第42話 ヴォルガニアの計算外


 余はヴォルガニア王として最善の勝利を得る必要がある。そのためヴォルガニア軍は、エルス国の軍を相手に籠城で時間を稼ぐ予定だった。


 そうすることでエルス国は周辺国との停戦期間になり、撤退を余儀なくされるからだ。敵が全軍で攻めてくるのだから、真正面から戦ってこちらも大きな被害が出るのは避けたい。


 だが…………。


「ほ、報告します! エルス国が我が国へ進軍してきます! その数、およそ一万!」


 作戦企画室にやってきた兵士の報告は、私によって計算外のものであった。


 私とダンティエルとローニンは、ちょうど円卓を囲んで座っている。


「一万だと? 予定より遥かに少ないぞ。奴らは全軍で攻めて来ていないのか?」

「はいっ! おそらく兵糧の関係で、全軍を用意できなかったのかと! さらに『天軍使』ユピテルが、軍に帯同しておりません! 食あたりだそうです!」

「……むう。これは……」


 どうやらエルス国は、かなり無理やりの状態で攻めてきたようだ。


 とは言え奴らの気持ちは分かる。今回こそ意図を気づかせずに三方との停戦を結べたが、次はもう無理だろう。


「どうやらエルス国は分の悪い賭けに出た様子ですな。今回攻めなければ、もう奴らに好機は訪れませんから」


 我が左腕、知将ローニンが少しだけ笑った。余の言おうとしたことを代弁してくれたようだ。


 エルス国は追い込まれている。奴らは今回の停戦を結ぶために、三方の国に攻め込んだのだ。それ自体は上手い策だった。


 だがそれは全て、停戦期間中に我が国にダメージを与えられる前提だ。


 ダメージを与えられないならば……奴らは切札の切り損になってしまう。いやそればかりか、攻め込んだ周辺国との関係が悪化しただろう。


「しかし敵が一万の上に、最も警戒していた天軍使がいないのか……」


 余は、というかヴォルガニアは天軍使を最も警戒していた。


 何故なら彼女が戦場に出たのは一度だけであまり情報がない。その上で首狩り将軍相手に凄まじい戦果を繰り出していた。


 救国の英雄、人形巧者、悪夢の赤鬼も厄介極まりない。だが奴らの情報はある程度集まっていて、戦力も大方の予想はつく。


 だが天軍使だけは不明だった。間違いなく強いということ以外は。


 あの状況で初陣なのに一番多くの兵士を預けられた上に、事実として首狩り将軍の軍を相手に無双していたのだ。下手をすれば救国の英雄よりも……と懸念していた。


 戦力差もそこまでない上に敵の力も不透明。だからこそ籠城策を行うことを決定したのだが……。


「陛下! これならば籠城せずとも勝てますぞ! 敵軍に我が国の土を踏ませることはありません!」


 ダンティエルが机を強く叩く。


 そう。敵は一万ほどな上に、主力である『天軍使』もいない。


 はっきり言って千載一遇の好機と言えよう。今ならば我が軍は倍以上の戦力で、敵の主力武将一枚落ちの軍を相手取れるのだ。


 だが籠城すればそれは難しくなる。時間を稼いでいる間に天軍使が完治すれば、軍を率いて後詰めしてくる可能性もあった。


 無論、籠城戦でも勝てはする。そもそも当初の予定では、敵軍二万に天軍使もいる想定だったのだから。


 だが…………。


「この状況下ならば、敵に我が国を略奪させずとも勝てるか」

「もちろんでございます! それに戦力がほぼ変わらぬならともかく、明らかに劣る相手に籠城する意味はありませぬ!」


 ダンティエルの咆哮が室内に轟く。

 

 この男は猛将にして勇猛果敢だ。こういう場合なら間違いなく打って出る策を提案してくる。その気合や闘志が我が軍に力を与えてくれるのだ。


 だからこそもう片方。冷戦沈着を常とする知将ローニンへと目を向ける。


「ローニン。お前はどう思う?」

「……打って出るべきかと思われます。明らかに敵の方が弱い状況で、籠城策をとるのは民たちや臣下の印象もよろしくない。陛下が弱き王と思われる恐れが」


 余はヴォルガニアの王だ。だからこそ、強さを示さなければならない。


 弱き無能な王は早晩、臣下に寝首をかかれる恐れもあるのだ。なので敵軍が弱いのならば籠城策はあまり取りたくない。


 それに気持ちとしても、奴らに我が国土を踏まれたくはない。


「だが余には、これが敵の策であるという可能性も捨てきれぬが」


 籠城戦をさせないためにわざと戦力を削って攻めてきた、という可能性もある。


 そうだとすれば余たちは、エルス国に踊らされている。


 だがローニンはニヤリと、


「だとしても食い破ればよいのです。我が軍は半数以下の相手に、負けるほど脆弱ではありません。策士を策に溺れさせてみせましょう」

「ローニンの言う通りであります! このダンティエルがいる限り! 例え敵軍の方が多かろうと打ち破ってみせましょう!」

「……相分かった! ならば出陣する! 国境付近の平野にてエルス国を迎撃し、勝利の暁にはそのまま攻め込むぞ!」


 こうして我が軍は二万を引き連れて、平野へと陣取った。


 さらに敵軍の足の鈍さをついて、三千の軍を遅らせることに成功する。


 前方にそびえるのは『救国の英雄』七千の軍のみ。これならば勝てると判断したのだが……。


「「「収束せよ! 闇を滅する光の槍よ、敵を穿て!」」」


 敵軍の魔導攻撃で、我が軍は遠距離にも関わらず甚大な被害を出してしまった。


 こちらの魔導陣の攻撃はいとも容易く撃ち負け、このまま距離を取っていては勝てない!


「おのれっ……! ダンティエルに伝令を! 遠距離では不利だ! 近づけと!」

「すでに突撃を開始されております!」

「流石はダンティエルよな! 我が軍も進め!」


 だがダンティエルの突撃は思うようには進めなかった。


 敵軍が兵科陣形を変更して、強烈な弓部隊へとなったからだ。


 岩をも砕くかのような威力の剛矢が、前方のダンティエルの軍へと襲い掛かっていく……!


「なんという……! エルス国の悪魔が、兵科陣形を戦場で変えられるのは知っていたがっ……!」

「ダンティエル軍、なおも突撃して距離を詰めるようです!」

「よい! さしもの悪魔とて、接近戦になれば近距離形態をとらねばなるまい! そうなれば我が軍は後方から思う存分支援ができる!」


 そうしてダンティエルが必死に近接に持ち込むと、敵軍はフルプレートの重装歩兵へと姿を変える。


 なんという厄介さだ! 本来兵科には各々長所があり、そして弱点がある。それはどんなに強い兵科陣形でも例外はない。


 ダンティエルの騎竜陣は近づけないと無力だし、騎竜が暴走するので命令が難しい。


 新たに見つかった魔導陣の威力は強力無比だが、近接戦になればひたすら蹂躙される。それに連射が効きづらいので、敵の接近を防ぐのも難しい。


 弓陣は中距離では連射できて強力だが、遠距離では届かず近距離では厳しい。


 だがあの悪魔は、兵科を状況に応じて変更できるのだ! なんという……もし奴が大勢の軍を率いてきたら……もはやどうにもならぬ!


「やはりエルス国はここで必ず叩かねばならぬ! 最悪でもあの者だけは始末か捕縛を! 総攻撃をかけよ! 魔導陣は限界まで撃ち尽くせ!」


 我が軍は敵軍をひたすら攻撃する。後方に控えた弓陣と魔導陣が支援攻撃を行い、騎竜陣が敵軍に果敢に仕掛けていく。


 だが押せない。ここまでしてなお、戦況は拮抗していた。


 前方の軍が硬すぎるのだ。攻撃力こそ高くないものの、まるで城でも攻めているかの如く堅牢な……。


「ええい! このままでは後方から敵の暴走軍が後詰めに来るぞ! 急げ!」

「で、伝令でございます! 敵の暴走軍が!」


 言ったそばからか! 足止めにも限度があるので、そろそろ追い付いて来ると思ったが……!


 だがあの暴走兵団は、臨機応変な動きは絶対にできない。普通の軍ならば包囲を狙ってくる場面だが、奴らだけはそれが無理なのだ。


 なにせ敵を見つければ最短距離で突っ込む者たちなのだから! 我らが騎竜陣と同様にな!


「……ちっ。もう追い付いてきたか! ならば迎え撃て! 奴の攻撃力は把握しているが、騎竜陣ならば受け止められる!」


 あの暴走軍の力は当然把握している。奴らは過去に何度も恐ろしい勢いで敵に突っ込み、混乱せしめてそのまま反撃を許さずに粉砕してきた。


 だがそれはダンティエルには無理だ。騎竜陣もまた堅牢な陣形で、暴走軍の攻撃力を受け止められるだけの防御力がある。


 そして奴らの攻撃をしばらく防げば、後は反撃で潰せる!


 そうして敵暴走軍が、騎竜陣に突っ込んできたのだが……。


「た、大変です!? ダンティエル軍、被害甚大! 暴走陣のひとなぎで大打撃を受けました!」

「……お、おい待て!? そんな馬鹿な!? 奴の攻撃力は想定済みで! その上で防げるはずっ……!? 魔導陣に支援させろっ!」

「ダメです! 魔導陣、限界まで撃ったためしばらくは!」

「くそっ!? まさかあの敵を見れば突っ込む暴走陣が、こんな奇跡的なタイミングで仕掛けてくるとは!? 奴らは天運に恵まれているとでもいうのか!?」

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