第40話 半軍進軍


 二週間ほど経った。東都イースティア付近の平野には、すでに大勢の兵士たちが集まって野営をしている。


 その数は一万。我が国の総兵力の半数。


 今から彼らを率いて、ヴォルガニアに向けて攻め込むのだ。


 俺は東都イースティアの屋敷の作戦企画室で、綾香とシャルロッテに最終確認をしていた。


「いいか。今回の策はシャルロッテ、お前が要になる」

「お任せヲオオオオォォォ!!! ワガブユウ! オミセシマスアアアァァァァァ!!!」


 すでに暴走状態に入っているシャルロッテ。


 だが問題はない、彼女に不安はない。だって……元から平常心とか作戦遂行能力など期待していない!


 シャルロッテは暴れ狂う猛牛のようなものだ! そもそも本人に理性を持たせるのは無理!


「いいかシャルロッテ。ヴォルガニア王だけは絶対に殺すな。そいつに降伏をさせなければ泥沼になる」

「ハイイイイイィィィィィ!!!」


 シャルロッテの咆哮の音声がでかすぎて、俺と綾香は手で耳を塞ぐ。


 声量が大きすぎてこの部屋が揺れたぞ!?


 ……ちなみにシャルロッテには、今回の真の目的は伝えていない。彼女は寿命延長アイテムのことを全く知らないのだ。


 もし作戦が失敗した時のことを考えると、教えるわけにはいかなかった。もしかしたら生きられるかもと期待しながら、結局死ぬのはあまりに辛いだろうから。


 それなら最初から、この戦を最後にする気概でいた方がいい。


「綾香、お前も頼むぞ! しっかりとシャルロッテの手綱を握るように!」

「ははっ! お任せください!」


 今回の戦いにおいては、一万の軍の割り振り方はすでに決まっている。


 まず俺が七千。次にシャルロッテの二千、そして綾香の千だ。


 基本的に主力は俺の率いる軍だ。俺の『千変万化』と『八百万兵科』を組み合わせれば、いかなる戦況だろうと活躍できる。


 あらゆる兵科を好きなタイミングで変更できるのは伊達ではない。


 これまでより大勢の兵士を率いるので、更に大きな戦果を出せるだろう。


 正直な話、普通に戦えばヴォルガニア国に勝てる自信はある。俺が一万の兵士を率いてゆっくりじっくり攻めれば、時間はかかるが間違いなく負けない。


 だがそれは出来ない。シャルロッテが死んだ後、ヴォルガニアに勝利しても無意味でしかない。


「よし。ではこれより出陣する!」

「「ははっ!」」


 こうして俺達は屋敷を出て、都市の正門前へと到着する。


 すでに周囲には野営のテントが多く見えていた。イースティアに一万の兵士を泊める宿舎はないので、仕方なく外でテントをというわけだ。


 兵士たちは出陣前だけあって、少し気を張っているように見える。


 俺は大きく息を吸うと、


「兵士たちに告ぐ! これより我らは、ヴォルガニア国へと侵攻する!」


 俺の一言で周囲の空気が変わった。


 兵士全員の視線が俺へと集まっていく。俺はこれまでよりも多くの兵士を指揮する。責任は重大だ。


「奴らはヴォルギアスと手を組んでいて! 我らの国を陥れようとしていたのだ! これは正当な反撃である!」


 嘘である。


 特にそんな情報は掴んでいない。だがやはり正当な理由で攻め込んだ方が、兵士たちの士気も上がるだろう。


 先に殴り飛ばすよりも、攻撃されたから殴り返す方が気が楽だ。


「よし。『天馬陣』を敷く!」

「『人形陣』を」

「『狂々・血雪陣』! アアアアァァァァァァ!!!!」


 俺の率いる七千の兵士が気高き天馬の騎士となり、綾香の千の兵士が少し不気味さを感じる人形となり、そしてシャルロッテの二千の兵士が暴走兵士と変わった。


 酷い落差である。人形と暴走兵士ならどちらがマシかは、議論のしどころはあるが。


「人形たち。ウチに続きなさい!」

「ゴゴゴゴゴ」

「ヘイタチヨ! ワレニツヅケェェェェ!!!」

「オアアアアアァァァァァ!!!!」


 ……まあ兵士たちは幸せそうだからよしとする! むしろシャルロッテの軍なんて、暴走して強制高揚するから逆にいいのかも!?


 エメラルダみたいなのがいたら本当に悲惨だけどな!


「よし、総員出陣するぞ! ヴォルガニアを倒すことで、我が国に平和を取り戻すのだ!」

「「「「おおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」


 こうして我が軍は街道を進軍し始める。


 先頭は俺の天馬陣、次に綾香の人形陣、最後にシャルロッテの暴走陣が続く。


 今回はこの戦闘に入るまでこの布陣を保つ必要がある。


「オソイイイイイィィィィィィィ!!」

 

 シャルロッテの咆哮が後ろから響いてきた。


 実際に綾香の率いる軍はかなり移動が鈍く、全体の進軍を極めて遅くしていた。


 俺達は天馬陣で本来機動力に優れるが、綾香に合わせているのでもはや馬たちが亀のように移動しているのだ。


「シャルロッテ荒れてるなぁ……仕方ないけど」


 綾香はスキル『輿入り令嬢』により、進軍スピードがかなり遅いからな。攻めにおいて機動力が低いのはかなり使い勝手が悪い。


 速さとは力である。敵を追いうちするにしても、少しでも有利な場所に布陣するにしても、敵の動きに合わせてこちらの布陣を変えるにしてもだ。


 防衛側ならば待ち構えるのが前提なので、機動力の低さは致命的ではない。だが攻撃側ならばかなり大きなデメリットであった。


 少なくとも攻撃においてならば、暴走を考慮してなおシャルロッテの方が使い勝手がよい。


 ぶっちゃけ綾香がいなければ、おそらく倍以上の速さで進軍できている。すでに敵都市が見えてくるころだったろう。


 兵は拙速を尊ぶという考えでいくなら、今の状況は全然ダメなのだろうが。


「だがまぁ……今回はこれでいい」


 そもそもだ。綾香を連れてこずに、俺が八千の軍を率いるという選択肢もあった。


 だがそれを考慮した上で、綾香の千が必要だ。今回の戦においては。


 そして更に言うなら……今回に関しては、巧遅を尊ぶ利点もある。


「伝令です! 前方にヴォルガニア軍が布陣しております! その数、二万! ほぼ全軍です!」

「どうやら俺の策にかかってくれたようだ! 籠城をやめてくれたか!」

「ど、どうやったんですか!?」

「今は語っている時間はない! 敵を倒してからな!」




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