第115話 戦闘不能

二人の会話を聞き、真剣な表情で朔が彌槻とアイコンタクトを交わした。



「異常身体強化を行う違法研究者の施設は、表向きには一般企業を名乗っていたり、森の奥に屈強な警備システムを布きそこに拠点を置いているという黒い噂も耳にします。何か生き物に負荷をかけているのではないでしょうか」



パッションフラワーの時には顕著だったけど、あの巨大な岩を移動させたのは自然の力ではなく、明らかに人為的なものだったように思える。

もしかするとアゲハが例年よりも早く人間の住む地区へ到来したあの時から今日に至るまでずっと、今まで起こった出来事には僕らが知らないだけで何か共通する何かがあるのかもしれない。



「いつ何が起こるかわからない。調査隊、STともにいつでも出動できるよう万全の状態にしておけ」



威勢のいい返事が炸裂するようにミーティングルームに響いた。その場にいた全員に喝が入ったように、隊員たちの表情がより一層引き締まる。



「どうした空」



鷹匠さんに声をかけられて「うん」と答える。



「少し、嫌な胸騒ぎがするんだ」


「話せ、共有しよう。その方が楽になる」


「気持ちはありがたいけど、やめておくよ。言霊になったら怖いから。それにきっと……杞憂だ」




◇ ◇ ◇




説明会を終え、小さなホールで小学生に脚力強化を披露していると、緊急の連絡が入った。

バッジから流れる緊急用の連絡通知音にはいくつか種類がある。今流れているのは、隊員の誰かが致死に至る怪我を負った、あるいは行方不明・死亡の為隊員が足りず招集された場合の一番聞きたくない音だ。

京太郎さんの時にも流れていたけど、気が動転してこんなにはっきりとこの音を聞くのは入隊当初緊急通知音について教わった時に聞いた以来だ。



「こちら流川。何があったんですか」


『こちら鏑木。例の黒い影の調査に出した隊員の通信が途絶えた。三人が哨戒に向かった例のマンションにこれから俺も入る。俺からの通信が途絶えた、あるいは指令が困難な状況に陥った場合、指揮は誠一郎に任せる』


『こちら薄野。今地図を隊員全員に送った。バッジをタップすると投影されるから。到着したらむやみにマンションへ入らず指示を待って』



秋弘と相談し、勇さんに連絡を取る。



「こちら遊木。学校にいる子ども達の通学路にこのマンションがあります。下校させずにここで避難・待機というかたちを取ってもいいでしょうか」


『こちら勇。高校もそうした、お前もそうしろ。いはるたちにも中学をそうするように言っておいた。急げ、隊長の通信もたった今途絶えたって連絡がきた』



バッジを使っていなかった秋弘の方を振り返ると、勇さんの言っていることに対して無言で頷いた。どうやら僕が勇さんに連絡している最中に、鏑木さんと連絡が取れなくなった旨の連絡が入ったのだろう。勇さんは鏑木さんと説明会の任務を行っていたはず。もしかすると最初に連絡がつかないと気がついたのが勇さんだった可能性もある。いずれにしても非常に危険な状態だ。

隊長の安否不明の連絡に動揺して顔を青くする秋弘にそっと耳打ちする。



「小学生を動揺させたらだめだ…行こう」



教師陣たちには通学路の閉鎖をするにあたり、例の黒い影について断片的に話をしてある。今下校しないでくれと頼むと、すぐに察してくれた。

脚力強化でものの数分で件のマンションに到着した。秋弘は目の前の光景に怯む足を拳で叩いて叱咤し、担架で運ばれながらぐったりとしている銅さんの割れるように裂けた両腕の治療にあたるために彼の方へ走って向かった。



「蟻道さん、現在の状況は…」


「マンション内で舞子、涙、七星の三人が行方不明。救出に向かうためマンションへ入った翔馬と雄は数秒で戦闘不能状態になり出てきた。マンションの中へ隊員が入ることを拒むように、あいつらの意思とは関係なく弾かれるように出て来たよ」



そんな…三年生である銅さんと隊長である鏑木さんが戦闘不能だなんて…。



「マンション内の廊下に監視カメラが設置されていることを確認した。その監視カメラの映像を海の持参したPCで見られるよう同機させることに慧一が成功した。が、中に監視カメラがあることを確認しに向かった海との連絡は寸刻前に途絶え、今もまだ中にいる」



三年生の調査隊は指揮を取っている誠一郎さん以外重症、二年生で他に動ける人はまだここへ到着していない。学校のほとんどは第2地区にあるからそちらからここへ向かうのにそれなりに時間がかかってしまう。



「僕、突入します」


「………本当はこの状況で一年であるお前を行かせるのは危険すぎる。かといって俺が代われば、指揮を取れる調査隊がいなくなる」



蟻道さんの言いたいことはわかる。指揮を取るのに相応しい三年生ならば、STにだっている。しかし、実戦経験のある調査隊の三年生が一人でも意識を保ったまま指示を出せなければ困る局面もあるのだ。敵が奇襲をかけてきそうな場所や攻撃の指示は、調査隊でなければ出来ない。ここでもし蟻道さんまで負傷し意識不明になったら、二年生が来るまで誰も戦闘について指揮を取れないことになる。



「他に人がいない。待っている間にも中にいる敵が外へ出てしまうとも限らない。細心の注意を払って、怪我をしようとも必ず生きて戻りなさい」


「了解」



マンションへ突入する前に、怪我を負った鏑木さんと銅さんの元へしゃがみ込む。銅さんは意識不明の重態、大量出血のせいだろう。鏑木さんはまだ少しだけ意識があった。



「どうしたの空君」


「少しだけ隊長とお話させていただいてもいいでしょうか」


「ダメよ。今はそんな状況じゃ……」


「構わない」


「雄…」


「中にいる…敵は……お前には見えない」



視覚強化をしている鏑木さんには敵が一瞬だけ見えたそうだが、それと同時に失明させられたと言う。中は五階建てで、敵は壁も通り抜けるらしい。

鏑木さんの途切れ途切れの話を聞き逃さないように注意深く聞くとそういうことらしい。



「敵は音に敏感だ。気をつけろ」

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