第3話『その獲物、グリエにしか狩れませんが大丈夫?』

 グリエが隣国で雇われていた頃、グラッセ王国の宮廷ではそうとも知らないアントレがガトー儀典長と語らっていた。


「調べてみれば香辛料や砂糖どころではなく、長寿の源とも言えるアムリタ麦まで減っておりましたよ……。あの貧民が懐を肥やしていたかと思うと、追放できて清々いたします」

「ほぅ……アムリタ麦まで? 王家の宝を盗むとは大変許せませんな! ……アントレくん。料理人仲間を告発する時はさぞや胸を痛まれたでしょう。よくぞ勇気を出してくれました」

「いえ。心を鬼に出来たのも、すべては宮廷を清浄化したいというガトー様の想いがあったゆえでございます」


 アントレの言葉が嬉しかったのだろう。ガトーは満面の笑みでうなずく。

 するとアントレは上目遣いでこう続けた。


「ところで……あの。お約束の件……」

「ああ、宴の席で各国の王にお目通りしたいというお話でしたな」

「はい。どうか、なにとぞ……」


 宮廷料理人にとっての名誉とは、王侯貴族の社会で名を上げることに他ならない。

 自らが生み出したレシピと共に自分の存在を世界にとどろかせる。それは亡き父であるアルベールが成し遂げた偉業であり、アントレが心より欲していることだった。


 儀典官の長であるガトーにびを売ることは、まったくもって近道と言えた。

 彼の口添えがあれば、儀式や宴で重要な人物に近づくことも難しくない。

 アントレは従順なしもべとしてガトーに頭を下げるのだった。


「いいでしょう。それこそ次の晩餐会は絶好の機会。新たな料理長として紹介して差し上げましょう」

「ありがとうございます、ガトー様! 恩に報いるためにも、次の宴は絶対に成功させてみせます!」


 子犬が尻尾を振るように従順なさまを見てガトーは満足する。

 そしてアントレの言う宴について思いをはせた。


「期待してよいのですな? なにせ次の晩餐会に招待するのは各国の王。重要な交易相手として粗相そそうがあってはなりませんからね。急病とは言え、アルベールさんを亡くしたのは悔やまれますよ」

「はは。御心配には及びません。私には副料理長として父を支えた実績がございます。それに父のレシピも持っております。王の舌も満足させられるかと!」


 もちろんアントレの言葉に偽りはない。

 先代料理長のアルベールはフルコースの指揮を執っていたが、いくつかの料理はアントレの品でもあったからだ。


 そしてなんと言っても、アントレの自信の源は『父アルベールのレシピ』の存在にあった。

 レシピは料理を再現できる魔導書のようなもの。

 父がいなくてもメインディッシュは問題なく作れる。

 いや、伝説の料理人が不在の今だからこそ、栄光はすべて自分のものになる。

 ――アントレは輝かしい未来を思い、胸を膨らました。


 そして栄光を確かなものにすべく、レシピの中でもとりわけ人気だった品の名を口に出す。


「メインディッシュには『チャリオットベアのロースト』を考えております」


 アントレの計算は正しかったようで、その名を聞くやガトーの目が輝いた。


「おお、チャリオットベアか! 私もアルベール氏の時代に一度食したが、あれは素晴らしい一品であった。旨味の爆弾とも言えようか。柔らかな肉を噛みしめるごとに口の中で旨味がはじけ、あまりの旨味の濃さに昇天しかける程であった……」

「ええ。それに食材自体がレア物という点がポイントなのです。この宮廷でしかお目にかかれない逸品となれば、晩餐会の主役として申し分ないでしょう」

「素晴らしい! アントレくん、楽しみにしていますよ」


 ガトーは上機嫌でアントレの肩を叩くと、去って行った。

 そしてアントレはさっそく食材の調達を部下に依頼する。

 実際のところ、特殊食材は父であるアルベールが宮廷に持ち込んでくるので、その入手経路はよくわかっていなかった。しかし冒険者ならばその情報ぐらい持っているだろう。そして高額の報酬さえ出せばすぐにでも食材は集まるはずだ。

 アントレは楽観し、口元に笑みを浮かべた。


 ……アントレは何もわかっていなかった。

 安易に決めた食材の入手難易度が恐ろしく高いことを。

 チャリオットベアを易々と狩れるハンターなんてグリエ以外に見当たらないことを。


 この後、冒険者ギルドが総出で狩りに向かい、多くの死傷者を出すことになるのだが、アントレは自分の出した依頼がそんな大変なことになるなど、思いもしなかった。



  ◇ ◇ ◇



 アントレが勝手に悦に浸っている頃、キャセロール王国にたどり着いたグリエはさっそく驚きと歓喜の声に出迎えられていた。


 それもそのはず。

 行方不明になっていた女王フランの命を救ったばかりか、見上げるほどに巨大なチャリオットベアを仕留めたのだから、当然と言える。

 彼はもはや英雄とまで称えられていた。


「困ったな……」


 グリエはチャリオットベアの解体のために宮廷の施設を使わせてもらっていたが、ひとしきり挨拶を終えたはずなのに、宮廷の使用人や騎士たちがグリエの顔を見ようと詰め掛けていた。

 強大な魔獣を倒したおかげか、特に騎士たちの熱い眼差しが自分に注がれている。

 グリエが困っていると、フランが横で微笑んだ。


「あら、グリエさん。これは正当な評価ですわ! それこそ精鋭の騎士が束になっても敵わなかったチャリオットベアを、たった一人で倒したのですもの。先ほどから騎士団長の目が輝いているのも当然ですっ」

「それが困ったってことなんだ……ですよ、フラン陛下。……俺は料理人だ。兵士にスカウトされるのはマズいってもんだ」


 そう。あくまでもグリエは料理人。兵士になってしまうと厨房に居られなくなってしまう。


「それはまったくその通りですわ! グリエさんが戦場に行っては、わたくしの食卓が寂しくなってしまいます。……いいでしょう。騎士団長にはわたくしから念入りに伝えますから、心配なさらないで」


 女王であるフランが言ってくれるなら問題ないだろう。グリエは安心して巨大グマの解体を進めた。

 すでに魔獣の森の中で血抜きを済ませてあるので、肉の断面は鮮やかな赤身が輝きを放っている。

 それに、何よりもグリエが驚いたのはフランの魔法だった。


「『アイテムボックス』の魔法……だったか? 初めて見た時には驚いたよ。……さすがは王族だ……ですね」


 アイテムボックスとは別の空間になんでも格納できる魔法のことだ。

 存在自体は噂に聞いたことがあったが、本物を目の当たりにしてグリエは驚いた。

 チャリオットベアの肉も凄まじい量だったというのに、フランは簡単に収納して見せたのだ。

 なんでもアイテムボックスの内部は時間が止まっているらしく、食材が腐る心配もないらしい。


「ふふ。お力になれて良かったですわ」

「ああ、本当に助かりましたよ。ハンター仲間がいなかったし、その魔法がなければ余さず持ち帰られなかった」


 グリエは横で屈託なく笑う女王様を見て、その頼もしさに敬意を感じるのだった。

 それに獣の解体を目の当たりにしても物怖ものおじしないところなど、度胸どきょうもある。



 その時、チャリオットベアの巨体の横でひとりの少女が声を上げた。


「うひゃーっ、デッカイ肉! これ、お前が狩ったって本当か?」

「ん? ああ、そうだが」


 見れば、ずいぶんと小柄な少女だ。

 グリエが長身ということもあるが、比較すると幼い子供のようにも見える。ちょっと生意気そうな顔立ちで、きれいな赤毛も相まって“炎”を感じさせた。

 そして、グリエの嗅覚はその正体を瞬時に見抜く。


「お、アンタは料理人か?」

「な……なんでわかるんだよ。……コック服を着てないのに」

「俺は鼻が利くのさ。アンタはずいぶんと旨そうな匂いをまとってるから、よくわかる。そして、腕が一流ってこともな」


 一流と言われた瞬間、少女の顔が真っ赤になった。

 はたから見てもそうと分かるほどに照れている。


「ふ……ふんっ。お、おだてたって何も出ないぞ……」


 するとフランが少女の傍らに立ち、静かに笑った。


「グリエさん、紹介いたしますわ。彼女の名はリソレ。私の宮廷で副料理長スー・シェフを務めていただいておりますの」

「へぇ……納得だ。それに得意分野は肉料理と見える。フランベの香りを感じるな」


 フランベとは料理の仕上げにブランデーのようなアルコールを入れて着火し、食材に香りをつける技法だ。肉の臭みを取るのにも重宝する。

 リソレの“炎”を感じさせる容姿にぴったりだとグリエは思った。


「ところでリソレさん。彼に何か御用ですの?」


 フランが首をかしげると、思い出したようにリソレが声を上げた。


「あ~~そうでした! 宮廷入りするんであれば、まずは試させて欲しいんですよぉ。アタシの時は試験があったのに、何もなしは不公平ですもん」


 そう言って、グリエを指さす。


「グリエだっけ? 一流の狩人だってことは認めるけど、料理人として一流かどうかは別なんだぞっ」

「ほう。じゃあどうすればいいんだ?」


 グリエは次の言葉を予想し、笑みを浮かべる。

 そしてリソレは真っすぐにグリエを指さし、威勢よく言い放った。


「アタシと料理で勝負だ! その実力、見定めさせてもらうぞ!」



 = = = = = = =

【後書き】

お読みいただき、誠にありがとうございます!

なんだか生意気そうな少女が出てきましたが、果たしてグリエの相手になるのでしょうか?

ぜひ次話も続けてご覧ください~!


もし「面白かった」「続きが気になる」と少しでも思ってくださった方は、作品のフォローや★評価で作品へ応援いただけると嬉しいです!

なにとぞよろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る