第7話 四災が二 満潮亡霊


 俺とシャルロッテは馬を駆けさせて、急いでノースウェルへと到着する。


 すぐさま領主屋敷に向かうと、屋敷の前でメイドや執事が待ち構えていた。


「お帰りなさいませ、フーヤ様。我ら一同、お待ちしておりました。以前の領主様にも仕えておりましたので、内政など色々とお任せください」

「そうか。なら早速だが兵士たちを正門前に集めてくれ。二千ほど欲しい」

「「「「ははっ!」」」」


 俺の命令に対して執事たちは走り去っていった。


 隣にいたシャルロッテが少し怪訝な顔をしている。


「フーヤ様。よろしいのですか? 以前の領主に仕えていた者達は、少し扱いづらい可能性が……他に通じている可能性も」

「構わない。あいつらは元領主の手のかかった奴らだ。間違いなくボルギアスに情報を渡す密偵にしかならない。落ち着いたらすぐに全員クビにする」

「しかし全員追い出すと政務が滞りますが」


 だからこそボルギアスも露骨な手を使ってきたのだろう。


 全員追い出したら俺が困るのを見越して、メイドや執事たちをきっと買収している。


 俺たちの情報はボルギアスに漏れてしまう。不正などあれば即座に俺を領主解任などするつもりなのだろう、別に不正をするつもりはないが。


 わざわざ本拠の屋敷に敵の手のかかった者を置きたくはない。


「大丈夫だ。内政が回す人材にはアテがある」


 俺達は領主屋敷へと入る。メイドも仕事はしていたようで中は綺麗に掃除されていた。


 屋敷の中を少し捜索すると応接間らしき場所を発見したので、そこでシャルロッテと話すことにした。


「シャルロッテ、そこの椅子に座ってくれ」

「ははっ!」


 俺とシャルロッテは近くの椅子に腰を付ける。


「お前には俺の目的を説明しておく」

「目的、ですか?」

「ああ。まず今から四つ……いや残りは三つか。三つの災害が起きるのでそれらを止めて、ついでにボルギアスを失脚させる。そしてこの国を二十年ほど生き残らせる」

「三つの災害、ですか? それにボルギアスを失脚させるとは……」


 シャルロッテは少し怪訝な顔で俺を見てくる。


 当然だろう。災害を予測するなど意味不明だろうし、この国でも最大の有力者であるボルギアスの失脚も無理難題だ。


「仔細は省くし、今すぐに信じてもらわなくてもいい。とにかくこの目的で動くと理解してくれ」

「いえ信じます。私を拾ってくださった方の言葉を、疑うなどあり得ません! 神の声と思って聞きます!」

「そ、そうか……」


 目を輝かせて俺を見てくるシャルロッテに、少し気後れしてしまう。


 どうやら想像以上に感謝されているらしいな。シャルロッテは忠義心が高そうだし裏切らないだろう。


 ちなみにこの世界には神が実在する。なんなら一部は武将ユニットとして使えたりする。


 このゲームタイトルは『アルテミスの野望』だが、アルテミスも地上に降りた女神として武将で登場するのだから。


「ひとまずやるべきは四災への対応だ。そこで手柄を立てれば、俺は大出世して救国の英雄だ。それと同時にボルギアスの失脚も狙う」


 ボルギアスは不正まみれだからな。奴の悪事を暴露して失脚させればいい。


 たぶんボルギアスは従わないだろうが、奴の陣営の武将は全員が弱い。攻める名分を作って戦えれば勝てるだろう。


「ボルギアスを失脚させて四災を防いだ後は、周辺国との戦いに備えていく。セリア姫は建国帝の血を持っているので、利用価値があるから狙われるだろうしな」

「そうですね……」


 セリア姫は実は名目上は世界の王だ。この世界のすべての国は、セリア姫から土地を与えられていることになっている。


 なので彼女の発言力には利用価値がある。例えばあの国の者は余に逆らう者だ、と言えば世界の敵にできる。


 なので各国がこぞって保護しようとするだろう。実際はほぼ形骸化しているけどな!


 ようは神輿だ。織田信長が足利義昭を利用して、天下を取ろうとしたのと同じ。


 だがそうなるとセリア姫はまず間違いなく暗殺される。彼女が生きていると困るとある勢力から。


「まずは四災だ。今から一つ、次に一ヵ月後、最後の一つは三ヶ月後に出現する。それらを防がないとな」

「ははっ……え? 今から一つ、ですか?」

「ああそうだ」


 俺が小さく頷いた瞬間、扉が勢いよく開かれて執事が転がり込んできた。


「た、大変です! 大量の幽霊が、正門を破ろうとしています!?」

「ほらな。執事、兵士は集まっているか!」

「は、はひっ! 二千ほど正門の前に!」

「よし! 行くぞシャルロッテ!」

「はっ!」


 俺とシャルロッテは屋敷を飛び出した。


 大量の幽霊。それは間違いなく満潮亡霊だ。


 急いで正門の前に向かうと、集まった兵士たちは真っ青な顔で怯え切っていた。


 光の壁でおおわれている正門を、透明な薄気味悪い人間たちが殴って壊そうとしている。幽霊のくせにアグレッシブだなぁ……。


 ひとまず兵士たちに俺の存在を認知させないとな。


「聞け! 兵士たちよ! 俺はフーヤ・レイク! この地の領主になった者だ!」


 領主の証明となる印章を掲げて叫ぶ。兵士たちは俺の印章を見て頭を下げた。


「りょ、領主様! どうされますか! あの幽霊たちは、この都市を狙っています!?」

「あんなのと戦えるのでしょうか!?」


 兵士たちは悲鳴のような声を出す。


 幽霊ユニット、ゲームならこの年代では出てこない敵。奴らはセリア姫を滅ぼすプロローグ以外では、今から二十年後まで出現しない。


 奴らの強さは恐慌スキルにある。接敵した軍の士気を瞬時にゼロにして壊滅させるという、正攻法では勝てない相手だ。


 実際に兵士たちは戦う前からすでに及び腰。接敵したらすぐに逃げ出してしまいそう。


 これに対抗するには極少数しかないレアスキルが必要で、俺は残念ながら持っていない。そのスキルを持っているのは、この年代ではたった一人のみ。


「シャルロッテ、初陣が幽霊の相手で悪いがいけるな?」

「もちろんでございます! どうか私に出陣の許可を! 必ずや奴らを滅ぼしてごらんに見せましょう!」


 シャルロッテは必死に叫んでくる。その声音に混ざっているのは喜びで、顔もまた僅かに笑っていた。


「許可する」

「ありがたき、幸せ……! 我が武勇を、今ここにお見せいたしまする!」


 シャルロッテは涙を流しながら大きく息を吸った。


「総員、我に続け! 『狂々・血雪陣』! あ、アアアアアアァァァァァァ!!!!」


 シャルロッテの姿が変わっていく。雪のように白かった髪は、血のように真っ赤に染まった。服は動きやすさを重視したような鮮血のドレスへと。


 目は血走り、顔は狂気に染まる。シャルロッテは狂戦士、バーサーカーなのだ。


「オオオオオォォォォォォォォ!!!」


 空に向けて吠えるシャルロッテの両手にはそれぞれ、身の丈ほどの巨大な紅いこん棒を持っていた。だがここまでならば彼女はただのバーサーカーだ。


 シャルロッテの身体から赤い光が漏れて、周囲に広がっていく。彼女が恐ろしい由縁、それは……。


「ひ、ひいっ!? なんだこの光!?」 


 シャルロッテから放出された赤い光が、近くにいる兵士たちに絡まっていく。


 それと共に兵士たちもまた髪が真っ赤に染まり、真っ赤な鎧とこん棒を装備している。。


「お、オオオオオオオ!!! 殺す、殺すぅぅぅぅ!!!」

「てき、てきてきてきてき! 敵はどこだぁああああ!」

「殺らせろ……殺らせろぅ!」


 そして……兵士たちまでもが暴走して吠え始めた。


 シャルロッテの恐ろしい力。それは彼女の率いる兵士すらも狂わせて、バーサーカーの大軍を作りだすことだ!


 いや本当に恐ろしい……普通の人が一瞬でこうなるんだぞ。ゾンビもビックリの汚染ではないだろうか。


 と、とにかくだ。今ここに生まれたのは亡霊すら恐れぬ羅刹の大軍だ! 幽霊には化け物をぶつけるんだよ!!!!


「進めえええええ! 亡霊を喰らええええええ!!!!」


 シャルロッテの叫びと共に、兵士たちは一斉に正門に向けて駆け出した。


 ……喰らうってマジでかじったりしないだろうな? 



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すー(亡霊を吸い込む音)。

気体なら吸い込めそう。

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