第34話 喧嘩


 俺がイースティア領主屋敷の執務室で、政務を行っていると勢いよく扉が開かれた。


「シャルロッテ! ただいま戻りました!」


 意気揚々とシャルロッテが部屋に入ってきて、嬉しそうに笑っている。


「お帰り。どうだった?」

「大暴れいたしました! 敵将の首こそ取れませんでしたが……! 悔しいです! 次の機会があれば、捻りつぶしてやります!」


 なにを捻りつぶすのかは聞かないことにしよう。首なら怖いし一物ならもっと怖い。


「そ、そうか。とにかく大暴れできたなら何よりだ。次があればよろしく頼む」


 ……シャルロッテはもう戦える機会があるか分からない。 


 今後の我が国はしばらく内政に徹する予定なので、自ら打って出ることはないのだ。なので敵が攻めてこないなら、先日の出陣がシャルロッテの初陣ならぬ終陣だ。


「ははっ! お任せください!」


 シャルロッテは僅かに寂しそうに、だが笑いながら頭を下げてきた。


 俺の言葉の意図を理解しているのだろう。彼女は馬鹿ではないのだ、暴走しなければ。


「……体調は大丈夫か?」


 こんなことを聞いても意味がないのかもしれない。だがつい訪ねてしまった。


 シャルロッテは俺の問いに対して、ドンと強く自分の胸を叩く。


「ご安心を! 戦となれば必ず出陣し、手柄を立ててみせましょう!」


 自信満々に叫ぶシャルロッテ。

 

 ……たぶん体調は大丈夫ではないのだろう。それでもなお彼女は戦うということか。


「……すまない。くだらないことを聞いたな。ゆっくり休んでくれ」

「ありがとうございます!」


 シャルロッテはそう言い残して、執務室を出て行った。


 扉が閉じたのを確認してから、俺は部屋の天井を見つめる。


「はぁ……」


 思わずため息をついていた。


「いやこれは仕方ないことだ。シャルロッテは元々、寿命だからな……」


 誰かに語るかのように独り言を始めてしまう。


 元々、シャルロッテは使い捨て予定の武将だ。寿命がすぐ近いのを分かっていて、短期間限定の戦力として雇用した。


 別に俺が犠牲にしたわけでもなく彼女の死は天命だ。だから俺が罪悪感とか感じるのも違う気が……。


「貴女、なにを考えているのです!」


 そんな言い訳を思い浮かべていると、廊下から綾香の声が聞こえてきた。


 またシャルロッテと喧嘩してるのか……? シャルロッテは体調が悪いと伝えたはずなのに。


 なにかってはマズいと廊下を出ると、曲がり角のところで綾香とシャルロッテが話していた。


 チラリと顔を出すと、綾香がすごく真剣な顔で喋っていた。


 どうやらいつもの喧嘩とは違いそうだ。なんか口を挟める様子ではなさそうで、壁の裏で様子をうかがうことにする。


「貴女、死ぬのでしょう? なら養生して少しでも長く生きなさい! 戦で武功を挙げるというなら、もう充分でしょう!」

「まだ足りない。私はまだ、満足していない」

「貴女の名はもう、この国で知らぬ者はいません! 他国との小競り合い程度で、命を削る必要はない!」


 …………言われてみればそうだな。


 シャルロッテはすでに、首狩り将軍をも狩った猛将だ。我が国にその武名は轟いており、彼女の当初の目的は達していると言っても過言ではない。


 他国との小競り合いで活躍しても、今以上の名声を得ることは難しいだろう。それなら少しでも長生きしたい、というおかしい考え方ではないが……。


 するとシャルロッテは静かに、寂しそうに呟き始めた


「お前には分からんだろうな。私はまだ、充分に借りを返せていない。もう返しきれることは不可能だがな」

「借り……? 借金でもしたのですか?」


 借金? そんなの聞いたことなかったし、シャルロッテの設定にもなかったはずだが……。


「金なんぞではない。そんな手で簡単に握りつぶせるものと一緒にするな」

「それができるのは貴女だけかと」

「……恩だ。


 俺の全身の毛がゾワッと逆立った。


「恩? 臣下にしてもらっていることを言ってるのですか? でも貴女は極めて短い期間しか……」

「お前には分からないだろうな。どれだけ足掻いても雇われず、戦で手柄も立てられず。何も成せずに死ぬだけだった私が、国随一の猛将とまで恐れられた喜びを」

「……」

「私は、全てを捧げても返しきれぬ恩義をもらった。ならばほんの爪先ほどでも、返す努力はしたい。それが必要とされてなくても」


 …………。


「そのためなら、早く死んでも構わないと?」

「元よりすぐ死ぬ身だ。本来ならば普通に生きられても、一生かけて返せぬものを頂いたのだ。多少早く死んだ程度など誤差に過ぎない」

「…………ごめんなさい。ウチには、貴女のことが理解できません」

「だろうな。別に理解してもらう必要はない。だが頼みがある」


 そう言うとシャルロッテは真剣な面持ちで頭を下げた。


 ……あのシャルロッテが綾香に頭を下げているのだ。


「なにをっ……!?」

「私はもうじき死ぬ。もう役に立てず何もできない。そんな役立たずの代わりに、私の死後にフーヤ様の忠臣となって支えて欲しい」

「……そのために私に土下座を? 貴女、私のことが嫌いなのに?」

「返せぬ恩義を僅かでも返すためならば。頼む、考えて欲しい」


 俺はもうこれ以上、この場にいることができなかった。


 俺は馬鹿だ。シャルロッテのことを、心のどこかでゲームキャラと思っていたんだ。


 だから死んでも仕方ないと、寿命だから俺のせいじゃないと言い訳していた!


 そんなクズの俺に、シャルロッテは死に際まで尽くして……くそっ!


 俺は急いで屋敷の廊下を走って、近くにいた兵士を見つける。


「おい! 今すぐ王都に伝令をしてくれ!」

「ははっ! 用件はなんでしょうか!」


 用件? そんなのは決まっている! 


「ヴォルガニア国を攻め滅ぼす! 今後はそのために動くと!」

 

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