第41話 遠中近を制す


 ヴォルガニア全軍と俺の率いる軍が、だだっ広い平野で向かい合っている。シャルロッテと綾香は少し後方で、また平野までたどり着けていない。


 敵は『暴れ竜』ダンティエルの騎竜陣七千、『深淵知謀』ローニンの魔導陣六千、『絢爛業火』ヴォルガニア王の剣陣四千が主力だ。他に弓陣、剣陣、騎馬陣が千ずついる。


「あ、あれが暴れ竜ダンティエルですか……強そうですね」


 俺の軍に帯同していたエメラルダが、騎竜の群れを見て驚いている。


 彼女はすでに俺の頼んだ役割を終えて戻って来ていた。


「エメラルダ、ご苦労だった。無事に噂を流せたようだな」

「はい。でもビックリしましたよ。わざわざユピテルさんが、北都にいることを広めろだなんて。理由は食あたりにしましたよ」


 悲報、神様がバチならぬ食当たり。いや嘘なんだけども。


 ユピテルを連れてこなかったのは、使い道がなかっただけではない。いや今回は全く使えないのは事実だが、彼女はここにいないことで役に立っているのだ!


「なんでわざわざ敵に、こちらの情報を漏らしたんですか?」

「ヴォルガニアにとって、ユピテルが一番不気味だからさ」

「……? まあいいです。それより暴れ竜が壊そうですが大丈夫ですか?」


 ……ダンティエルは厄介だ。奴自身の能力値も高い上に、騎竜陣は使える武将が少ない強力な陣だ。


 攻撃力、防御力、機動力の全てを併せ持つ破格の陣形。弱点は接敵すると騎竜が言うことを聞かず、命令不能になることだけ。


 暴走ならばシャルロッテも負けていないが、こちらは防御が紙ペラになるという弱点がある。対して騎竜陣は命令不能になることのみ。


 汎用性や使いやすさならば、間違いなくダンティエルに軍配が上がるだろう。


「強そうじゃなくて強いんだ。ダンティエルは間違いなく猛将だからな」

「さ、流石は『ヴォルガニアの両脚』です……魔導陣の方はローニンですか」


 敵の後方に控えているのは、ローニンによる魔導陣だ。


 ローニンもまた強い武将だ。奴は『策士』というスキルを持っていて、敵軍を妨害してくる。


 この妨害というのは、兵科陣形自体に影響を及ぼすのだ。


 今も綾香の人形陣の足が遅くされてしまい、その後ろに控えていたシャルロッテ軍も一緒に遅滞している。


 結果として俺達だけが先に進む形で平野に布陣しているのだ。待つという選択肢はなかった。


 ヴォルガニアに平野を好きに陣取られると不利だからな。他にも理由はあるが。


「確かに厄介だ。だが両脚は片方もぎ取るだけで立てなくなる」

「ケンケンで片足飛びできますよ」

「そういう意味じゃない」


 せっかく恰好よく言ったのに……いや言うほどでもないか。


 そんなことを考えていると、敵軍がこちらに向けて動き始めるのが見えた。


「て、敵軍動き出しました! こちらに向けてゆっくり近づいてきます!」

「だろうな。綾香とシャルロッテが遅れている間に、俺達の軍をボロボロにする算段だろう。だが……そうはさせん! 『魔導豪砲陣』!」


 俺の率いる兵士たちが、ローブを着た魔法使いのような姿になる。


 この陣形は以前に巨人を倒した『超重・魔導豪砲陣』を、まともに使えるようにしたものである。


 例えるなら以前のが一発限りの核爆弾とすれば、今回のは大砲みたいなものだ。ようは名前が似ているだけで運用は全く違う。


 魔導陣より強い魔法が撃てる上位互換でしかない。


「放てぇ!」

「「「収束せよ! 闇を滅する光の槍よ、敵を穿て!」」」


 我が軍の兵士たちが叫ぶとともに、空中に光の槍が出現して敵軍に襲い掛かる!


 敵軍もまた魔導陣が光の矢を放ってくるが、大半は俺達の放った光の槍に当たって霧散する。


 対して我が軍の光の槍は、敵の光の矢を消し飛ばしてなお敵軍に襲い掛かる!


「ぐわああああああ!?!?!?」

「ギャオオオオオオォォォォォォ!?!?!?」


 敵の先頭、騎竜陣に光の槍が突き刺さっていく! 


 おそらく今ので百体ほどは戦闘不能になったはずだ! だが敵もさるもの、大して動揺もせずにそのまま突っ込んでくる。


「くっ! だが魔導陣は連射が効かぬ! 突撃せよっ!」


 大砲にも負けないような叫びが戦場に木霊した。あれはダンティエルの声だ、ゲームで聞いたから覚えている。


「ふ、フーヤ様! 魔導陣の弱点がバレてますよ!?」


 エメラルダが俺の横で焦っている。


 魔導陣を兵器に例えるならば大砲や火縄銃の類だ。そして戦国時代のそれらは、連射が効かないのが弱点だった。


 信長の三段うちなどでそれを補う話があるように、基本的に連射が効かない。威力こそ高いが、その分連射に難があった。


 仮に無理に連射をしようものなら、魔力臨界突破現象とやらでしばらく撃てなくなるのだ。


 このままでは次に撃てるまでの間に、ダンティエルに肉薄されてしまうだろう。


 ならばどうするかは簡単だ。弾幕をはれる陣に変えればいい。


「『天弓陣』! 総員、弓を放てぇ!」

「「「おおおおぉぉぉぉ!!!!」」」


 俺の叫びと共に、兵士たちがやや重装備の弓兵の姿へと変わった。


 彼らは身の丈ほどある巨大な弓に矢をつがえて射る!


 その弓たちは鋭く風を切って、敵の竜たちの丈夫な鱗を貫いて討ち取っていく!


「おのれぇ! こちらも矢で迎撃せよ!」


 ダンティエルの咆哮と共に、こちらにも敵弓陣からの矢が飛んでくる。だが俺達の放つ矢に簡単に撃ち落とされていく。


 たまに敵の矢が我が兵士に当たっても、鎧などで大半が弾かれていた。


 天弓陣の強みは、矢の威力もさることながら防御の高さだ。


「ぐっ……! このままではこちらが不利かっ! やむをえんっ! 一気に肉薄するっ! 近づいてしまえば我らの勝ちだっ!」


 敵の騎竜たちは被害を受けるのを覚悟して、無理やり突撃してきた。


 矢によって大勢の竜が討ち取られていくが、八千の軍を倒しきるのは無理だ。そうして敵が必死の想いで近づいてきたところを……。


「『重装・金剛陣』!」


 我が軍の兵士たちの装備が、全身黄金色のフルプレート。つまりは近接に最適化され、敵に近づくまでが苦労する陣形に変わった。


 俺のスキル『千変万化』と『八百万兵科』。これら二つを組み合わせた最大の強みは、あらゆる状況で最適な距離とすることができること。


 遠距離ならば防御を考えずに超強力な魔法を、中距離ならば攻防を両立させて強力な弓を放つ。そして近距離ならば動きに制約のある超重装甲で踏みつぶす。


 だが『千変万化』も『八百万兵科』も、単独ではチートとまで言えるスキルではない。


 千変万化だけならば、その場に適した陣形がないかもしれない。八百万兵科だけならば、出陣時までしか陣形を変えられない。


 だがこれら二つのスキルが組み合わさることで、互いのネックが完全に消えてしまう。


 これをチートと言わず、何をチートと言うか!


「怯むなっ! 我らには後方の支援があるっ!」


 ダンティエルの叫びがさらに戦場に木霊する。


 騎竜と重装兵がぶつかり合うが、互いに決定打がなかなか出ない。敵騎竜の攻撃はこちらの重装甲に阻まれるが、こちらの攻撃は敵の機動力で回避される。


 まさに千日手というやつだ。だがこれでいい。


 正直言えばこの戦いに勝つことは難しくない。これは慢心ではなく、勝つだけならばいくらでも手段はある。


 そもそも俺は騎竜兵の上位互換も使えるのだ。敵軍を敗走させるのなら、その陣形に変えればいいだけ。


 そうすれば真正面から敵軍を打ち負かすことができる。


 ……だがそれではダメだ。そうすると後方にいるヴォルガニア王は、前線崩壊と共に逃げてしまう。


 俺の勝利条件はこの戦いに勝つことではないのだから。


 すでに敵は完全に俺の策にハマっている。ならば後は……。


「人事を尽くして天命を待つ……総員、このまま敵に押し負けるな!」


 敵から飛んでくる矢や魔法を耐えつつ、俺は時を待つのだった。

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