第9話 下準備
シャルロッテが大暴れした後、俺達は軍を解散して屋敷へと戻っていた。
執務室で椅子に座って、シャルロッテに指示を出している。
「シャルロッテ。お前に頼みたいことがある!」
「はっ! なんでもお任せください! 隣国の王の首でも、野盗の頭領の首でも、取ってきてごらんに見せます!」
シャルロッテはすごく興奮した様子だ。肌もツヤツヤしてる気がする。
それと俺への視線が以前よりも、なんとなく敬ったような感じに見えた。たぶん俺が戦う機会を与えたことで少し喜んでいるのだろう。
「ではシャルロッテ。次の命を与える! お前は……内政をしろ! 都市の魔法障壁を修復するのだ!」
「ははっ! 魔法障壁を……え? な、内政ですか!?」
「そうだ、内政だ。兵士は自由に使っていい。まずは試しなので成果については不問とする。気楽にやってくれ」
先の戦いで魔法障壁は亡霊に少し殴られていた。なので少しダメージを受けているので修復しないと。
基本的に魔法障壁も、普通の城壁もそう変わらない。壊されたら直さないとダメなのだから。とは言え物理的な城壁ではないので工事ではなく、魔力を流し込むことで修復する。
ちなみに魔法障壁の強固さは、実物の城壁の頑丈さなどで変わる。丈夫な城壁を作るほど強力な魔法障壁を張ることができるので、立派な城ほど攻めるのが難しい。
なので障壁が削れた状態だと、他国から好機とみられて攻められる恐れがある。今回の場合はむしろ望むところだが。
シャルロッテは少し嫌そうな顔をした後に。
「しょ、承知いたしました! やってみせます!? はい!?」
悲鳴のような返事をしてくるのだった。
そして兵士たちを集めて、門の側に立たせて城壁の修復を開始したのだが……。
「オオオオオオォォォォ!! コワスゥ! コワスゥ! コワサセロォォォォ!?!?」
兵士のひとりが魔法障壁をガンガン殴りつける。
「アアアアァァァァァ!?」
兵士のひとりがガンゴンと魔法障壁に頭突きを行う。
「ウワアアアアアア!!!」
シャルロッテが先ほどまで修復していた障壁を、両手で殴りつけて割ってしまった。
少しの間は大人しく壁に手をつけて、魔力を流して修復できている。だがその少しの時間が過ぎると暴走し始めるようだ。
…………流石は内政LV1、ほとんど成果が出ていない。やってることが十歩進んで九歩下がってる感じだ。一歩進んで二歩下がるとかじゃない分マシか。
そうして周囲が暗くなり始めた。そろそろ一日の工事の終了時間だが、魔法障壁の耐久値はほぼ回復していなかった。
「……申し訳ございません! 大勢の兵士を使いながら! こんな無様な……!」
「いや頭は下げなくていい。元から今日は試しで、成果は不問だと言ったろ?」
土下座しようとするシャルロッテを手で制する。
事前に言った通り、今回のはあくまでテストだ。内政LV1のシャルロッテに、内政をやらせたらどうなるかという。
結論から言うとゲームとだいたい同じで、絶対にやらせない方がいい。
内政するには大勢の兵士を動かす費用もかかるし、能力値の低い武将にやらせても微妙だというのが分かった。
やはり適材適所だな。下手に苦手なことは命じない方がいいだろう。
「しかし……!」
「シャルロッテ。俺がお前に対して期待しているのは戦での槍働きだ。お前が内政でどれだけやらかしても、お前の評価基準に一切の影響はない」
「ふ、フーヤ様……貴方様にお仕えできたこと、来世にも及ぶ僥倖でございます! この命、どうか好きにお使いください!」
シャルロッテはわずかに涙を流し始めた。
……少し罪悪感。上手くいかないと予想したのにやらせておいて、慰めて恩を売るマッチポンプみたいになってしまった。
「じゃあシャルロッテ。更に頼みがある」
「はっ! なんでもお任せください! 我が武勇、必ずやお役に立て」
「二週間ほど魔法障壁の修復や、街道の整備など頼む。今回ももちろん結果や成果は問わない」
「え”っ」
「すまない。シャルロッテは内政が苦手だろ? 二週間で上手になるかやってみて欲しいんだ」
こうして二週間の間、ノースウェルは阿鼻叫喚に包まれた。
暴走した兵士たちによる、工事という名の解体事業が続けられたのだ。造っては耐え切れず壊すという悲しい光景が繰り広げられた。
「アアアアアァァァァァ!?」
「コワシタイ……コワシタイ……!」
そして最終日の夜。兵士たちは悲鳴をあげながら、今日も城門で魔法障壁を修復している。ちょくちょく殴って壊している。
正直苦手なこと依頼して申し訳ないのだが、どうしても試したいことがあるのだ。これはシャルロッテじゃないとできない。
「も、申し訳ありません……! 結局、二週間頂きながらまともに何も……」
「構わない。むしろ苦手なことを頼んで悪かった」
頭を下げてくるシャルロッテを手で制す。そして彼女のステータスを確認すると……内政LVが1→2に上がっていた。
やっぱりだ。『アルテミスの野望』において、ステータスは成長する。なのでこの世界でもと思ったので試したかった。
低いステータスほど少ない経験で能力が上がる。シャルロッテは内政LVが最低値なので、早く結果が出ると考えて任せたのだ。
これはすごく大きい。ステータスが成長するということは、あのセリア姫も鍛えれば多少は伸びるということだ!
まあLV1だったから二週間で伸びただけで、LV2以降はもっと時間がかかるが……それでも強くなれるのはよいことだ。
セリア姫を強くしないとダメだからな。いくら俺がチートと言っても、トップが無能すぎては守り切れない可能性がある。
「じゃあ最後の命令だ。修復を命じておいて申し訳ないのだが……あの魔法障壁を、完膚なきまでにぶっ壊してくれ」
俺の命令にシャルロッテは「はっ!」と返事しかけた後、目を見開いてこちらを見てくる。
「……え? よ、よろしいのでしょうか!? そうなると敵国が好機と攻めてくるやも……」
「構わない、むしろそれが狙いだ。実はな、必死に頑張って修理したけど上手くいかず、限界を超えて壊してしまった態にしたいんだ。そうすれば自分達で障壁を壊しても、敵間者も怪しまないだろう?」
俺はシャルロッテに頭を下げた。
「すまない、実は最初からこれが目的だった。後で壊すと伝えていたら、どうしても修復に気が入らないと思ってな……そこを間者に見抜かれたくなかったんだ。本当にすまなかった」
「そ、そんな! 頭をお上げください! むしろ気が楽になりました! だから工事作業が失敗しても不問というわけなのですね! それで、本当に壊していいのですか……!」
シャルロッテは嬉しそうにソワソワしている。
俺を慰めてくれているのもあるのだろうが、たぶん本当に魔法障壁壊したいのだろう。
「思う存分、今日のうっぷんを晴らせ。ただし壊すのは魔法障壁のみ。門や壁などはやめてくれ」
俺が堂々と命じると、シャルロッテは少し逡巡した後に歓喜の笑みを浮かべた。
「ははっ! すぐに! 我が武勇をお見せいたします!」
そして怪物たちによる蹂躙が始まった。
「ヤット、ヤットコワセルゥゥゥゥゥ!!!」
「ウワアアアァァァァァ!!!!」
怪物たちはこん棒などで思う存分魔法障壁をタコ殴りにして、僅かな間で完全にぶっ壊してしまった。
凄まじい破壊力だ。なるほど、やはり設備破棄は内政ではなくて攻軍の能力値判定か。
「壊しました! いかがでしょうか!」
シャルロッテがすごく煌びやかな笑顔で戻ってきた。楽しそうで何よりです。
「本当にすまなかった。修復させておいて結局壊させて」
「いえ! むしろ喜ばしいです! だって……この策が成功すれば、また戦える機会が得られるのでしょう!?」
すごくよい笑顔をするシャルロッテ。本当に戦いたいんだなぁ……。
「さてと、じゃあ俺は屋敷に戻る。シャルロッテ、お前も今日は泊まれ」
泊まれと言っているが、同じ屋根の下で男女同衾なんてことにはならない。
だってあの屋敷広いし。ホテルの別室に男女が泊まっても問題ないだろ。
「よ、よろしいのですか!?」
「泊まるところもないだろ? なんなら屋敷の空いた部屋に住んでくれ。急に呼び出したから家もないだろ?」
「そ、そんな恐れ多い……! ですがありがとうございます……!」
こうして夜を寝て過ごして、翌日の朝だった。
食堂でメイドの作った朝食を食べていたところ、兵士のひとりが駆け込んできた。
「た、大変でございます! 隣国のミーストス軍がこの都市に向かって進軍してきます!?」
「しゃあっ!」
俺は思わずガッツポーズをしかけた。
実は隣国のとある土地を来月までに欲しいのだ。そこに俺の求める武将がいるのだが、その者を雇うにはその土地を支配する必要がある。
だが俺はあくまでノースウェルの領主に過ぎず、本国の許可なく他国を攻めるわけにはいかなかった。だからあえて魔法障壁をぶっ壊した。
防備の壊れた都市は狙われるのが、『アルテミスの野望』の常識だ。現実に即して考えても、防衛設備が壊れたらチャンスと思うだろう。
そんなわけで期待したら案の定攻めて来てくれたというわけだ。ダメならダメで内政のテストになったのでよかったが。
でも敵が攻めてきたならば仕方ない! 迎撃しないとダメだし、圧勝したら反転攻勢しないとな!
これは正当防衛である。攻められて反撃しなければ、隣国はいくらでも攻め放題になってしまう! つまり俺達は正しい!
「よし想定通りだ! すぐに兵士を集めろ! ミーストスに教えてやろうじゃないか。我が軍の武勇を!」
「ひいっ!? またシャルロッテ様を暴れさせるのですか!?」
あれは武勇というより蛮勇じゃないだろうか……。
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