第37話 勝利条件


 俺は王都を出てイースティア領主屋敷に戻ると、急いで綾香とユピテルを執務室に招集した。


 そして彼女らに王城でのことを話す。


「ほう。三方の国と停戦して、ヴォルガニアに攻め込むと。面白いことを考える。我の予測では三方の国に勝つ確率は三割。ヴォルガニアには一割以下だがな」


 ユピテルが愉快そうに笑っている。


 彼女の予測はあくまでほぼ兵力差だけで判定される。なので確率は参考程度だ。


 俺が率いた兵士ならば、少なくともヴォルガニア以外の国相手なら問題はない。


「別にヴォルガニアにも負けるつもりはない。だが少し問題はあるがな」

「ほう。我からすれば問題だらけな気がするが、具体的にはなんだ?」

「二つある。一つ目は時間だ。シャルロッテが死ぬまでに、ヴォルガニアに勝利をおさめなければならない」


 この戦いはあくまで寿命延長アイテムを手に入れて、シャルロッテを助けるのが目的だ。


 なので彼女が死んだ後にヴォルガニアに勝利しても、無意味になってしまう。


「……二つ目はなんですか?」


 綾香が神妙な面持ちで尋ねてくる。


 やはり彼女もシャルロッテを救いたいらしい。


「二つ目はヴォルガニアの王を、更に言うなら寿命延長のスクロールが持ち逃げされたらマズイ」

「……では敵王都を包囲して、逃げ場を失わせるのですか?」

「いやそれは危ない。秘密の抜け穴くらいは用意してそうだしな」


 俺は綾香の言葉に対して首を横に振った。


 城の逃げ道など定番の話だからな。地球でも世界中の城に大抵あったらしいし、スクロール持ってひとりで逃げられたらお手上げだ。


「それに時間がかかり過ぎる。包囲した後、強攻してもそう容易くは落とせないだろう」

「ではどうすると?」

「野戦での決戦を狙う。敵大将が率いる軍勢に対して、大将目掛けて突撃して撃破するんだ」


 敵に城に籠られたらどうあがいても落とすのに時間がかかる。それに逃げられる恐れもある。


 ならば野戦だ。敵を戦場に誘い出して、そこで大将を捕縛するのだ!


「言うは容易いがな。我はあまり戦に詳しくないが、それでも難儀であると分かるぞ」

「もし危なくなれば敵大将は逃げるでしょう。そもそも我が国は時間を稼がれると不利な立場です。周辺国との停戦は期間が短いですし……」


 ユピテルと綾香の意見は当然だ。


 ヴォルガニア国にとって時間は味方である。それは俺達がシャルロッテを救う時間制限があるからではなく、三方の国との停戦協定が短いからだ。


 三ヶ月ほどで切れてしまう協定で、それを過ぎれば俺達は国を留守に出来ない。つまりは撤退するしかない。


 そうして我が軍がノコノコ撤退していくところを、ヴォルガニアは追撃すればよいのだから。


「もちろんヴォルガニアもその発想は浮かぶだろう。だがその一方で、一時的にでも俺たちに国を侵略されるのは嫌がるはずだ」


 自国が占領されれば、当然ながらダメージはある。


 まず占領された地域は、蹂躙されて物資が奪われてしまう。次にその地域の民心を失いかねないリスクもある。


 他にも臣下たちから情けなく思われるなど、デメリットはいくつもある。


 なのでヴォルガニアだって、そんな戦術はなるべく避けたいだろう。


「そもそも籠城は勝てない相手に対して、時間稼ぎをする策だ。援軍を待つなり、敵軍の兵糧や士気の低下のためのな。だから勝てる見込みがあるなら、最初から打って出てくるはずだ」

「それはそうですが……」

「つまり策を練って、敵に野戦こそが最善と思わせるんだ。籠城させずにな」


 籠城戦は本来下策だ。


 城を包囲された兵士の士気は下がるし、食料や物資も不足していく。そして近くの町や畑は、敵軍の兵士たちに略奪される。


 なので勝てる見込みがあるならば、最初から城に籠る必要もない。もしくは挑発して城から出てこさせたり……。


 とにかく敵に『籠城よりも野戦を仕掛けた方がよい』と思わせる。


 綾香は俺の提案にしばらく考え込み、扇子で自分の身体をあおぐ。


「……成功すれば、シャルロッテは死なないのですよね?」

「そうだ。そのアイテムがあれば寿命が延びるからな」

「何年ほどですか?」

「おおよそ二十年ほどだ」


 ヴォルガニア王の持っている寿命延長アイテムは、かなり優秀な部類だ。最上位のアイテムのため、寿命を二十年ほど伸ばせてしまう。


「……ヴォルガニアには勇名を誇る猛者が、二人ほどいますよ。暴略武人の猛将ダンティエル、深淵知謀の知将ローニンが」

「分かっている。その上でだ」


 ヴォルガニア王の寿命延長アイテムは、ゲームでも絶対に欲しいアイテムだ。だからプレイヤーが狙うと見越してか、ヴォルガニア国はそこそこ強い戦力がある。


 具体的には優将と呼ばれる者が二人いる。それが先ほど綾香が言ってきた者たち。


 彼らは全体で見ても上の下、攻防ともに80ある優れた武将だ。


 更にダンティエルは攻撃力を上げるスキルを、ローニンは敵軍を混乱させたり物資を奪う策士のスキルを持っている。どちらも厄介な敵だ。


 しかも他にも70くらいの者も何人かいる。ヴォルガニアは土地の広さはそこそこだが、武将の質によって強国なのだ。


「承知いたしました。そこまでお分かりな上で挑むというならば……この綾香、全力を持って尽くす所存です」


 綾香は輿に座りながら、俺に頭を下げてきた。


「ありがとう綾香。よろしく頼む」

「仕方ない。我も力を貸してやろう。腕がなるというもの……」

「あ。ユピテルは留守番な」

「なんだと!?」


 だってヴォルガニアに悪い奴いないから…………悪い者いじめできないよ。

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