第5話『料理人グリエ――その男は魔獣の天敵です』

「なんて凄まじい剣技……いや、包丁さばきか!」

「巨大な肉叩きミートハンマーの威力もすさまじい……。我々の出る幕はありませんな……。騎士としてお恥ずかしいばかりでございます」


 巨大な亀の魔獣をグリエが倒すや、女王フランの騎士たちが感嘆の声を上げた。



 グリエは今回、凶悪な魔獣の討伐のために魔獣の森へやってきている。

 牧畜が盛んな村が魔獣に襲われ、その魔獣がこの森に逃げ込んだからだ。


 家畜の味をおぼえた魔獣を放置しては被害は広がるばかり。村の危機をフラン女王が放置するわけもなく、騎士たちが派遣されていた。

 グリエが同行しているのは、その魔獣が巨大リクガメ『タイタントータス』だったからである。

 この国では食べる習慣がないようだが、グリエはその肉が美味だと知っていた。



「ううむ、素晴らしい! グリエ様のような強者が加われば、我が騎士団は安泰でございますな!」

「騎士団に入る気はねぇぜ。俺はあくまで料理人。包丁を向けるのは食材に対してだけだ」


 騎士団なんかに入るのはまっぴらごめんだ、とグリエは思う。そんな事をすれば戦場に行かされるだろうし、食材以外も斬らねばならなくなる。

 斬った相手は必ず食材にする信条のグリエにとって、人は絶対に斬りたくない対象だった。


 するとグリエの言葉を肯定するように、馬上でフランが大きくうなずいた。


「そうでございますわ、騎士団長。グリエさんには我が王宮の食を司っていただく重要な役目があるのです」

「ううむ……。陛下のお言葉なら諦めざるをえません。……しかし残念無念。グリエ様ならさぞや多くの武功を上げられるに違いありませんのに……」


 騎士団長は心底残念そうにため息をついた。

 とはいえ団長はグリエがキャセロール王国に来てからというもの、暇さえあればグリエに熱い視線を注いでくる。どうせまた熱く勧誘されるのだろうな、とグリエは苦笑するのだった。


「……しかし、女王陛下が狩りについてくるのは危険じゃないのか?」

「先日のチャリオットベアの件は想定外でしたの。ちゃんと安全には気を配っていましてよ。……それにグリエさんの狩りにはわたくしのギフトが必要と思いまして」


 フランは微笑み、空中に手を掲げる。

 すると彼女の手もとに光の輪が広がり、倒したばかりのタイタントータスを包み込んだ。


「何度見ても陛下の『アイテムボックス』は惚れ惚れするな……。こんなデカい亀、人の手だったら足一本運ぶので精いっぱいだぜ」


 フランが持つ『アイテムボックス』の力は本当に素晴らしい。

 容量が無限ではないかと思うほどに大量の物資を運べ、さらに新鮮さが保てるのでグリエにとってはありがたい以外の何者でもなかった。



 タイタントータスの回収が終わり、騎士団長が気を緩ませる。


「ではグリエ殿。討伐も完了しましたし、撤収と参りましょうか」


 しかしグリエは依然として周囲を警戒したままだ。


「いや……」

「グリエさん、いかがなさいました?」

「さっきの亀は本命じゃないと思うんだ。ほらこの足跡……」


 グリエは地面に着いたタイタントータスの足跡を指さす。


「被害にった村の痕跡よりも随分小さいだろ? 臭いも違うし、別個体に間違いない」


 そしていっそう真剣な表情になるグリエ。

 その胸に浮かぶのは被害に遭った村人たちの表情だった。

 フランが女王として慰問し物資を送り届けたのだが、大切な家畜や作物を奪われたわけで、彼らの悔しさはそう簡単に癒えないだろう……。


「……グリエさんもそんなお顔をなさるのですね。いつもは飄々ひょうひょうとしてらっしゃるから、意外ですわ」

「当然さ。あそこまで根こそぎ食料を奪われちゃぁ、しばらくは飢えの不安が付きまとうだろうよ。だから確実に討伐して、村のみんなを少しでも安心させたいんだ」


 貧民として生まれ育ったグリエは幼少期、飢えを耐えしのぐ毎日だった。

 飢えは何よりも辛い、と彼は思う。

 この瞬間のグリエを動かしてるのは食材への興味よりも、村人たちへの想いだった。



  ◇ ◇ ◇



 そしてさらに森の奥に入った頃、フランがあっと声を上げた。

 目の前にキノコの群生地が広がっていたからだ。

 しかもそれは、皿の上でしか見たことのない高級食材だった。


「この黒いキノコ……。もしかして常夜茸とこよたけですの!? あの高級食材がこんなたくさん……」

「おっと、近寄っちゃダメだ。それは常夜モドキ・・・。そっくりに見えるが、胞子に寄生されると体中がキノコだらけになる恐ろしい化け物だぜ」

「本当ですの!? 常夜茸そのものにしか見えませんのに……」

「ああ。俺の嗅覚ならわかる・・・んだよ。近づくまでもない。あのキノコの臭いが常夜茸と違うことぐらいは、な」


 グリエの嗅覚は犬をもゆうに超える、生まれ持っての才能ギフトだった。

 狩りにおいては獲物の位置はもちろんのこと、発汗やフェロモンなどを感じることで行動の先読みまで出来る。

 そして長年培ってきた経験と知識によって、狩場は常にグリエの手の内とも言えた。


「この群生地も、どうやらニセモノにおびき寄せられた魔獣どもが苗床になってるようだ。……ま、近づかないのが吉だな」


 そしてグリエは遠く……木々の向こうを指さした。


「……それに、本物の常夜茸ならもうすぐ見られるぜ」

「どういうことですの?」


 不思議がるフランだが、グリエの予告通りに森がざわめきだした。

 メキメキと木々を押し倒す音と共に、山のような影が現れる。

 警戒を強める騎士たちの前に現れたのは、ひときわ巨大なリクガメの化け物だった。


「これもタイタントータス!? グリエ殿がおっしゃったとおり、バカでかい……っ!!」


 森をかき分けて出てきたリクガメの化け物は高さだけで15メートルはあるだろうか。

 背中の甲羅にはびっしりと植物が覆い茂り、そこかしこに黒いキノコが群生していた。

 そしてグリエの嗅覚がつかんだ臭いは村に残された足跡のそれと同じ。

 こいつが討伐対象の本命に違いない、とグリエは確信する。


「ふふん。見つけたならこっちのもんだ。子亀も旨いが、親亀は本当に旨いダシがとれるんだぜ。しかも常夜茸まで背負ってて、一緒に料理してくれって言ってるみたいだろ?」

「そんな悠長におっしゃってる場合では!!」


 悲鳴をあげる騎士たち。

 それぞれが剣を抜いて応戦するが、硬い甲羅に阻まれて傷一つ与えられなかった。

 むしろタイタントータスの怒りを買ったのか、鋭い牙を向けて騎士たちに突進してくる。


「下がってくれ。」


 グリエはそう言うと、彼らの横から飛び出していった。

 手にするは巨大な肉叩きミートハンマー

 彼は自分の身の丈ほどもある鉄塊を軽々と振り回し、亀の脇腹に叩きつける。

 それは衝撃波まで伴い、森に轟音を響かせた。

 ミシリと腹の装甲にハンマーがめり込み、タイタントータスはたまらず首をひっこめる。


「はっ、それで隠れたつもりかい?」


 グリエは高らかに笑い、さらなる一撃を横腹に叩きこむ。

 その衝撃は甲羅の内部まで貫通し、タイタントータスの頭が甲羅からこぼれ出た。


「なんと凄まじい……! まさか力押しで何とかなるとは……っ」


 驚く騎士たちを尻目に、グリエは腰の包丁を抜いた。

 そして匂いによってタイタントータスの動きを先読みし、噛みつきを避けながら一気に首元へ接近する。

 こうなってはもう、グリエの独壇場だった。


「悪いが村のみんなの安心のためだ。……その命、いただくぜ」


 激しい断末魔と共に、タイタントータスの首が切断される。

 もはや、まな板の上に乗ったも同然。

 グリエは悠々とさばき、後に残るのは大量の食材の山だけだった。



  ◇ ◇ ◇



 グリエたちが被害に遭った村に戻るや、村人たちは感激の涙を流した。

 当面の魔獣被害の不安がなくなったので、それも当然と言える。

 一番の功労者であるグリエは英雄だと称えられることになった。


 そして村人をかき分けるように、一人の小柄な少女が姿を現す。

 その赤髪の少女はリソレだった。

 ここは彼女の故郷だったらしく、彼女も女王の慰問に同行していたのだ。


「ほ……本当にありがとう……。グリエのお陰で牛たちの仇が討てたよ。じいちゃんも村のみんなも、どうお礼をしていいか分からないぐらいだって」

「ははっ。礼なんてもう言ってくれたさ。みんなが安心した顔を見れるだけで十分だ」


 笑うグリエに、リソレは口をとがらせる。


「もうっ、なんて欲がないのさ。こんなデカい亀を倒せるんだから、もっと偉ぶってもいいんだぞっ」


 そう言って、リソレは目を輝かせながら巨大な塊を指さす。

 それはフランがアイテムボックスで運んでくれたタイタントータスの甲羅だった。


「こんな魔獣を倒せちゃうんだぞっ。凄すぎだよ! カッコ良すぎだよっ!」

「倒すぐらいはなんでもないさ。……さて、これからが腕の見せ所だな」

「えっ? これ以上、何をするんだ?」


 きょとんとするリソレを前にして、グリエは白衣を身にまとう。


「せっかく高級食材がたっぷり手に入ったんだ。みんなで食おうぜ。これだけデカければ、保存食も山ほどつくれるぞ!」



 その夜、村はまるでお祭りのような賑わいになった。

 グリエがふるまったのはカメ肉のステーキとスープをはじめとする料理の数々に、タイタントータスの甲羅の上になっていた数々のフルーツの盛り合わせ。

 あの亀はあちこちに移動しては様々な木の実を甲羅の上で繁殖させる、移動する畑のようなものなのだ。

 この国ではタイタントータスを食材だとは思っていなかったようで、その珍しさも手伝って村は大賑わいとなった。


 そして膨大な肉はグリエやリソレの指導のもとで保存食へと生まれ変わった。

 これは家畜が激減した村の大切な食料になるだろう。

 村人の笑顔を前にして、グリエは嬉しくなった。


「キャセロール王国……。旨い食材と笑顔に囲まれ、いい国じゃないか」


 食事を楽しむ人々の笑顔を見て、グリエも一緒になって笑う。

 彼はこの国に暮らす人々とふれあい、故郷では得られなかった充実感を噛みしめるのだった――。



 = = = = = = =

【後書き】

お読みいただき、誠にありがとうございます!

もし「面白かった」「続きが気になる」と少しでも思ってくださった方は、作品のフォローや★評価で作品へ応援いただけると嬉しいです!

なにとぞよろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る