第35話 無能の策
「是非、この私にヴォルガニア攻撃をお命じ下さい! 我が臣下を、国の英雄を救うために!」
俺は王城の玉座の間にて、セリア姫に謁見していた。
ヴォルガニアを侵攻するとなれば、俺の一存だけでは決められない。女王陛下の許しが必要なので急いでやって来たのだ。
「え、えっとヴォルガニアは我が国よりすごく大きいのですが……」
「貴様、何を言っている! ヴォルガニアは我が国よりも遥かに強い! 仮に全軍で攻めても勝てるわけがない上に、そんなことをすれば周辺国から攻められるだけだ!」
セリア姫は困惑し、リーンが事実で説いてくる。
彼女らの反応は最もだ。俺だって二人と同じように考えていたのだから。
だがこの国には俺がいる。チート武将の俺がこの国の全軍を率いることができれば、例えヴォルガニアだろうと確実に勝てる!
「ご安心ください。私がほぼ全兵士を引き連れることで、ヴォルガニアだろうと圧勝できます」
「だからその全兵士で攻めるのが、ほぼ無理だと言っている! 守りがどうにもならずに、先に我が国が滅ぶだろうが!」
「ご安心を。私に策があります」
リーンの反論は当然予想していた。
仮に全軍引き連れてヴォルガニアを攻めれば、当然ながら残りの三方から他国が攻めてくる。そうすれば我が国は滅ぶ。
怪訝な顔をしたリーンが俺を睨んできた。
「策だと?」
「はい。他の三方の国とは、約定を結んでおくのです。私たちがヴォルガニアに攻める期間は、相互不可侵にしておくと」
周辺国の侵略があるから全力が出せないなら、攻められない状況を作り出せばいい。
あの今川義元が桶狭間に攻め込む時も、周辺の武田家や北条家と同盟を組んでいたのだ。
そうすることで自国軍の大半を、織田信長相手に使うことができた。なお結果は置いておくものとする。
「……それは無理だ、周辺国が我らと結ぶ利がない。以前ならばヴォルガニアに対して四国同盟という手もあったかもだが」
リーンはチラリと俺の方を見た後に。
「今の我が国はかなり警戒されているからな、どこかの英雄のおかげで。おそらくヴォルガニアと同じくらい。下手をすればそれ以上にだ」
……俺の力は、すでに周辺国も知れ渡ってしまっているからなぁ。
当然と言えば当然だ。『超重・魔導豪砲陣』を知られてしまったのだ。
あれ、実は一年に一発しか撃てないんだけどな……。
つまりリーンはこう言いたいのだ。周辺国が恐れているのは、我が国が広大な領地を持つことだと。
今の我が国はあまり国土が広くないのもあり、全軍でもそこまでの兵士を揃えられない。
だが仮に俺達がヴォルガニアを滅ぼせば話は別だ。ヴォルガニアの土地を得たことで、超優秀な武将が大軍を率いられるようになるからな。
「何なら三方の国が同盟を結んで我らに対抗しかねん。そんな状況で周辺国と同盟など不可能だ」
リーンの言うことはなにひとつ間違っていない。だがそもそも前提条件が違う。
そもそも時間がないのだ。シャルロッテが死ぬまでがタイムリミットなのだから。
三国とゆっくり外交をして同盟を結ぶなんてしていたら、シャルロッテは死んでしまう。
「分かっております。なので同盟は結びません、停戦条約を結びます」
「どちらもほぼ同じだ。なんにしても向こうは承知せん。三国がこちらの狙いに気づけば必ず拒否してくる」
「気づかせないまま、停戦を結ぶ手段があるとしたら? セリア姫の協力が必要ではありますが」
俺がそう告げた瞬間、リーンの顔色が変わった。
「ま、まさか再現する気か!? 貴様らがミーストス攻め込んで、不平等な停戦条約を結んだ時のことを!?」
俺は小さく頷いた。
そう。俺達の真の目的を気づかせずに、三国と停戦条約を結んでしまえばいい。
周辺の三国はあまり強くないので、少数の兵を率いて攻め込んでも勝てる。そして敵都市を占領した後に、交渉でセリア姫にいつものように失敗してもらうのだ。
敵国はしてやったりと思うだろう。本来負けて土地が奪われたはずなのに、またセリア姫の無能につけこんで土地を返上させたと。
これは我が国のトップがセリア姫だからこそできる策略だ。
知略を持った国王ならば警戒されて失敗する恐れもある。だがセリア姫の無能さは、俺の武勇以上に有名だ。
「……セリア女王陛下には申し訳なく思っております。ですがお願いできませんでしょうか」
俺はセリア姫に深く頭を下げる。
……この策は最低なところがある。それはセリア姫に『また失敗してくれ』とお願いしていることだ。
散々無能と呼ばれて苦しんでいる姫に、さらに無能のそしりを追加してしまう恐れがある。
出来れば取りたくない作戦だ。だがシャルロッテを助けるためには、この策でなければ難しい。
セリア姫は静かに玉座に座りながら、リーンへと顔を向けた。
「リーン、貴女はこの策をどう思いますか?」
「……た、確かにこの策ならば、周辺国との停戦も可能かもしれません。なにせ前例が……そしてヴォルガニアへの対策を考えても、シャルロッテを失うのは惜しい」
リーンは苦虫を噛み潰したような顔で更に言葉を続ける。
「し、しかし! 女王陛下への悪評が……!」
「わかりました。では許可します」
「ひ、姫!? いいのですか!? 悪く言われてしまいますよ!?」
「いいのです。とっくの昔に無能と言われ続けていますから。少しくらい増えても変わりはしません。あるいはこの策が成功したら、『これは無能の策だ! 今までのは演技だったんだ!』 と思われるかも。それに……」
セリア姫は俺に小さく笑いかけてきた。
「貴方には恩義がありますから、私は貴方の望みを叶えたいと思っています。そのためにこの無能が役に立つと言うのならば、存分に使い倒してください」
「……ありがとうございます!」
俺はセリア姫の顔を直視できなかった。
やはり彼女はすごく綺麗な心を持っている。自分が無能と蔑まれることがトラウマの少女が、更なる悪評を生む策を拒否しないのだから。
「なんなら私を無能のボロ雑巾と呼ばせても構いません」
「…………それは流石にやり過ぎでは」
「……冗談です。遠慮せずにやってください。そしてシャルロッテさんをお助けください」
「ははっ! 承知いたしました!」
――無能の策。
セリア姫がここまで言ってくれたのだ。彼女の想い、絶対に無駄にはしない。
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