第32話 モドシテちゃんの苦悩


「や、やったああああああ!!!!! シャルロッテ様や綾香様から離れられたああああ!!!」


 エメラルダは早速ノースウェルに到着し、領主屋敷の執務室で思わず叫んでしまった。


 でも仕方ないよね!? もう人形にも怪物にもならなくていいんだし!


 それだけでも嬉しいのに出世まで! 都市ひとつ任されるなんて大抜擢にもほどがある!


「耐えてよかった……! ここなら出世できると思って、死ぬ気で耐えてよかったよぉ……! これでお父さんたちに楽させてあげられる……」


 思わず涙が出てくる。


 私はどうしても出世したかった。父や母が病気がちで、満足に働けなくなっていたからだ。


 フーヤ様の下で耐えていたのも昇進しやすいと踏んでいたから。彼は間違いなく優秀だけどポッと出なので部下の数が少ない。


 つまり彼が高速で出世すれば、間違いなく人手が必要になる。その時までに私が手柄を立てておいて、うまく取り入ることを狙っていた。


 ……まあ特に手柄は立てられなかったんだけど。でもなぜか大抜擢してくれた!


「よし! ノースウェルを完璧に統治すれば、さらに出世できるかもしれない! いずれは代官ではなくて、ノースウェルの領主になれるかも!」


 本当に……耐えたかいがあった! これで今後は怪物にも人形にもならなくてすむし……出世でバラ色の未来が待ってる!


 そう思っていた時期が私にもあった。


「た、大変です! エルス国がノースウェルへ進軍してきます!」

「え”っ」


 執務室に飛び込んできた兵士の報告に、私は思わず悲鳴のような声をあげてしまった。


 エルス国って前に攻めてきたのを、フーヤ様が撃退したはずなのに!? この国が内乱で荒れてるからって、停戦条約を無視して攻めてきたの!?


 いきなり!? なんで代官になった瞬間に酷くないかな!? 


 い、いや落ち着こう。ここで都市を奪われたらどうにもならない。


「え、えっと! 敵軍の数など教えてください!」


 この都市の兵はおよそ三千だ。先日打ち破ったばかりの国なら敗戦の傷もある。


 そこまで大勢の兵士を集められるとは思えないけど……。


「敵軍はおよそ六千! 剣陣四千、弓陣千、そして魔導陣千です!」

「ま、魔導陣!? フーヤ様が先日出した陣形を、すでに盗んだっていうの!?」


 魔導陣のことはフーヤ様から教えてもらっていた。


 なので私も使えるようになってるんだけど……まさか隣国もすでに実戦で扱えるほどなんて……。


 魔導陣は攻撃においてかなりの火力を誇る陣形だ。フーヤ様曰く、「魔導陣では今までよりも籠城戦が厳しくなる」とのこと。


 とは言えども三千の兵士で野戦を行っても、倍の敵軍に勝つのは難しい。やはり籠城戦しかないだろう。


 それに魔導陣が強いと言っても、あくまで以前よりも魔法障壁を削るのが強くなる程度。籠城戦は防衛側が有利なことに変わりはない。


「……すぐに籠城の準備を! それとフーヤ様に援軍要請をお願いします!」


 時間を稼げば東都からの援軍も来るはずだ。それまで持ちこたえるだけでいい!


 そう命じた瞬間だった。さらに他の兵士が執務室に飛び行ってきた。


「ふ、フーヤ様より伝令です!」

「えっ? 流石はフーヤ様! この状況を予測して、すでに援軍を出してくれたの!?」

「シャルロッテを送るので、ノースウェルだけでなんとかしてと!」

「…………は?」


 私は自分の耳を疑った。


 ノースウェルだけでなんとかして? 倍の敵軍相手に?


 しかもシャルロッテ様を送る? あの人、とても籠城してくれそうには思えないんだけど?


 なんなら防衛側の恩恵全部放り投げて、敵軍に突撃していきそうなんだけど?


「…………なんで!? なんで私、こんなに苦難ばかりなの!? なにか悪いことした!?」

「え、エメラルダ様!? 大丈夫ですか!?」

「大丈夫じゃないわよ! こうなったらヤケよ!? 籠城はやめて打って出るわ!」

「しょ、正気ですか!?」

「正気だけどシャルロッテ様いたら籠城なんて出来る訳ないでしょ!? 私はあの人の軍に参加したからよくわかるのよ!? あの人をまともな思考で考えたらダメよ!」


 こうして急いで正門前で出陣準備をしていたところ、すごく嬉しそうな顔をして怪物シャルロッテ様がやってきた。


「待たせたな! このシャルロッテが来たからには、万の城壁を得たと思うがいい!」


 むしろ元からあった千の城壁を捨てないとダメになったんですが。


「それで私はいつ突撃すればいい?」


 しかも防戦のはずなのに、なんでこちらから攻める前提? 


「…………二千の兵士を預けます。私が合図したら、突撃してください」

「わかった! 我が武勇を見ておくがいい!」


 そう言いながら、いい笑顔で去っていくシャルロッテ様。


 辛い、胃が痛くなってきた……どうして解放されたと思った瞬間、化け物が追って来るのか……。


 そして私たちは出陣した。シャルロッテ様は二千の暴走兵士を、私は魔導陣を千率いて平野で敵軍を迎え撃った。もちろん最低限の柵などは造って、多少は有利に戦えるように。


 だがシャルロッテ様は見事になんの策もなく、防衛の利点を捨てて敵軍に突撃していった。


「オオオオオオオォォォォォォォ!!!! シネエエエエェェェェェッェ!!!!」

「援護を! 魔法攻撃で援護を!」


 急いで副官に指示を出すと、彼は少し怪訝な顔をしてきた。


「し、しかし! 迂闊に放てば同士討ちこそないものの、光などでシャルロッテ様の軍の邪魔になるやも……」

「そんなので邪魔になる人たちじゃないでしょう!? いいから撃って!? 最初の一当たりで敵軍をほぼ崩壊させないとっ、シャルロッテ様は反撃されたら弱いのよ!?」


 シャルロッテ様の軍は、天下無双の軍勢に見える。

 

 だが実は直接まともに戦うと、そこまで強くないとフーヤ様から聞いているのだ。


 接敵時に敵を一方的に殴れる状況を作り出し、反撃されるまでに勝負を決する。それができなければシャルロッテ様は、それなりに強い武将でしかないと!


 無論攻撃力は最強だけど! 防御が弱すぎて敵の反撃がかなりの痛手になるって!


 反撃されたらほぼ負け! だから攻め切るしかない!?


「し、しかし……」

「いいから撃ちなさい!? もうなんなら多少同士討ちになってもいいから!? 敵軍が混乱している間に致命を与えないと!? グダグダ言うなら貴方も明日からシャルロッテ様の軍よ!?」

「は、はひっ!?」


 こうして私たちは、シャルロッテ様の軍目掛けて雷魔法を撃ちまくった。


 攻撃が味方をすり抜けるとは言えど、間違いなく光や音で邪魔だっただろう。


 だけどシャルロッテ様の軍は、嬉々として敵軍を蹂躙し続けた。


 そうして敵軍は木っ端みじんの散り散りになって撤退していった……。


「よ、よかった……これで落ち着ける……」


 一息つこうとした瞬間、シャルロッテ様の軍が前進し始めた!?


「カッタアアアアアァァァァァ! ツイゲキィィィィィィ!!!!」

「や、やめてええええええ!?!?!? こんな状況で攻めても勝てませんよぉ!?」

「フーヤ様より伝令です! 今後は都市の守りに励めと! それと街の政務と街道整備と、交易ルートの確率と商人の管理など諸々の命令が!」

「いやああぁぁぁぁ!? 戻して!? フーヤ様の下に戻して!? これなら化け物になったほうが幾分マシよ!?」

「それは無理でしょう……」


 わ、私……どうなっちゃうんだろ……。



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ひとつだけ自慢させてください。

信〇の野望で、書籍化した『弱点ゼロ吸血鬼の領地改革』のオリキャラ作って遊んでます。

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