第49話 サース国の絶望


 フーヤが所属するエルス国は、四方を四国に囲まれている。


 その四国のうち、エルス国の西に位置する国サース。


 サースの王城にある作戦室で、サース王と騎士団長が悲鳴をあげていた。


「ば、バカな!? ヴォルガニアが滅ぼされるなんて!? これで北の抑えがなくなってしまったら、次は余たちが攻められるのではないかっ!?」

「そ、その可能性は極めて高いです……」

「何故だ!? エルス国とうまく停戦したはずだったのに! どうしてこんなことに!?」


 彼らは少し前に、エルス国に対して一方的に有利な停戦協定を結べていた。


 エルス国に攻められて都市を奪われたのに、なんの対価も払わずに戦前の状態に戻したのだ。


 あの時の彼らは、完璧にエルス国を弄んでいたつもりだった。


「エルス国が三国に攻めて、全てと停戦結んだ時は馬鹿だと思ったのに……! まさかあの停戦が、ヴォルガニア国を攻めるための策だったとは!」

「完全にしてやられましたね……まさか無能を逆手に取るなど」


 完璧に勝ったと思っていた相手に、実は完膚なきまでに負けていた。それに気づいた時の精神ダメージは酷いものだ。


 ましてや無能と蔑み舐め切った相手にやられたとなれば、あまりにも辛いものがあるだろう。


「え、エルスの女王は実は有能だったのか!? これまで無能の皮を被っていたと!?」


 さらに叫ぶサース王。だが騎士団長は首を横に振った。


「……いえ、あの女王陛下が無能なのは間違いありません。これまでの行いは、無能の皮を被っていたにしてもやり過ぎです。下手しなくても国が滅んでいた可能性が高い」


 騎士団長はセリア姫の統治を考え否定する。


 彼の考えはこうだ。今回のエルス国の動きは完璧で、セリア女王陛下の無能を生かした。だが今回の狙いのために、これまでの無能な統治を全て肯定するのは難しい。


 結果論としてはうまくいっているが、ヴォルギアスの反乱など国が潰れてもおかしくなかった。今回の策のために行うには、あまりにもリスクが高すぎる。


 無能の皮を被った有能ならば、もう少し上手くやるだろう。


「で、では今の状況はどう説明するんだ!?」

「思い返してください、エルス国の躍進が始まった時を。街に現れた鬼を倒してから、あの国はあり得ぬ飛躍を遂げている」

「…………エルス国の緋髪の英雄、フーヤ。奴が仕組んでいると!?」

「そう考えれば辻褄が合います。そもそもヴォルガニアとの戦では、エルス女王は出陣すらしていません。国の一大事に総大将がいない、つまりそれは……邪魔者だったと言うことでは?」


 騎士団長は首を縦に振った。


 フーヤが今回の策の立役者であること。それは今までのことを鑑みれば分かることだ。


 サース王も理解したようでわなわなと震えだす。


「な、なんと……緋髪の英雄、何故我が国に仕官しなかったぁ!?」

「こればかりは、エルス国の女王にツキがあったとしか……」

「ええい! だがあの女王を抱えている以上、攻め込まれてもまた停戦を結べば……!」


 絶叫するサース王だが、騎士団長は首を横に振った。


「それは無理でしょうね……」

「何故じゃ!? 今までのように行えば!」

「交渉というのは、あくまでどこかで折り合いをつけるためのものです。ここらで止めましょう、互いにこれ以上戦を続けると厳しいでしょうと」

「……はっ!? ま、まさかエルス国が我らを滅ぼすつもりなら……」

「下手をすれば交渉の場すら設けられぬかも……」


 サース王の顔が真っ青になる。

 

 交渉とは互いに利があるからこそ行うものだ。だが相手がもはや交渉するに値しないと判断されたら、そもそも発生しない可能性がある。


 もしエルス国がサース国を完全に滅ぼすつもりなら、交渉も難しいだろう。


 それにセリア姫は確かに無能すぎる。あくまで本来なら+20のところをプラマイゼロにしてしまうレベルだ。


 圧勝している戦で有利に講和できるのに、占領している土地を返してしまうのだから。


 だが+100ならば+70にしても、プラマイゼロにまではしない。


 つまり国全て滅ぼすほどの戦力差で攻め込んだ場合、いくらセリア姫でも無条件での停戦協定を結ぶことはない。


「恐るべしは緋髪の英雄、フーヤでしょう。あの者が今のエルス国を引っ張っているのです。足手まといの女王ごと。我らは二回も戦って惨敗したのですし……」


 ようやく現状の詰み具合を理解したのか、サース王は顔を歪ませた。


「ど、ど、ど、どすればよいのだ!? このままでは余の国が滅びっ!? しゅ、周辺の三国と同盟を結んで……!?」

「手遅れでしょう。もはやエルス国の力は、三国を同時に相手取れる……! 各個撃破されて潰されていく」

「い、いやじゃ!? なんとかしてたもれ!?」

「であれば従属しかないでしょう」


 騎士団長は淡々と告げる。


 従属とは相手国に対して、「実質的な家来になります」と宣言することだ。


 宗主国の命令があれば従わなければならなくなる。例えばエルス国が隣国に出陣を命じれば、サース国は唯々諾々と従う必要がある。


 戦国時代では大国に対して小国が行った生き残り戦略だ。全ての国を滅ぼすと大変なので、従属させるという手段はよく取られた。


 かの有名な徳川家康も、織田信長にほぼ従属していたと言われている。


「……よ、余が! あのような無能な女王に頭を下げろと!?」

「仕方ありますまい」

「嫌じゃ!? いくらなんでもあの無能な者になど!? それに余が臣下たちに殺されかねんぞ!?」


 そしてここでもセリス姫の無能さは出る。


 自分よりも劣る者に頭を下げるというのは、人間として嫌がることだ。


 それに風聞というものもある。無能な女王に屈したとなれば、更に無能な王としてカリスマを保つのは難しい。


 つまり臣下から仕えるに値しない主君とみなされ、下克上や暗殺される可能性が一気に高まる。


「……いえ。こうお考え下さい、我々はあの無能な女王陛下に頭を下げるのではないと」

「で、では誰に下げるのじゃ?」

「エルス国に。更に言うなら緋髪の英雄、フーヤに屈したとすればいい。であれば臣下たちも納得するでしょう。それに……」

「それになんじゃ?」

 

 騎士団長は少し考え込んだ後に、


「エルス国は歪です。明らかに人手も足りてないですし、緋髪の英雄に権力が集まり過ぎている。また一波乱起こるかもしれません」

「しかし緋髪の英雄は忠臣と有名じゃが」

「あのような優秀過ぎる者が、無能な女王に仕え続けると? 無能な者に頭を下げるのは屈辱と申したのは、陛下自身ではありませんか。いずれ反旗を翻す可能性が高いと思われませんか?」

「むむむ……」

「三国志の曹操のようなものでしょう。優秀な人材を集めて、最終的には帝位を簒奪する……」

「なるほど! それまで時を稼ぐのじゃな!」


 サース王の問いに対して、騎士団長は小さくうなずくのだった。


 なお余談だがこの世界で伝えられた三国志では、曹操は三つ首の竜で化け物だが火に弱いという逸話がある。

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