第26話 首狩られ将軍
首狩り将軍サージェスタは、巨人のいた場所を見て震えていた。
彼の軍は巨人から離れた場所で様子を見ていたのだ。兵士たちは全員が馬に乗っていて、なにかあればいつでも速く行動できる。
「ば、バカな!? なんだあれは!? あんなもの、我が軍に撃たれたら……!?」
「ど、どうされますか!? ひとまず止まって様子見しますか!?」
「愚か者! 一番あり得ぬわ!」
サージェスタは副官を罵声を浴びせる。
彼は現在、かなりの危機的状況に陥っていた。
(ま、マズイぞ……! あの光の正体は分からぬが、もし撃ち込まれたら我が軍も……! だが下がるわけにもいかぬ……!)
苦悩するサージェスタ。彼にとってこの戦いに撤退の選択肢はなかった。
サージェスタが軍を動かしている名分は、ボルギアスの敵討ちだ。だがフーヤはコッソリと、ボルギアスの身柄を引き渡す交渉希望の手紙を送っていた。
当然サージェスタはそんな手紙は無視している。むしろ彼はボルギアスを殺すつもりで進軍していた。
もしここで撤退して、ボルギアスが生きていた場合……サージェスタが今後に軍の全権を得られることはない。
それどころかボルギアスを見捨てた者として、処断される可能性まであった。少なくともボルギアスからの評価は地に落ちる。
つまりサージェスタはこの下克上を、絶対に成功させねばならなかった。
(私は三十年待ったのだ! 妻と子を人質に出して、犠牲にしてまでこの機会を得た! ここまで来て諦めてたまるものか! まずは兵士の動揺を消さねばならぬ!)
サージェスタは大きく息を吸うと、全軍に届くほどの大きな声で叫び始める。
「諸君! 私はあの光の雨を知っている! あれは連射が効かないのだ! 撃てば数日は再発不能だ! あの魔法を撃った軍を撃滅し、すぐに王都を攻め滅ぼせば問題はない!」
当然ながらサージェスタはそんなことを知りはしない。完全なる出まかせだが、撤退という選択肢がないのならば愚策とは言えない。
少なくともこの宣言によって、兵士たちが即座に散り散りになるのは避けられる。
また完全に偶然ではあるのだが、彼の嘘は的を射ていた。あの魔法は連射ができない。
「進めぇ! 我らの方が兵数は二倍以上ある! 王都を陥落させれば、多少の行為には目をつぶる! まずは前方の軍を叩けぇ!」
兵士の士気を維持するためにと、サージェスタは今後治める予定の地すら犠牲にする。
そんな彼の命令に従って、兵士たちはフーヤたちの軍の方向へと進み始めた。
(ええい! 王都はできれば無傷で手に入れたかったが、こうなれば仕方がない! 負けるよりははるかにマシだ! フーヤとその臣下は王都にいるかもしれないが、私の力ならば勝てる!)
サージェスタは自らの力に自信を持っている。事実、彼は武将としては並み以上に優秀であった。
攻軍74、防軍75の能力値は、全武将で見ても上の下ほどの強さはある。また騎馬陣という使い勝手のよい陣形も持っていて、優秀な武将と見て間違いはない。
そうしてサージェスタの軍は進み続ける。騎馬のためにかなりの高速進軍だが、一向にフーヤたちの軍は見えない。
(おかしい……我らは騎馬だぞ。報告では奴らは歩兵の類……ならとっくに追い付いているはず……)
サージェスタは騎馬を走らせながら違和感を抱いていた。
だがもはや止まるわけにもいかず、前に進み続ける。
「前方に敵軍千! あの異様さは、おそらく化け物軍かと!」
「もう一人の警戒人物が出て来たか! だが千ならば正面から潰す!」
サージェスタはフーヤとシャルロッテを警戒している。そのうちの一人が千程度で出て来てくれたなら、むしろチャンスとまで思っていた。
だがサージェスタの思惑を遮るように、二人の伝令が騎馬に乗って駆け寄ってきた。
「右翼に敵軍の人形たちが! 数はおよそ千! このままでは接敵します! 」
「左翼に翼を生やした敵軍が! おそらく五千以上はあるかと! おそらく戦闘になります!」
更に前方から獣のような咆哮が聞こえてくる。サージェスタはすでに、赤き軍との戦闘が始まっていたのを見てしまう。
見る限りでは敵兵数は、おおそよ千のように見えた。
「待ち伏せか。包囲されては面倒だな、後方に下がって態勢を立て直す! 慌てる必要はない! 数ではこちらが圧倒的だ! 落ち着けば勝てる!」
彼は待ち伏せをあまり警戒していなかった。籠城してくると思っていたし、その方が厄介とまで考えていたからだ。
理由のひとつに、先ほどのフーヤが率いた歩兵部隊は、軍再編のために王都に戻るという前提があった。
王都の兵は最大でも八千ほどと聞いている。しかも最大戦力のはずのフーヤは現状無力な前提で、残る武将も強いのはシャルロッテだけ。
そしてフーヤの軍はおよそ三千。ならば弱将が残りの五千を率いるのは愚策だ。決戦を挑んでこずに、籠城戦を仕掛けてくると踏んでいた。
さらに仮に五千の軍が攻めて来ても、勝てると確信していたのだ。己の武ならば蹴散らせると。
すると更に伝令の兵士が焦って駆け寄ってきた。
「た、大変でございます! こ、後方に! 後方に敵騎馬陣が! 翼の生えた馬を乗っています! このままでは攻められます!」
「な、なにっ!? バカな!? 完全に包囲されているだと!?」
サージェスタは矢継ぎ早の報告に混乱し始めていた。
(ば、バカな……そもそも数がおかしい! 敵軍は最大でも八千ほどのはずだぞ!? 謎の杖を持った歩兵部隊は三千いたのに、奴らはどこに消えたというのだ!?)
兵士に動揺が伝わらぬように、サージェスタは必死に脳内で考え始める。
(ど、どうなっている!? 何故、敵軍の数が増えている!? しかも四方を包囲されている!?)
サージェスタは知らなすぎたのだ、全てを。
フーヤが軍を戦場で再編できるのは知っていた。だが今までフーヤがノースウェルで使った陣形は、全て歩兵で足が遅いものだけ。騎馬はないと思っていた。
「え、ええい! ならばもっとも弱い箇所を潰し、包囲を抜ける! 五千の軍を率いるのは弱卒だ! 左翼を攻めよ!」
「で、ですが左翼も得体の知れぬ敵軍ですが……」
「問題ない! 見掛け倒しだ!」
サージェスタはフーヤ陣営の情報は知っていた。
フーヤ陣営の名の知れた武将はフーヤ、シャルロッテ、綾香の三人だと。ならば左翼はボンクラが率いていて、弱さを補うために五千と数が多いと判断した。
だが所詮は烏合の軍を壊滅させるのはたやすいと。
サージェスタ軍は左翼へと突撃し始める。左翼で対しているのは、背中に翼を持った天使の軍。ただし見た目は細く、見るからに貧弱そうでしかも武器も持っていない。
率いているのはユピテル。実際のところ、ユピテルはかなり弱い武将だ。
攻防ともに20しかなく、サージェスタならば楽勝で勝てる相手。だが……。
「愚か者。悪しき者が、我に逆らうとは」
静かな声が戦場に響いた瞬間、前方の天使の軍の姿が変貌する。貧弱だった兵士は、皆がアスリートのような屈強な身体に。
そして二メートルを超えるような槍を、片手で軽々と持って光り輝いている。
「ぐ、ぐわああああ!?」
「か、身体がっ!? 身体が熱いぃ!?」
サージェスタ率いる騎馬兵は、その光を浴びて苦しみ始めた。
そんな状態では戦いになるはずもない。天使軍が逆に突撃し、巨大な槍でいともたやすくサージェスタの兵を吹き飛ばしていく。
間違いなく勝てるはずの相手に、いともたやすく敗北しているのだ。
左翼で始まったのは、天使たちによる騎馬軍の蹂躙であった。
「ば、バカな!? 有象無象の軍に、俺の率いた兵士が負けるだと!?」
――聖神陣・ユピテル。彼女の特殊能力は、『敵が闇、悪属性であるほど強くなる』。
サージェスタが今していることは、王を裏切り主君を裏切り、王都を焼け野原にしようとする。
さらに子や妻を生贄に差し出して、全てを捨てて成り上がろうとしている。まさに悪魔に魂を売る所業だ。
つまり……ユピテルは、サージェスタにとって天敵であった。
「だ、ダメです!? 左翼押せません!? むしろ押されています!」
「こ、後方から攻め寄せて来ております!?」
「右翼からも人形軍が!?」
四方包囲され続ける軍に、数の差などあってないようなものだ。そして前方から、化け物のような咆哮が近づいて来る。
「ミツケタアアァァァァァ!!!! タイショウゥゥゥゥゥ!!!!!!!!」
紅蓮の髪を振り回し、恐怖の化け物が突撃してくる。
兵士たちは完全に逃げまとい、もはやサージェスタを守る者はいない!
「ぐっ……な、舐めるな! 化け物ごとき、この私が葬ってやる! 兵士たちよ、見るがいい! はぁ!」
サージェスタは果敢にも、化け物に向けて騎馬を突撃させる。
ここでシャルロッテを倒すことができれば、前方の軍が総崩れになる。そうなれば勝ち目が生まれると考えたからだ。
サージェスタとシャルロッテが肉薄した瞬間だった。
「ば、化け物め! 我が槍を受けよ!」
サージェスタは槍を突いて、シャルロッテを葬ろうとする。だが。
「オオオオォォォォォォォ!!!!!!」
シャルロッテは全く臆することなく、槍を顔スレスレで回避する。頬が裂けて血が出るがおかまいなし。
そして反撃と身の丈ほどあるこん棒を振るい、馬を一撃で粉砕した。
サージェスタはミンチになった馬から振り落とされ、地面で身体を強打する。
「か、はっ……!? ま、まだ……」
「シネエエエエエエェェェェェェェェェェ!!!!!!!!!!」
シャルロッテはその隙を逃すことなく、サージェスタの胴にこん棒を叩きつけた。
サージェスタの胴部分が潰れてしまい、あまりの衝撃に身体の下の地面にまで穴が開く。間違いなく即死だ。
「テキショウ……ウチトッタリイイイィィィィィ!!!!!!!」
化け物の咆哮が戦場にこだまするのだった。
サージェスタは決して無能ではなかった。ただ……フーヤと比べてあまりにも情報差がありすぎたのだ。
敵を知り、己を知れば百戦危うからず。彼は己を知ってこそいたが、敵のことは知っていたと勘違いしていただけだった。
対してフーヤにはすさまじいゲーム知識があるのだ。しかも切札である魔導陣まで使った以上、情報差は歴然過ぎる。
だからこそフーヤは正史をなるべく変えたくなくて、魔導陣を使いたがらなかった。今後の周辺国に対して、自分の情報を与えたくなかったから。
もしサージェスタにフーヤの天馬陣の知識があれば、このような突撃はしなかっただろう。
そもそも待ち伏せして決戦を挑まれる可能性も、考慮できたかもしれない。
包囲後の展開も変わっていた。ユピテルとシャルロッテのことを知っていれば、撃ち貫くのは脆い前方と判断したはず。
まさに情報差が勝敗を決めた結果であった。
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シャルロッテが敵前方に控えていたのは、伏兵とか絶対できないからです。
案の定、最初に接敵してますし。
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