第5話 憧れのキャラたち


 俺は王都ラレンティアにある王城に招かれて、玉座の間の扉の前へと案内された。


 正直言うとすごくドキドキしている。なにせ……この扉が開かれた先には、あのセリア姫がいるのだ。


 ゲームのグラフィックでしか見たことのなかった存在が、生で見られるのだから……! 


 そして扉が開かれて、俺は玉座の間へと足を踏み入れた。豪華な絨毯や装飾品などの贅で尽くされた部屋。


 その先の玉座には……翼のない天使がいた。


 穏やかそうな雰囲気を纏っていて、純真無垢と言った表現が似合う。絢爛なドレスに身を包み、ウェーブのかかった輝くエメラルドの髪……宝石すらかすむ美しさを持つ少女。


 まだ十二歳なのでやや幼いが、成長すれば間違いなく絶世の美女になる。


 流石は『アルテミスの野望』の真ヒロイン! そこまで出番がないのに人気投票第一位!


 俺はそんな少女をチラチラ見ながら、玉座の前まで歩いて跪く。


 そんなセリア姫の右には、金髪の髪を短く切り揃えた女性がいる。年齢は十八くらい、容姿はいいがやや釣り目で強気な印象を与える者。


 マントをつけていて、鎧を脱いだ女騎士のような衣装だ。


「よくぞ悪鬼羅刹を退治し、北の都を守った。貴公の活躍がなければあるいは都は朽ちていたやもしれぬ。女王に仕える騎士として素晴らしい」


 彼女はセリア姫の右腕にして忠臣、リーン・メルヘン。


 本来ならば今回の千鬼夜行を相手に出陣し、討ち死にするはずだった者。


 そんなリーンの言葉に対して、玉座の左にいる男は機嫌が悪そうな顔をしている。俺はあの男の顔が大嫌いだ、何故なら。


(……セリア姫を処刑した時、イヤミったらしく国民へ謝罪させたゴミ野郎め)


 あの男、ボルギアス・バルガルは俺の敵だ。


 いやぶっちゃけるとこの国の武将のうち、セリア姫とリーン以外はほぼ全員敵なのだが……。この国の武将たちは、全員がセリア姫を見捨てて処刑したからな。


「其方の前例なきほどの活躍には、相応しい褒賞を与えなければなるまい。其方の守った都市、ノースウェルの領主に任ずる」

「お待ちを! ノースウェルには領主がおりますぞ! 現領主は都市を守るために戦死しましたが、その息子が継ぐはず!」


 リーンの言葉に対して、ボルギアスが口を挟む。


 俺は知っている。ノースウェル領主はボルギアスの子飼いなことを。


 活躍した俺に土地を与えるのがそんなに嫌かよ。自分の土地でもないくせに。


「元のノースウェル領主は取りつぶしだ。なにせ都市を守れなかったからな」

「それは横暴というもの!」

 

 なおも食い下がるボルギアス。


「なにを言うか。領主とは土地を守るための者だ。それに民は鬼の軍勢に怯えているはずだ。それを討伐したフーヤが統治をすればこそ、安寧をもたらすというもの」

「ぐ、ぐぬぬ……!」


 もちろん鬼退治はものすごい手柄だ。百鬼ですら恐れられる鬼を、千も討伐したのだから。


 だが今回の一件は鬼退治の手柄だけではない。他にも裏などがあっての領主変更だ、その理由は省くが。


 これを狙っていた、土地を得なければ始まらないからな。


「セリア女王陛下、いかが思われますか?」


 リーンはセリア姫へと伺いを立てた。


 セリア姫は少し考え込むような素振りをした後に。


「私の一存で決定します。フーヤ・イク、貴方に北都ノースウェルを与えましょう」


 しゃ、しゃべった! セリア姫が喋った! すごく可愛らしい声だ!


 しかもゲームにない展開なので新規ボイスだ! 


 でも俺の名前が一文字間違ってるのが……! 間違ってるのが……! 出来れば間違わずに名前を言って欲しい!


「ははっ! このフーヤ・イク! しかと承りました!」

「北のノースウェルを統治せよ。その責は重いぞ」

「ははっ!」


 こうして俺は狙い通りに領地を手に入れて、少しいやだいぶ名残惜しいが玉座の間から出た。


 早速向かわないとダメな場所がある。俺は出世した、つまり配下を雇えるようになったのだから。


「よし。早速『血に染まる残雪』を雇わないとな」




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 フーヤが玉座の間を去った後。ボルギアスは、主君であるはずのセリア姫にロクに挨拶もせずに出て行った。


 玉座に座るセリア姫に対してリーンが頭を下げる。


「姫様、素晴らしい謁見でした。完璧です。これであのフーヤと申す者は、姫様に感謝するでしょう。逆にボルギアスには敵意を抱くはず。ボルギアスめ、これ以上の権力を与えてなるものか!」


 リーンは真剣な表情だ。セリア姫がフーヤの名前を間違えたことは触れずに、心の底から褒めている。


 なおリーンはセリアのことを女王とはあえて呼んでいない。


「……ですがボルギアスも、配下の土地を守りたいだけでは。全部没収するのは」

「姫様! そういって見逃していた結果、ボルギアスはこの国の土地をどんどん奪っているのですよ!」


 フーヤが受け取った土地は、現在ボルギアス陣営の貴族が持っていた土地だった。


 だがそれ自体が半分無理やり国の都市を奪っただけだ。今のボルギアスと争うと国が割れるので、王家は仕方なく見逃したに過ぎない。


 横暴を尽くすボルギアスへのけん制、それもあってノースウェルはフーヤに与えられたのだ。


「そう、ですね……それとリーン。私、あの人の名前を間違えて……」

「些事でしょう。姫様の可愛さの前では、その程度で腹を立てる者など!」


 吠えるリーンにセリア姫は気圧される。


 実際のところリーンの予想は当たっていた。フーヤは全く腹を立てていなかったし、セリア姫の可愛さで内心叫んでいたのだから。


(はぁ……姫様すごくかわいい……お守りしたい……! 玉座の代わりに椅子になりたい……)


 リーンのそんな心中を知ってか知らずか、セリア姫は小さく笑った。


「そ、そうですか……」

「これからも私にお任せください。必ず姫様をお守りいたします。では名残惜しいですが政務がございますので……! また終わらせてすぐお戻りしますので! よろしければ後でお背中を流させて頂ければ……!」


 そう言い残してリーンも玉座の間からいなくなる。


「大事にしてもらっているのは、すごく分かるんですけどね……」


 残されたセリア姫は少しだけ悲しそうに視線を落とすのだった。

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