第30話 合わせ鏡
俺はイースティアという都市に来ていた。王都から東に位置する場所で、ボルギアスの本拠だったところ。
そして街の中を歩いて様子を見ているのだが……正直、王都よりも発展してるのではなかろうか。
市場なども活気があるし、人々の服装も小綺麗でみんなそこそこ肉づきがいい。食べ物などが満足に行き渡っているのだろう。
ボルギアスのほうが王家よりも権力あったと言われているが、この都市を歩いていると否定できないなこれ。
まあそれはいい。無血で俺が占領した以上、今度は俺の都市なのだから。
それよりも問題は……。
「ふん! 私は大将首を二つも獲ったのだ! このシャルロッテの方が当然、手柄も上だろうが!」
「二つともおぜん立てしてもらっての手柄でしょう。私は戦後処理を完璧にこなして、更に主様のいない間はノースウェルの面倒も見ていた。こちらの方が役に立っています」
「「…………」」
俺の後ろでシャルロッテと綾香が喧嘩していることだ。
シャルロッテは普通に歩いているが、綾香は輿に乗っての移動だから目立つんだよな……ほら周り歩いてる人から見られてる。
こないだからどちらがより活躍したかで、ずーっと争っているのだ。正直政務と軍事では違いすぎて、比べるのがナンセンスだと思うんだが……。
「フーヤ様! 私の方が活躍しましたよね! どれだけ敵を倒したかを、利口なだけの頭でっかちにお伝えください!」
「主様。この力だけの蛮族に教えてあげてください。ボルギアスという大勢力を倒した後、事後処理などがどれだけ大変かを」
二人ともにらみ合って譲るつもりはなさそうだ。
そして頼むから俺を巻き込まないで欲しい。
「ほら言ってやったらどうだ? どちらが優れているかをな」
そして少し離れたところで、ユピテルが愉悦そうに笑っている。
完全に面白がって高みの見物してやがる……! ロリ神様め……!
真面目にこれってどっちに味方しても角が立つよなぁ……よしここは!
「いやいやどちらも比類なき活躍だからさ」
「「それを比べて欲しいとお願いしているのです!」」
……シャルロッテと綾香の声が重なった。やっぱり君たち、実は仲いいんじゃないの?
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「まったく! なんですか、あの蛮族は!」
綾香はイースティアの領主屋敷の一室で、ベッドに寝転びながら叫んだ。
普段なら着物を脱いで寝転がるのだが、怒りからか今日はそのままだ。
「少し武勇があるくらいで……! もう! あの人といると色々狂います!」
綾香はベッドの上でゴロゴロと左右に転がる。
彼女は基本的にはあまり他人に怒りを見せる性格ではない。むしろ飄々として感情を隠し、利口に立ち回っていくタイプだ。
フーヤと最初に会った時も、彼を利用して自分の価値を上げ、他家への仕官条件をよくするのが目的だった。
本来の綾香はクレーバーで冷静なタイプである。だがシャルロッテに対してだけは、感情丸出しで口争いをしてしまっていた。
「雑に暴れるだけなんて気楽でいいですね! 私はそんなのできないのに……!」
綾香にはコンプレックスがあった。
彼女は昔から内政こそ才媛と言われてきたが、戦の才は平均より少し上程度という扱いをされてきた。
実際のところ、それは正しかった。元から足が少し悪かったのもあり、綾香自身もそれを否定できないほどには。
「……私は武勇を捨てて、政務で活躍するために人形魔法を選んだ。だから絶対に負けたくない」
だから綾香は足を捨てた。
半端に戦えますと言うよりも、より政務で活躍するために人形魔法を選んだのだ。
人形魔法による陣形は、工事などですさまじい力を発揮する。だがその代償として足がさらに悪くなっている。
綾香は戦場で好き勝手に大暴れなど絶対に無理だ。何も考えずに敵に突っ込んでも、大して役に立たないだろう。
「……好き放題に暴れるだけなんて。羨ましくなんてない」
自分に言い聞かせるように愚痴る綾香。
彼女がシャルロッテに抱いているのは敵愾心。そして嫉妬だった。
自分がもう永遠に出来ないこと、捨ててしまったこと。戦場で好き放題に暴れることへの憧れ。
最初に綾香がシャルロッテの戦いを目にしたのは、満潮亡霊との戦いだった。
彼女は街の中からあの戦を見ていて、シャルロッテに見惚れたのだ。
自分には才能がないと諦めて捨てた武勇、戦場での槍働き。それを目の前で叶えるシャルロッテを見て、綾香は心を乱されてしまっていた。
「負けない、絶対に負けない。私は、自分の選択を後悔していない。だから……あの化け物にだけは負けたくない……!」
綾香はシャルロッテのことを悪く呼ぶが、その呼び方の全てに少しの憧れが混ざっていた。
蛮族、怪物……シャルロッテの強さは認めているからこその呼び名だ。
そしてシャルロッテもまた、綾香と同じ屋敷の違う部屋でベッドに転がっていた。
「内政屋には絶対に負けたくない……! 私は戦働きしかできぬのだから……!」
シャルロッテも同様に、綾香に対して嫉妬している。内政屋などの言い方は、文官仕事は認めている。
綾香は自分にはできない政務を完璧にこなし、仕官先も引っ張りだこだったのだから。
結局のところ、シャルロッテと綾香は合わせ鏡なのだ。
「「あいつにだけは絶対に負けたくない!」」
別の部屋にいるはずの、二人の声が重なるのだった。
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