第33話 今後は不動に?


 東都イースティア領主屋敷。


 俺はそこの執務室で報告を受けていた。


「エメラルダ様は見事に、敵国の軍を討ち破りました!」

「そうか」


 兵士の話を聞いて小さく頷く。


 エメラルダとシャルロッテの力なら大丈夫と想定していたので、特段驚くべきことはない。


 ……いや本当はかなり安心したけど。もし敵軍がうまく伏兵とか使って、シャルロッテの攻撃スカされたら負ける恐れがあった。


「随分と余裕ですね? あの化け物を信用していたのですか?」


 輿に座った綾香が、扇子を仰ぎながら尋ねてくる。


「武将の質的には勝てると踏んでいた。最悪、野戦で負けたら援軍には向かうつもりだったし」

「ほう? 援軍には行かないと言っていたはずだが?」

「エメラルダの指揮力を確認したかったんだよ。俺が援軍に出向いたらテストにならない」


 愉悦そうに笑っているユピテルに返事する。


 ちなみに彼女は少し宙に浮いていた。神様だけあって飛行できるらしい。


 さて実際のところ、エメラルダはちゃんと指揮できていたようだ。俺の想定では、隣国相手なら兵力差倍程度は勝てる計算だった。


 敵国の武将は弱いからな。敵国の武将も事前に聞いていて、ランダム出現の武将もいないのは確認していた。


 なのでエメラルダとシャルロッテの二人がいれば、少なくともゲームなら普通に戦えば勝てる。万が一負けても、逃げかえって籠城すれば時間は稼げるだろう。


 その間に俺が援軍に向かえば大丈夫だったからな。


「これでエメラルダの指揮が、ある程度信用できることが分かった。おかげでノースウェルのことはある程度手放しで大丈夫そうだ」

「ほう。あのモドシテちゃんにかなり任せるつもりなのか」

「そうだ。東隣のヴォルガニア国の方が厄介だからな……」


 我が国は四方を他国に囲まれていた。


 北にはミーストス国、東はヴォルガニア国、西と南も別の二国が存在している。


 この中で警戒すべきはヴォルガニアだ。この国は全体平均で見ても上の下くらいの国力があり、武将もそこそこの面子が揃っている。


 逆に北西南の三国はそこまで強くない、というか弱小国だ。もちろん強い武将がランダムで出現することもあるので油断はできないが……元々の土地の広さも狭い。


 少し強い武将が出てきたとしても、そこまで恐ろしい存在にはならないだろう。


 実際、昔からたまに小競り合いが起きている。だが我が国の土地が侵されたことはないらしいし。


「そのヴォルガニア国の備えとして、我らがここにいるということか」

「そうだ。ヴォルガニアが攻めてきたら、俺がいないとたぶん負けるからな」

「我がいるだろう、我が」


 ユピテルがまな板の胸を張るが、残念ながら彼女はまったく役に立たない。


「ヴォルガニア国は、騎士道精神溢れる武将ばかりだぞ」

「なんじゃつまらん。我の出番がないではないか」


 そう。ヴォルガニア相手にユピテルの出番はない。


 むしろ出たら困る。敵に悪属性の武将がいないので、ひたすらにボコられるだけだし……。


 悪い者いじめできないユピテルは、ただの最弱候補武将でしかない。いや最弱はセリア姫で確定してるのだが……。


「そんなわけで北都の守りは、出来れば俺抜きでやって欲しいんだ。今回の件である程度信用できると感じた」


 やはりエメラルダは使い勝手がいい。


 能力のバランスがいいので、どんな状況だろうと使い道がある。今回はシャルロッテのせいで打って出たが、今後は籠城しての戦いがメインになるだろう。


 ノースウェルは城塞都市だ。都市を囲う城壁を補強して、内部から魔導陣の魔法攻撃で敵軍を削っていけばいい。


 もうひとりくらいそこそこの武将を雇って、二人体制でノースウェルを守らせれば大丈夫だろう。


「確かにあの戦うだけしか脳のない化け物がいれば、なんとでもなるのでしょうね。まったくもう。ですが私の方が優れています! 私が政務を行えば、今より数倍の兵士を揃えてみせます!」


 綾香は相変わらず辛辣過ぎる……だが彼女は勘違いしているので訂正しておかねばならない。


 あまり言いたいことではないのだが、事前に告げておかないと動揺されても困るからな。


「それと二人には告げておくことがある。……シャルロッテは病に侵されていて、もうすぐ寿命が尽きる」

「……え?」


 綾香が小さく驚いた声を発した。


 ……もうすぐシャルロッテは死ぬからな。彼女の寿命は、ゲーム通りならあと二ヶ月ほどだ。


 死んでしまうのは残念だが、寿命を延ばすことは難しい。一応は寿命延長アイテムは存在するのだが入手方法が難しすぎる。


 まずこの世界の寿命延長アイテムは、魔法のスクロールなのだが……五つしかない。そして全て、国宝として武将が所持している。


 そのアイテムを手に入れたいなら、持っている国を完全に滅ぼさないとダメなのだ。交渉や交換、購入などでの入手は不可能だった。


 ゲームでもそうだったし、おそらくこの世界でも同じだろう。

 

 自分の寿命を延ばすアイテムなんてそうそう手放すはずがない。渡さないと殺すくらいで脅さないと無理だ。


 ちなみに一番近い寿命延長アイテムは、東国のヴォルガニアが所持している。


 でも現状でヴォルガニアを滅ぼすのは難しい。


 我が国は四方を敵国に囲まれているからだ。もし俺達が全軍でヴォルガニアに出陣したら、残りの三方から攻められてしまう。


 ヴォルガニアだけに戦力集中できれば勝てるんだろうけど……。


 そういうわけでシャルロッテの寿命は伸ばせない。


 そもそも仮に全軍で攻めれたとしても、ヴォルガニアを滅ぼすのに二ヶ月以上かかる可能性が高い。どちらにしても間に合わない。


「……それは、本当なのですか?」


 綾香が真剣な顔で俺を見つめてくる。


 俺はそんな彼女に、誤解を与えないようにゆっくりと首を縦に振った。


「元から、シャルロッテとはそういう契約だった。死ぬまでに少しでも戦わせてくれと。だから死ぬ直前まで、本人が望む限りは出陣させてやるつもりだ」


 俺がシャルロッテにできるのは、もうそれくらいだからな……。


 少しでも武功を稼がせて死に花を咲かせてやる。そのために敵が攻撃してきたら、なるべくシャルロッテを出陣させるつもりだ。


「死に場所を求めるか。道理であそこまで戦うことにこだわるわけだ」

「……あの怪物があそこまで、喜んで暴れている理由が分かりました」


 ユピテルが少し呆れた顔になり、綾香は……少し俯いてしまっていた。

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