第44話 命運


 シャルロッテの勝利の雄たけびが戦場に響いた。


 その瞬間、彼女はグラリと地面に倒れそうになるが……。


「ちゃんと最後まで立ちなさい。拠点に戻るまでが戦いでしょう!」


 綾香が急いでシャルロッテの身体を支えた。


「……たし……かに……な」


 シャルロッテがかすれた声を出す。


 マズイ、ただでさえ死にかけなのを何とか戦っていたのだ。そして彼女にとってもうこの戦いは勝利だ、もう精神的に耐える必要がなくいつ死んでもおかしくない!


「綾香! シャルロッテを安静に休ませろ!」


 俺は急いで倒れているヴォルガニア王に駆け寄って、身体を揺すって叩き起こそうとする。


「おい起きろ! さっそく交渉を始めるぞ!」

「む、むぅ……貴様は……そうか余は負けて捕えられて……」

「そうだ! この場で交渉だ!」


 俺は人形に運ばれていくシャルロッテを見ながら、少しでも早く交渉を始めようとする。


 するとヴォルガニア王は小さくため息をついた。


「降伏交渉ということか。いいだろう。して何が望みだ」

「ヴォルガニアの土地は全てもらい受ける! それとお前の持っている命運のスクロールを渡せ!」


 命運のスクロール。それが寿命延長アイテムの名称だ。


 俺がその単語を出した瞬間、ヴォルガニア王は眉をひそめた。


「命運のスクロールは余の家宝だ。そして命を伸ばす秘宝、そうそう渡すわけにはいかぬ」

「渡さないならこの場で処刑もあるぞ! 命を伸ばすもなにも、死んだら意味ないだろうが!」


 命を伸ばすほどのアイテムとなれば、そうそう手放しはしない。


 だが渡さなければ殺されるとなれば話は別だ。命を伸ばすアイテムのために死んだら、何の意味もなくなってしまう。


「それはそうだ。だが渡すには条件がある」

「この期に及んで、お前に交渉する権利があるとでも? いいからさっさと渡せ! でなければ処刑だ!」

「命運のスクロールは余しか知らぬ呪文で封じている。処刑すれば使用方法は分からなくなるぞ! 先の紅の女神を助けるのに必要なのだろう!」


 ヴォルガニア王は凛とした態度で叫ぶ。


 ……くそっ! こちらが命運のスクロールをすごく欲しがってるのを感づいてる!


 呪文封印なんてゲームになかった気はするけど! こんな状況では真偽を確認する間にシャルロッテが死んでしまうかも……!


 女神とやらはよく分からないけど!


「なに安心しろ。余とて自分の立場は承知している。無茶な要求はせぬし、その要求は二つだけだ」

「……言ってみろ」


 無理やり口を割らせるとなると時間がかかる! 条件次第だが叶えた方が早いか!?


 大したことのない要求ならさっさと答えた方がマシか! シャルロッテが死ぬ前に!


「一つ目は助命嘆願だ。余と臣下の命を助けて欲しい」

「いいだろう」


 元から殺すつもりはないし問題ない。


 ヴォルガニア王はともかくとして、ダンティエルとレーニンは臣下で雇いたいくらいだし。


「二つ目。余は美術品が好きだ。なので命運のスクロールを渡すならば、代わりの品が欲しい。土天の壺と交換だ」

「それは……」


 俺は綾香にチラリと視線を向ける。


 土天の壺は俺の所有物ではなく綾香のものだ。つまり交換など出来ない。


 綾香が俺の臣下になった理由が、土天の壺を渡したから。つまり彼女にとってもすごく大切な品なので、手放すなどあり得ないだろう。


 ……こうなったら口を割らせるしかないか。交渉より時間がかかるが仕方な……!


「いいですよ。ウチの土天の壺を、ヴォルガニア王に渡しましょう」


 俺は綾香の言葉が信じられなかった。


 土天の壺は極めて貴重な品だ。綾香もそれは当然分かっていて、手に入れるために将来性が暗かった俺の臣下にまでなったのだ。


 それを手放す? しかもよく喧嘩していたシャルロッテのために?


「あ、綾香? いいのか?」

「……よくはないですけどね。ですが、まあ。人形よ、持って来なさい」


 困惑していると、人形の一体が土天の壺を運んできた。


「おおっ! その見た目、まさしく伝え聞く通りの土天の壺……! よいでしょう! これが命運のスクロールだ! 私が自分の意思で手渡すことで、使用の封印も解ける」


 ヴォルガニア王は興奮しながら、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。


 あれは命運のスクロールだ。俺がゲームで見ていたものと相違ない。彼はそれを俺に押し付けると、土天の壺の側へ駆け寄った。


「す、素晴らしぃ……! なんという美しさ……! あんな紙切れよりも、こちらの方がよほど……!」


 恍惚とした様子で壺を持ち上げるヴォルガニア王。


 命運のスクロールはただの寿命の延びる紙切れなので、芸術的価値はあまりないのだろう。実用性はともかく。


「主様。早くシャルロッテに命運のスクロールを渡さないと死にますわよ?」

「はっ!? そ、そうだった!」


 俺は急いでシャルロッテの元まで走る。


 彼女は生気のない顔で、地面に敷いたゴザに寝転がされていた。


 全身に血の気がなく少し青っぽく見える。明らかに衰弱しきっているが、だがまだ弱弱しく息はしている!


「シャルロッテ、大丈夫か!」

「ふー、や様……、もうしわけ……ワタシ、は……ここま、で……」


 まるで最期の言葉のように、シャルロッテは必死で言葉を絞り出している。


 言い終えればおそらく死んでしまうとまで思えるほどに。だが……まだ生きている!


「まだだ! お前はこれからも、俺の元で暴れてもらう必要がある! だから受け取れっ!」


 俺はシャルロッテの右手に、命運のスクロールを握らせた。


 その瞬間だった、彼女の身体に鮮やかな肌色が戻っていく。


「……これは」

「命運のスクロールだ! 寿命を延ばす! お前はまだ、ここで死ぬべきじゃない!」


 シャルロッテは上半身を起こすと。自分の右手に握っている命運のスクロールを見つめた。

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