てて逃げたかな? まったくしょうがないなぁ……。負けても専属のハンターにしてやったのに」


 巨大なチャリオットベアを仕留められる腕はリソレも認めざるを得ない。

 宮廷専属のハンターに選んであげれば、泣いて喜ぶに違いないとリソレは思うのだった。


 ……しかしいざ宮廷に戻った時、リソレは呆然と立ち尽くすことになった。



  ◇ ◇ ◇



「んなぁっ!? 眠り野牛スリーピングバイソン!?」


 宮廷の厨房に戻ったリソレは、その幻とも言われる食材を前にして言葉を失っていた。

 丸々と肥えた体に、特徴的な角を持つ。……『スリーピングバイソン』と呼ばれるその野牛は一度も市場に並んだことがなく、リソレも文献でしか見たことがなかった。

 その現物が目の前に……しかもグリエの横にあるのだ。驚くほかはない。

 そして当のグリエは余裕たっぷりに解体作業を進めており、すでに肉が部位ごとに切り分けられているところだった。


「ああ。食っちゃ寝するから霜降りの最高級肉がとれるんだ。熟成させなくても柔らかいしな」

「そんな平然と……。幻の牛だぞ? どうやって見つけたの? 完全に隠れて眠るから、見つからないはずなのに……」

「そうか? 匂いですぐに分かるもんだが」


 グリエはそう言って、作業を続けながら説明する。

 どうやら彼は王城で荷馬車を借りた後、近くの森に向かったらしい。

 確かにその森はスリーピングバイソンの生息地域であると知られているが、そもそも、その野牛が完全に身を隠していることが幻と言われる由来だ。

 いかに熟練のハンターでもたやすく発見できないレア物だった。


 しかしグリエに言わせれば「匂いを頼りに探したら居た」というのだから、あっけにとられるほかはない。


「匂いって……。スリーピングバイソンは泥を被って寝るらしいから、匂いなんてわかるわけないのに……」


 あまりの規格外な凄さにうまく反応できないリソレ。

 しかし、その野牛の向こうに置かれた食材に大きく目を見開いた。


「ニトロニンニク! ……それに黄金トリュフもっ!?」


 その二つの食材は香りが高く、最高の美食には欠かせない品だった。

 しかし狂暴な魔獣の縄張りの中にしかなく、市場に出回ることも稀だった。


 食材の時点で勝敗が決まると自負しているリフレにとって、もはや勝負は決まったも同然だった。

 彼女は顔面蒼白になりながらも、それでも自分の料理に向かい合う。

 ……もはや挑戦者という気持ちで、震える手で包丁を握るのだった。



  ◇ ◇ ◇



「くぅぅぅ……」


 グリエが出したステーキをほおばり、フランは悶えるように震える。


「スリーピングバイソンの柔らかく甘い脂身が口の中で溶けるよう……! そしてその奥で爆発する野性味の力強さ! 煮込み料理に蒸し料理……数々の技巧はあれど、ステーキのシンプルな破壊力もたまりませんわ……!」


 フランの称賛の言葉が厨房に響き渡った。

 今宵の勝負はキャセロール王国の宮廷中の注目を集めていたが、この場にはフランのほかにはグリエとリソレしかいない。それはフランなりの敗者への配慮だった。


 リソレも無言のまま、グリエのステーキを前にしてフォークとナイフが止まらない。

 いつしかその目には涙があふれていた。


「リソレさんよ……。何も泣くことはないじゃねぇか」

「うるさいんだよぉ……。悔しいのに手が止まらないんだよぉ……」


 リソレの表情は自らの負けを確信しているそれだった。

 もちろんリソレが出したローストビーフは素晴らしい品であり、フランもグリエも満足したのは本当だ。

 しかしグリエのステーキを前にしたとき、彼女たちの表情は官能的なまでにうっとりとしていた。

 リソレは涙を浮かべながらも顔を緩ませ、次々に肉を口に運ぶ。


「うぅぅ……。力強いだけじゃない。黄金トリュフの香りの奥深さ、それにニトロニンニクの配分がちょうど良すぎて……なんでこんなバランスが取れるんだよぉぉ……」


 リソレは口調こそ悪いが、食に対する真剣さと公平さは本物のようだった。

 彼女の舌が確かなことも分かり、グリエは頼もしささえ感じる。

 そしてその評価はグリエの勝利をうたっているに他ならなかった。



 二人が食事を終えたので、グリエは紅茶を出す。

 その温かくもスパイシーな香りにフランたちはホッと一息をついた。


「ジンジャーの香りですわね。ミルクティーとよく合いますわ」

「……うん。美味しい」

「だろ? 特にリソレさんは体調が悪そうだしな。生姜が温まると思ったんだ」

「……気付いてたのか?」

「まぁな。今夜のローストビーフは素晴らしかったが、ほんの少し味がズレてる感じがした。ひょっとして鼻の調子が良くないんじゃないかと思ったんだ」


 隣り合って料理をしている際、リソレが疲れているなとグリエは感じていたのだ。

 そんな優しさまで向けられては、リソレの頑なさなど無いも同じだった。


「負けたよ……アタシの完敗だ。スー・シェフの名は今からグリエの物だよ……」

「認めてくれてありがとうな。……でも新参者なのにスー・シェフなんて大それた立場、早すぎるぜ。今はただ、働けるだけで十分なんだ」


 そもそもグラッセ王国では貧民生まれに不相応な地位だと嫉妬されることも多かった。

 そういう面倒ごとはもうコリゴリなのだ。


 それにグリエは別に地位を求めていない。

 ただ美味しいものを作り、皆に食べてもらいたい。

 自分の料理が幸せを運べるだけでグリエは十分だった。


「でも、アタシだって一度口にしたことは破りたくない……。スー・シェフはグリエのものだよ」

「ああ~。まったく、強情なお嬢さんだな……。」


 その時フランが静かに立ち上がり、グリエとリソレの顔を見つめた。


「リソレさんは今まで、副料理長スー・シェフ肉料理部門のトップロティスールを兼任されていましたわね」

「ええ……」

「グリエさんの技は見ての通り。その肉料理部門のトップロティスールの座を譲るというのはいかがかしら? もちろん料理長への相談の後ですが、承諾してくれるに違いありませんわ」


 リソレはハッと目を見開くと、勢いよく立ち上がってグリエの手を取った。


「ア……アタシからもそうさせて欲しい! むしろ勉強させて欲しいぞ、グリエ!!」

「俺としては願ったりだ。期待に沿えるように頑張るぜ」


 あんなに態度の悪かったリソレが、今は昔馴染みの妹分のように思えてくる。

 グリエも一仕事を終え、胸をなでおろすのだった。


 ――こうしてグリエはキャセロール王国の宮廷で確固とした立場を得た。

 もちろん料理長の承諾はすんなりと得られ、グリエの料理人人生は第二の幕を上げるのだった――。



 = = = = = = =

【後書き】

お読みいただき、誠にありがとうございます!

多少の波乱がありましたが、グリエの前では何の問題にもならなかったようです。


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