第36話 嘲笑する敵国
フーヤが所属するエルス国は、四方を四国に囲まれている。
その四国のうち、エルス国の西に位置する国サース。
サースの王城にある作戦室で、サース王と騎士団長が話し合っていた。
「エルス国は、北のミーストスに攻め込んだと」
「そのようですな。先日も圧勝したので、今回もおそらく勝てるかと。しかし勝てたところで……」
「また不平等な停戦協定を結ぶことになる、ということか」
サース王の言葉に、騎士団長はゆっくりと首を縦に振った。
以前のセリア姫がやらかした不平等停戦は、当然ながら周辺諸国の嘲笑の的だ。
「あの無能な姫がいる限り、エルス国の拡大は難しいでしょうな。いかに優秀な英雄がいようとも、トップがあのザマでは」
「無能とは罪よな。どれだか下が頑張ろうとも無駄なのだから」
セリア姫の無能さは周辺諸国に知れ渡っている。
そして扉がノックされて、兵士が頭を下げながら入室してきた。
「伝令です! エルス国の英雄の活躍でミーストスの都市を占領したところ、即座に交渉によって停戦が成りました! 以前と同じく、無条件での半年停戦と!」
「ははは。相変わらずあの女王陛下は無能が過ぎる。兵士の頑張りも、すべて水泡ではないか」
「私は陛下の臣下でよかったです! いやはや、エルスの救国英雄もお可哀そうに」
サース王の高笑いに、騎士団長がおべっかを使う。
「そうであろうとも。余ならあんな無能っぷりを晒すなら、恥ずかしくて自害しておるわ! ふむ、エルス国の救国英雄を引き抜けぬかの? 流石に無能すぎる女王に愛想をつかしていないか?」
「確かにそれはあり得ますね。あのような女王に仕える意味などありませんでしょう」
「うむ! 早速引き抜きの手紙を出すがよい!」
そして一日後のことだった。今度は王の私室で、王と騎士団長は伝令の話を聞くことになる。
「エルス国の続報です。ミーストスとの停戦後、そのまま軍を解散していません。彼の国の西に位置するウエスター国に、進軍を開始しました」
「ははは。不平等な停戦を結んでしまったから、次は他の国に目を向けようてか。なんとも涙ぐましい努力よのう。どうせまた不平等な停戦になるじゃろうに。あの女王の無能を想うだけで笑えてくるわ」
「陛下。あの女王陛下は無能ではありません。大無能でございます。あの次元を無能と言っては、そこらの無能に失礼と言うもの」
「確かにそうじゃな! ははは!」
サース王と騎士団長は嘲笑を浮かべる。
セリア姫の無能さを肴にして、酒でも飲み始める勢いだ。なにせセリア姫は今まで散々無能を晒してきたのだ。
子供のころから馬鹿だと言われ続け、女王になってからも散々たるものだ。
不平等な停戦条約、国の内乱……どうひいき目に見ても、とても有能には思えない。
だが彼らは知らなかった。セリア姫には、無能だからこそ優れているところがあるのを。
「で、伝令でございます!」
兵士のひとりが勢いよく作戦室を駆けこんできた。汗をだくだくにかいていて、明らかに焦った様子で息を切らせている。
「何じゃ騒々しい。今は重要な作戦会議の最中……」
「た、大変でございます! エルス国とウエスター国の停戦が成立しました!」
「またあの女王が無能をやらかしたのか。くだら……」
「そしてそのまま、我が国へと進軍を! 救国の英雄が、敵三千の兵にて!」
その報告には、王と騎士団長も顔をしかめた。
だが即座に頭を動かし始めて、相談を行い始める。
「やはり救国の英雄は優秀か。動きが凄まじく速い……騎士団長よ、勝てる見込みはあるか?」
「難しいでしょう。いくらセリス女王が無能と言っても、救国の英雄は優れた武将です。それに凄まじく優れた魔導陣を使えるとなれば、下手に籠城しても無駄でしょう」
「であれば……」
「即座に女王陛下を言い包めるのが上策かと。そもそも都市を占領される前に交渉してしまいましょう。そしてその理不尽をもって、救国の英雄を引き抜いてしまえば……」
「今後はエルス国など脅威ではなくなる、か。うむ! よいぞ!」
こうしてウエスター王は即座に動いた。
自国の都市が占領される前から、停戦交渉へと向かったのだ。そしてセリア姫を見事に言い含めて、負け確定なのに条件なしの半年間の停戦協定を結んだ。
その間に騎士団長も、フーヤへの引き抜きの手紙を送った。
――セリア女王極めて愚鈍にて、フーヤ殿は仕える君主を間違えている。我が王は極めて機智に富み、どんな策とて看破する天才なり。我が国に仕えれば、今以上の待遇を約束するものなり。
そんな文面での手紙で、説得できると確信していた。
そして玉座の間に戻ったウエスター王は、臣下たちを集めて宣言する。
「余の弁舌により、エルス国の軍を撤退させた! エルス国など恐れるに足らず!」
集められた臣下たちはエルス王に賞賛の声を送る。
こうしてウエスター王は悦に浸り、玉座の間から臣下たちは出て行った。
残った騎士団長は、ウエスター王に頭を下げる。
「お見事です、陛下。これでエルス国はかなりの損害が出たでしょう。軍を動かすのには金がかかるのに、勝てる戦で停戦を結んだのです」
軍を動かすのは無料ではない。兵士たちの食費や給与は、かなり痛い出費にもなりかねない。
今回の場合はだいぶマシではある。フーヤの天馬陣により、普通の軍よりも遥かに速い進軍スピードだったからだ。
だがそれでも三千の兵士を率いて、何の成果も出なかったのは痛いだろう。
ただし、本当に何の成果もなかったならばだが。
「武将たちも不満が溜まり、さらに財政が圧迫される……ふふふ。大無能に従うのも、嫌になってきたところであろう。救国の英雄の引き抜きはどうなっている?」
「そろそろ返事の手紙が来ると思うのですが……」
そう悩んでいると、近くの兵士が騎士団長に近づいて来る。
「騎士団長。救国の英雄から返事の手紙が届いております」
「おお! 早いな! やはり彼の英雄も、今回の件で愛想が尽きたか」
「素晴らしいな! 英雄を手に入れたとなれば、余の国の未来は明るい!」
騎士団長は急いで手紙を開いた。そこにはたった一言。
――セリア女王陛下よりも、お前たちの方が無能だな。
「なっ、なっ、なっ! なんとっふざけたことを!」
「余が無能だとっ!? あの女王よりも!? なんという下らぬ者だ! そのようば無知蒙昧な者、わが国には必要ないっ!」
ウエスター王は激怒し、騎士団長もまた追随する。
彼らは怒り狂ったことで、まだ気づいていなかった。三方の国と停戦がなったことにより、エルス国が自由に動けてしまうことを。
まさに無能の策。だがこの策は、決してウエスター王には成し得なかった。
セリア姫が無駄なプライドを持っておらず、悪評にも耐えられる心を持つからこその策。
確かにセリア姫は、本人だけで見れば無能の極みだ。呪いによってなにを行ってもうまくいかず、また運も致命的に悪い。
だが彼女には優れた才があった。優秀な臣下に身を任せられるという才を。
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私は劉禅無能じゃない説を推す派です。
孔明にほぼ全部任せて余計な口を挟まないの、なかなかできることじゃないですよ。
少なくとも真の無能なら無理かと。
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