第8話 亡霊を喰らう怪物の群れ
亡霊たちは人を舐めていた。
彼らは自分達の存在自体が、人に潜在的恐怖をもたらすことを知っている。
故に今回も好きに暴れて人を貪る心づもりであった。
「ケケケケケケェェェ……!」
亡霊たちは吠える。生きた人間を貪る楽しみを想像して。
その恐ろしく甲高い声だけでも常人なら、いや胆力のある者ですら恐怖して逃げ纏うだろう。魂を揺さぶるような絶叫は、生きた人間であれば耐えられない。
ただし恐怖する心を持っていなければ話は別だ。
「ケケケケ?」
そんな亡霊たちの目に映るのは、自分達を恐れない紅蓮の兵士たちが突撃してくる姿だ。
「オオオオオォォォォォォ! イノチを、クビをヨコセぇぇェェェ!!!」
「コロス、コロス、コロスゥゥゥゥゥ!!」
「ケケケケケケケケ!」
亡霊たちは僅かに困惑したが、すぐに兵士たちに咆哮した。
心底震えるような声が戦場に響き渡り、これで兵士たちは臆して逃げ散る。はずだった。
「オオオオオォォォォ!!! オオオオォォォォ!!!!」
「ヒハ。ヒハハハハハアァァァア!!!」
「け、ケケッ!?」
だが紅蓮の怪物たちはなお止まらず、むしろ加速して亡霊たちに突撃する。
そのあまりに恐ろしい光景になんと……亡霊たちが怯え始めた。少しずつ後ずさり始める大量の亡霊たち。
シャルロッテのスキル『粉骨砕心』は精神異常を無効に、そして『黄泉の道連れ』は敵を恐慌させる。
つまり亡霊のスキルは無効化された挙句に、逆に恐慌状態をかけられたのだ。
「イノチをクラウぅゥゥゥ!!!」
兵士たちは紅きこん棒で、亡霊に殴りかかって潰していく。
この世界では兵士たちは魔力を纏っているので、亡霊であろうが物理攻撃で殴り殺せる。
亡霊たちは恐慌スキルが強力無比だが、それを無効化されたら雑魚であった。
「ああ。私は、ワタシは戦っている……! 軍を率イて、タタカッテイルゥゥゥゥゥ!!!」
軍の先頭に立つシャルロッテが、十匹目の亡霊を叩き潰した。
彼女は喜びの涙を流しながら、歓喜の表情で敵を粉砕していく。それはただ敵を殺すよりもよほど恐ろしく、もはや亡霊の恐怖など霞むほどである。
「クビヲ、カルゥゥゥゥゥ!!!」
「クウゥゥゥゥ!!!」
「「「ケケケケェェェェ!?」」」
亡霊たちは首をねじ切られて、肩をえぐり取られて、なんなら歯の噛みつきで砕かれていく。
もはやどちらが怪物か分かったものではない。いやシャルロッテの率いる軍こそが怪物で、亡霊たちは哀れに蹂躙される凡夫でしかなかった。
亡霊たちは相手を恐怖させる側と勘違いして、自らが怯えさせられる立場になるとは考えていなかったのだ。
そして蹂躙劇がしばらく続いた後、亡霊たちは逃げも出来ずに壊滅した。
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俺は亡霊たちが蹂躙されていく様を、やや恐怖しながら見物していた。
(……いやヤバ過ぎるだろ。シャルロッテが亡霊の恐慌無効なのも、逆に恐慌を与えるのも知ってはいた。でも現物はゲームより百倍怖い……)
シャルロッテは美人だ、美人だった。街を歩いて百人とすれ違えば、百人が振り返るほどに。
だが今の彼女に可愛いとか綺麗なんて言える気がしなかった。もう純粋に怖い、恐怖の権化だ。
「アリガトウゴザイマスゥゥゥゥ!!! クーヤザマアァァァァァ!!!」
シャルロッテの絶叫が聞こえてくる。怖い、ものすごく怖い。
このまま反転してきて俺を殺しに来ないだろうな……!? そう思ってしまうほど純粋にヤバくて、身体が小刻みに震えていた。
(……『黄泉の道連れ』。寿命がもう一年切っているからこその力か)
今のシャルロッテは短期間限定だが戦闘最強だ。
と言うのも彼女のスキルは超攻撃特化。しかも接敵したら命令できなくなるし、敵を倒しきるか自軍が壊滅するまで撤退もできない。
だが『黄泉の道連れ』がデメリットを補って余りうる。彼女の寿命が一年を切ると使えるスキルで、接敵した相手を恐慌させて一定時間弱体化させるのだ。
この年代において、シャルロッテは間違いなく最強の武将だ。俺を除けばだが。
「オオオオォォォォ!! このショウリヲ! フーヤ様にササゲルゥゥゥゥ!!!」
ドラゴンのような咆哮の勝どきが戦場に轟いた。どうやら勝った、というか一方的な蹂躙が終わったようだ。
戦果は圧勝、シャルロッテは本当に強くて頼りになる武将だ。ただ雑に使うと案外弱かったりする。
(紙装甲だし撤退できないから、挟撃されたりすると即壊滅とかあるからな。運用は気を付けないとな)
今回の戦いは雑に突っ込ませて勝てた。だが今後に敵軍など相手取るなら、罠とか伏兵の挟撃とか気を付ける必要はある。
だがなんにしても……シャルロッテは最恐の武将だ。使い方を間違えたらヤバイことになりそうだけど……。
「オオオオ……テキ、ドコ……? テキドコオオォォォォォ!!!」
「チヲ、チヲ、チヲオオォォォォォ!!!」
まだ敵を探してさまよっている怪物軍を見ながら、冷や汗が背筋を流れるのを感じていた。
……俺にシャルロッテを扱いきれるか不安になってきたぞ。いやでも攻撃力は間違いなく最強だ。怖さも最恐だけど。
うまく運用すればセリア姫を救う力になるのは間違いない……よな?
シャルロッテの「オオオオオォォォォウウウウォィァアァァァッァアアッ!!!!」という、もはや人間の出せない声が聞こえてくるのだった。
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「ふう……ふふ、あははははは! これが戦い……! 私は、戦場に立つことができた!」
シャルロッテは兵科を解いて、すでに白髪に戻っている。
彼女は本来、何も成せずに病死するキャラだった。優れた武勇こそあるが、その力を発揮する場所に恵まれなかった。
シャルロッテを一軍の将として見れば、デメリットを補うだけの力がある。
だが兵士が出世するにはまず手柄を立てなければならない。彼女を一兵卒として使うには、あまりにもリスクが高すぎる。
命令は無視する、撤退もできない。吠えまくるので隠れることも不可能。
敵前逃亡こそしないが敵前突撃は絶対にする。間違いなく作戦の邪魔になるのだから、少々強かろうが一兵卒としてはいらないだろう。
この世界では一兵卒もですらも、率いる武将で強化されるのも大きかった。シャルロッテが強くても無双などはできない。
『確かに強いが隠密行動もできないんじゃな』
『命令を聞かない奴はいらん。多少強かろうが勝手に突撃されたら作戦など立てられん』
『味方が恐怖して士気が下がる! 失せ、あ、いや、お引き取りください』
シャルロッテは様々な理由で従軍を拒否された。
その理由は確かに正しかったと彼女も理解している。
だが優れた武勇を持ちながら、戦場に出れなかった。鍛え上げた力を振るう機会すらもらえない。
傭兵として軍に混ざりたくても、扱いづらさから敬遠されてしまう。
戦場に出れば活躍できるのに、機会さえあれば手柄を立てられるのに。そこらの兵士よりも間違いなく強いのに。
「戦いたい……戦場に出られたら、必ず手柄を立てられるのに……!」
自分より力が劣る知り合いが出世していくのを聞くたび、シャルロッテの嫉妬の炎は大きく燃えていった。
――いつかは絶対に軍を率いる者になる。そんな葛藤を持ちながら、シャルロッテはずっとくすぶっていた。
いつか戦場に出る機会は来る。その時のために己の武を磨き続けながら。
だがそんな折に彼女は血を吐き、医者にもうじき死ぬと診断を受けて絶望した。
もし奇跡が起きて従軍できたとしても、残りの命では軍を率いるまで出世するのは不可能だと。
やけ酒をあおって死ぬまで嘆くのが運命と、シャルロッテは覚悟していた。
だからこそ今は。
「私は、戦える。私の武勇は通用する……! 私の力は、鍛錬は、無駄なんかじゃなかった!」
シャルロッテにとって、フーヤは嫉妬の対象だった。彼が訪ねてきた時に見せたのは怒りと嫉妬の感情でしかない。
そんな者からもたらされたのは、彼女にとって夢だったのだ。
何の実績もない者を、軍を率いる武将として雇う。そんなことは普通はあり得ない。
だからこそ彼女は今まで夢ごこちで、いや今なおそうかもしれない。
この僥倖を、白昼夢のように感じていた。神様が下さった奇跡であると。
「フーヤ様、この短き命どうぞお使いください……! ああもっと、もっと戦いたい……! もっと力を振るいたい……! 死ぬまでに我が生きた証を……!」
消えゆくだけだった残雪が血に染まっていくかの如く。
ここに本来歴史に生まれぬはずの伝説が、幕を開けることになる。
ついでにそれと同じくらい、泣く子も黙る怪談としても語り継がれることになる。
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シャル来来(違)
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