第2話軽くて重い
【軽くて重い】
反省文の書き直しにさらに一時限分費やした軽音部がようやく解放されたのは昼休みに入ってからだった。そして今、俺は軽音部で正座をしている。正面に部長、向かって左隣に羽智、反対隣に風波が椅子に座って俺を見下ろしている。部長の表情といったら、今から俺はコンクリートに詰められて近くの川に流されるんじゃないだろうかと思える形相だ。近くの川、今はそんな水深ないけどな。
「顧問の取りなしで活動休止も部室没収も免れたがこれまでで一番の大事になったのは理解してるよなあ、乾?」
「はい。重々承知しております」
そもそも部室に逃げ込まなければよかったのだからそこは深く反省する。学校じゃなくて違うところでギター弾けばよかった。でもそうすると先輩に会えなくて色々詰んでたんじゃなかろうか。そういえば先輩は無事教室にたどり着けたんだろうか。
「志紀? もしかしてもう部室には隠れない、とかおもってない?」
押し黙る。羽智の指摘が図星過ぎて何を言っても負けそうだ。おっとりしているがこいつは頑固なのだ。
「先輩って時々部室にこもりますよね? ボクじゃあるまいしいじめから逃げてるってわけでもないでしょ?」
風波を初めて見た時、こいつは上級生にカツアゲされていた。いいところのお坊ちゃんらしく、常に金を持っていると勘違いされたんだろう。俺は、直前に木からぶら下がって揺れる幽霊を見てしまった恐怖の八つ当たりで結果的に風波を助けた。それ以来懐かれている。
「吾妻に知らぬ振りをしてくれと頼まれていたがそろそろ説明してもらおうか、お前の奇行の理由」
「え……」
思わず羽智を見上げた。いつものおっとりとした笑顔が返ってくる。俺と羽智は同じ時期に軽音部に入ったがそんな根回しされていたなんて初めて知った。度々部屋の隅で小さくなっていても何も言ってこないなとは思っていたが、想像以上に気を遣ってもらってたんだな。
軽音部の連中は気のいい奴らだとしみじみするが、だからと言って本当のことを話してもいいのか悩む。そもそも本当かどうかもわからないのだ。俺の気が狂っているだけかもしれない。
唇を噛んで目を閉じる。ツヤツヤした黒髪と白い肌、真っ赤な瞳でぴょこぴょこ動く先輩の顔が浮かんだ。
「坊~、お腹空いたのじゃ」
前触れもなく部室のドアが開いて今まさに思い出していた先輩が現れた。
心底困ったという表情を人形みたいに整った顔に貼り付けた先輩に軽音部一同唖然とする。
腹減ったんなら飯食えよ。弁当忘れたなら購買行けばいいだろ。そもそもなんで俺? いや、確かに助けてもらったんだけど、そのお礼だってしたいとは思っていたけど、お互い名前も知らない後輩に飯たかりにくるってヤンキーかよ。
俺が若干引いていたら部長が椅子を倒して立ち上がった。
「あ、朝香さん! 大丈夫だった!? こいつに、乾に変なことされてない!? 教室に帰れた!?」
部長、先輩の名前だけどもるのな。
風波は挙動不審な部長と先輩と俺を見比べて「トライアングル……誰とキスしちゃうんですか?」とかほざいている。勝手に三角関係に巻き込んでんじゃねえよ。
羽智は椅子に座ったまま上体を倒し内緒話のように口に手を添えて俺にささやく。
「オレは志紀の味方をするね」
過保護か。母親が生きてたらこういう感じだったんだろうか。知らんけど。あと、羽智の方が誕生日遅いから実質俺の方が年上なんだよなあ。
「はや? 変なことかや? 変なことってどんなことかや? 泣いていた坊を慰めていただけじゃよ?」
今度は羽智が椅子を倒した。でかい体を小さく丸めて俺の目の前にしゃがみ鼻が触れそうな距離で覗き込まれる。近い近い近い近い。
「なんで泣いてたの? 誰かに変なことされたの? 本当にいじめられたの? 志紀が勝てない相手? 志紀が勝てないって一対一じゃないでしょ。数で来るなら容赦しなくてもいいよね?」
物騒! 普段はおっとり笑顔がデフォルトだが、顔がいいだけに怒ったときの凄みがエグい。奇行が過ぎて中学の時いじめられていた瞬間があったが、その時のこいつは今も学区内で語り継がれるほどだ。鬼神なんてあだ名もつけられている。センスどうこうは置いておいて、気持ちはわかる。かばわれている俺も怖かった。
「なに、ちょっとご婦人につきまとわれていただけじゃよ。驚いてしまったんじゃろう。そういえばあのご婦人、校門の所にまだおるようじゃよ?」
「え!? 消えたんじゃねえの!?」
ツッコミが追いつかないが最後の一言で全て吹き飛んだ。
「あれはちょっと驚かせて散らしただけじゃ。加減なしに力をぶつけたからしばらくは入ってこられぬが、何かのきっかけがあればまたここまで来るかもしれぬのじゃ」
「え……先輩、もう一人女の人連れ込んでたんですか?」
どこをどう解釈したのか風波がドン引いている。高校の部室に外部の女連れ込んでたら俺だってドン引く。実際、あの女が物理的に存在しているなら事実になるが俺の意思で連れ込んだわけじゃない。むしろ必死に逃げてきた。が、そんな事情見えていない奴にわかるわけないのだ。部長が視線だけで俺を殺しにかかる。
「乾、朝香さんだけじゃ飽き足らず別の女に手を出してんのか? あ? こんな可憐な人とお近づきになれてんのになにが不満なんだよてめえ!」
めちゃくちゃ私情入ってますよね!?
胸ぐらを掴まれて腰が浮いた。腕一本で振り回されて窓に押しつけられる。ガラスが嫌な音を立てた。
肘、肘やっちゃってたんじゃないの!?
「ち、ちげえよ! 交差点で幽霊にひっつかれたから逃げてきたんだっ――――……あ」
目の前に生首が転がってこようと下半身だけが追ってこようと繰り返しビルから飛び降りる人影を見ようと必死に一人で耐えてきたのに、ポロリと零してしまった。
「幽霊?」
部長の眉間の皺がさらに深くなった。
「はあ、幽霊」
風波がなぜか感心したように頷く。
「あ、幽霊だったの?」
羽智がしゃがんだ姿勢のままこっちを見上げてなぜか嬉しそうに手を合わせた。
俺の想像していた反応と違くてそれはそれで困る。もうちょっと「正気か?」みたいな反応を覚悟していたんだけど、これどういう状況?
部長が窓に押しつけていた俺をズルズルと引きずっていく。ある程度まで窓から離れたところで羽智が設置した椅子に座らされた。
「朝香さんも事情知っているようだからこっち来てもらえる?」
先輩にだけ妙に優しいしゃべり方なのが気になる。口に出したらまた手が飛んできそうだけど。
先輩はぴょこぴょこと跳ねるように部室に入ってきて部長が引いた椅子に座った。
「あ、ボク、飲み物買ってきますね。お茶でいいですか?」
ここにきて昼休みだったことを思い出した。風波が席を立つと同時に先輩がまっすぐ右手を挙げる。
「はい! タピオカミルクティーが飲みたいのじゃ!」
「学校にんなもん売ってねえよ」
「乾、お前、朝香さんに向かってそういう口の利き方はねえんじゃねえか?」
ひえ。先輩に向かって、じゃなくて「朝香さん」に向かってってところに私情が見え隠れしてる。
「家の者に届けさせますけど、昼休み終わるまでに間に合うかな?」
「やめてやれ。家の者かわいそうだろ。お茶で大丈夫――だよな?」
マジでタピオカミルクティー届けさせそうな風波を部室から追い出し先輩に事後承諾を求める。先輩が大げさなほど悲しい顔で「飲んでみたかったのじゃ」とか言うから部長がオロオロし始めてしまった。先輩、この調子でクラスの男に貢がせてるんじゃないか? 色々大丈夫か?
なかなかのスピードで風波はパックのお茶を買って戻ってきた。長テーブルを引っ張ってきて、窓側に先輩、俺、羽智が並び、対面に部長と風波が座る。部長の座り位置はバランス悪く先輩の正面に寄っている。が、視線は俺を睨んだまま動かない。恥ずかしいなら正面に座るなよ。
タピオカミルクティーを所望していた割にお茶を受け取って喜んでいる先輩の前に俺は弁当を差し出した。
「口に合うならどーぞ。男の弁当だからたいしたもん入ってないけど」
弁当の包みを解けば出てくるのは色気もくそもないおにぎりとタッパー詰めのおかずだ。昼夜が逆転している礼兄の昼食兼夕食のための作り置きと同じ物だ。かろうじて今日は焼きそば一色とかではない。おにぎりは三つ。俺の片手にギリギリ収まるサイズだから先輩が持つとやたらでかく見える。
「おむすびじゃ、おむすびじゃよ! 本当に食べていいのかや?」
宝物でもないのにおにぎりを両手で掲げ喜んでいる。
「いいよ。そんなんでよければ」
「あ、ボクのお弁当、今日はサンドイッチなんです。こっちもよかったらどうぞ。吾妻先輩も松本先輩も食べてください」
風波が取り出したのはツヤツヤピカピカした真四角の箱だった。重箱の一番上ってこんな感じだろう。蒔絵? みたいなものが施されていて中は朱色に塗られている。そしてそこから出てくるのはサンドイッチはサンドイッチでも格が違うものだった。バケットにローストビーフがぎっしり挟まれていたり、チーズはチーズでも一手間掛けられてオリーブまでのっかっているような物だったり、男子高校生の弁当なのにキラキラしていた。さすがお坊ちゃまだ。先輩も含めひとしきり豪華な弁当で盛り上がったあと、それぞれ弁当を出し合って好きなように食べ始める。先輩はなぜか俺の作った弁当を抱え嬉々として配りまくっていた。献上したから好きにしてくれていいんですけど、なんでこの人こんな嬉しそうに配膳してるわけ?
空腹が落ち着いた頃合いで話が元に戻る。俺が部室に女連れ込んだ案件だ。そしてうっかり漏らした「幽霊」案件。
まずは俺が先輩を部室に連れ込んだっていう誤解を解く。そもそも俺はこの人が何者かよく知らない。おそらく「朝香」って名前なんだろうなって程度だ。それを言えば風波と部長から白い目を向けられたが、先輩が「ワシも坊の名前を知らないのじゃ」の一言で自己紹介タイムに突入してしまった。
「
ここに至るまで名前を知らなくても不都合がなかったので改めて名乗るのは気恥ずかしかった。不都合というよりそれどころではなかったってほうが正しい。だって先輩、幽霊背負って登場してきたんだから。
「
やっぱり部長と同じクラスだったか。
「じゃ、じゃあ俺も改めて、松本法弦、三年B組。よろしくおねがいします」
確実に先輩に向かって言ってるよな? しかも同じクラスじゃ改めてもなにも必要なくねえか?
「松本くん、迷惑をかけたのじゃ。すまなかったのじゃ」
「い、いや! そんなことないです! 悪いのは全部乾なんで!」
顔真っ赤にして照れてる部長はかわいげがあっていいと思うけど全部を俺にかぶせるのはどうかと思います。
「オレは吾妻羽智。志紀の幼なじみで同じクラスです。志紀が女子と仲良くしているの初めてなんで霞先輩に会えて嬉しいです」
「はやや、坊はモテそうなのに人見知りなのかや?」
「俺のモテるモテないはどうでもいいだろ」
幽霊にビビって逃げ回る男がろくに付き合えるわけない。それに女より音楽の方がよっぽど興味深い。
「先輩は男にモテるタイプですよね。ボクは一年A組風波伊音です。軽音部には先輩の誘いで入りました。キーボード担当しています」
見た目が地味で根暗なオタクで中身もほぼそうなのに風波のしゃべりははっきりしている。実のところ、こいつの隠れた素顔が先輩と並んでも見劣りしないぐらいの美形なのは軽音部ぐらいしか知らないんじゃないだろうか。
一通り自己紹介が終わった。名前を知っても先輩は相変わらず俺のことを坊と呼ぶ。なんでだ。
そして気の重い案件へと話題が移る。
「それで? 幽霊がどうしたって?」
絶対逃がさないという強い意志が視線に宿っている。いや、部長の場合先輩の美人度に耐えられないだけな気がしてきた。
「あ~いやその……一旦持ち帰って検討」
右腕を痛いぐらいに掴まれた。すぐ横に羽智の笑顔がある。絶対に逃がしてくれないのはこっちだったか。
「どこに持ち帰るって?」
どこだろうね?
「持ち帰って一人で悩んで自己完結してまた隅で蹲ってるの?」
笑顔が崩れないだけに余計に怖い。ずっと一緒で、どんな状況の俺でも待ってくれていた幼なじみだからこそ突っ込まれると逃げられる気がしなかった。
「どうしても言いたくないならそれでもいいよ。でも、逃げたり隠れたりするときは言って。見つけに行くなり待ってるなりするし、こっちにだって覚悟がいるんだから」
すっごく遠回しに言えって言ってますよね。どうあがいたって自分を待っていてくれる奴を、事情を知らせず振り回し続けろって、そっちのほうが俺の精神的負担がでかいってわかっていて羽智は言っている。
それでも俺の口は重くなる。今まで意地でもって黙ってきたのだ。軽蔑されるぐらいなら安い。礼兄のように振り払うことも出来ずに困らせるのが心苦しい。
詰め寄る羽智と踏ん切りが付かない俺でもって作った重い沈黙を風波が破った。
「先輩って、時々不自然に遠回りすることありますよね」
隣の風波の言葉を受けて部長が頷いた。
「ああ、突然行き先変更したり、妙に顔を背けて歩いてみたりな」
「中学に入ってからはそうでもなくなったけど、昔は突然泣き出したりいつの間にか隠れてたりしたよね」
羽智まで追撃に参戦しやがった。
黙っている先輩を見ると、すごくすごく嬉しそうな顔で笑っていた。だめだこれ。退路ねえわ。
「それから察するに、先輩ってボクらには見えないものが見えてるんじゃないですかね? 例えば」
やめろ。その先を言うな。
「幽霊とか?」
向けられる視線はこちらの様子を窺うものばかりだ。馬鹿にしていたり、正気を疑っていたり、理解に苦しんでいる顔ではなかった。
「…………幽霊って、なんだよ」
思わず零れた言葉に一様に虚を突かれていた。
「幽霊ってなに? 本当にいるの? 周りの奴らには誰にも見えていないのに俺にだけ見えるってなに? それって病気じゃねえの? 普通は幻覚っていうんじゃねえの? 誰もなんも説明できないのに、どうやって信じろっていうんだよ。でも怖いんだよ。俺は自分の視界に映るそれが怖くて、でも誰にも見えてなくて、誰もそれがなにか教えてくれねえんだよ! こんなのどうやって話せっていうんだよ!」
「ごめんっ! ごめん志紀。ムリにしゃべらせてごめんね」
堪えていたものがあふれ出た俺よりも羽智の方が泣きそうになっていた。頭を抱き寄せられる。変なの。朝には先輩に抱き寄せられて、昼には幼なじみに抱き寄せられて慰められる。本当にガキなんだな、俺。
背中を小さな手に撫でられた。
「坊、怖いなら怖いでいいんじゃよ。それが坊の付き合い方なんじゃから。見えるものを見えない振りをしなくていいんじゃ。辛い生き方をする必要はないのじゃよ」
なにこの人、泣かせにきてんの?
「先輩は知ってんの? あれがなんだか」
泣き崩れた顔を見られたくなくて羽智の胸に顔を隠して訊く。堅い胸板だなあ。
「あれは記憶と感情の化け物じゃよ。たぶんじゃけど」
もっと明確な答えが返ってくるとおもったのにそうでもなかった。
羽智の胸から顔を上げ、顔を擦って涙が零れていないことを確認する。椅子に座り直せば目を潤ませた羽智が背中を撫でてくる。先輩は細い指で肩を撫でてくれる。二人がかりってどこまでガキ扱いされてんの?
「なにそれ。先輩でもわかんないの? 祓い、教えてくれたじゃん」
見よう見まねだったみたいだけれど、恋人は詳しいみたいだったしそれっぽい説明が聞けるものだと期待していた。
「色々と表現する言葉はあるがどれが真実なのかは未だにわからないんじゃよ。ワシに言えることはワシの感覚で見知ったことだけじゃ」
「ちなみに、説明するとしたらどういう感じになります?」
なにか俺以上に風波が食いついている。先輩の指が肩から離れた。たいして高い体温でもなかったのに、離れていくと寒い気すらしてくる。
細い指は組まれ、揃えた太ももに軽く乗せられた。うつむき加減で先輩がしゃべり始める。表情が抜け落ちて人形味が増した。
「ワシの経験上、見えるところには死の事実があり、事実に沿って究明すれば答えがでる。理不尽な死に目に会っていたり、人を恨んでいたり、人の狂気に巻き込まれていたり、要するに不幸がそこにある。じゃから見えているものはこの世に未練を残した死人なのだろうということになった。それだけじゃ。それを端的に表す言葉が幽霊とか御霊じゃった。人間から抜け落ちた魂。負の感情が寄り集まった
ほぅ、と、先輩が短く息を継いだ。
「ただわからないままでは怖いのじゃ。じゃから供養し祈り、祓う。いろんな方法でそれぞれのやり方で、納得できる理由をでっち上げて自分の掟に従わせるのじゃ」
伏せられていたまぶたが持ち上がり長いまつげが上向く。現れた赤い瞳が穏やかな温度で一同を見渡した。
「それらをなんと呼ぶのかは呼ぶ者の自由じゃ。なにを信じるかも。ワシは、自分が一番好いた奴の言葉と行動を信じて覚えておるだけじゃ」
本当に、キレイに笑う人だ。先輩の記憶の中で生き続けるその人はどんな音楽を演じたんだろうか。
なにもわからないという先輩は、きっと俺よりいろんなものを見て、体験してきたんだろう。大好きな人を失って、忘れられないまま耐えて乗り越えて、思い出して笑えるくらい遠くなっても信じている。
この表情を誰にも見せたくなかったけれど、隠す権利なんて俺にはなくて、みんなが見惚れているのを特等席から眺めることで満足することにした。
「じゃあ、証明しましょう!」
突然風波が声を上げた。右手の人差し指が立ってまっすぐ伸びている。誰かが「何を?」と問う前に言葉が続いた。
「先輩に見えるものがなんなのかちゃんと調べましょう」
一拍分の沈黙のあと、明るい声で先輩が賛同する。
「それはいいことじゃ。わからないなら知ればよいのじゃ」
二人で盛り上がっているがこっちは置いてけぼりだ。一体どこに向かってんだ?
「ボクたちには見えないけれど、先輩は見えるものが怖くて困っているんですよね?」
「……怖い」
とりあえず怖いものは怖いので頷く。
「ボクは先輩に助けてもらいました。だから先輩が困っているなら力になりたいです。誰が信じなくても、ボクは先輩が見えるって言うなら信じます。そこになにがあるのか調べます。任せてください。調べ物は家業みたいなものなので得意ですしツテもあります。先輩に見えるものが現実に繋がっているものだって証明します。だから、頼ってくれませんか?」
こいつ、いきなりなんなんだよ。情報量多いし、せっかくごまかして堪えたのにそんなまっすぐこられたら隠せねえじゃん。
唇を噛むが喉の奥から声が漏れる。
「伊音くんに先越されちゃった」
隣の羽智を見る。溜まっていた涙がボロボロ落ちるのがわかった。
「正直、幽霊なんてよくわかんないけど、志紀が怖がっているのはずっと見てきたから。だからこれからは怖かったら教えて。どうしてほしいのか、どうしたいのか。一緒に逃げるし一緒に隠れるから、一人で堪えないで」
ずるいだろ。羽智が優しいのは知っていたのに。散々今まで振り回してきたのに。こんな面倒な奴見限って好きなことやればいいのに。なんでまだ一緒にいてくれようとするんだよ。俺だったら絶対ごめんだ。そんな俺なのに、俺の幼なじみめちゃくちゃ格好良くてずるいだろ。
「現実にビビってる奴の何を疑えっていうんだよ。安心しろ。マジで病気だと思ったら責任持って病院に突っ込んでやるから」
アンタ俺の父親かなんかかよ。遺影で見る限り、俺の父親、部長みたいに男臭い感じじゃないんですけど。あ~もう本当に人相良かったら惚れてた。
「よしよし。泣くのと食べるのはお子の仕事じゃ。泣きたいときは思い切り泣けばいいのじゃ」
「それ、赤ん坊の話だろ」
「長い目で見ればみんな赤子じゃよ」
トンチンカンなこといって頭を撫でてくる先輩に涙が引っ込むどころか余計に涙腺が崩壊した。もう声も何もかも抑えられなくて、かろうじて羽智にすがって泣く。危うく両手を広げる先輩に抱きつくところだった。
「なんじゃ坊、ワシが慰めてやろうとしたのに、背が足りんかったかや?」
「うっせ、ボタン留めてからいえ……うう」
止めようと思うのに止まらなくて諦めた。そのうちドラムの音が聞こえ、キーボードの音が聞こえる。もうなんなのこいつら。今まで堪えてきた俺がバカみたいじゃねえか。俺が落ち着いたのは昼休み終了の鐘が鳴った後だった。
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