第112話 正しかったのはどっちかな?
しかしある日、英さんに呼び出されトンボ舎へ向かうと、そこには山内さんもいた。
「悪いね、こんな時間に呼び出して」
「いえ」
早朝、まだ太陽も空に見当たらない。けど、薄っすら明るくなってきた時間帯。
いつも彌槻君が点滴をしに行く時間だから、自然に目を覚ましていた。
「実は少し前から、僕もいはるくんも何が正義なのかよくわからなくなっててね。ただ酷い言葉だけを吐き続けてしまっていたんだ」
「俺も英がそう感じてるのに何となく気がついてたし、現に俺も同じこと考えてたわけ」
そろそろ収拾がつかなくなってきたから、答えを聞くために僕は呼び出されたらしい。でも…
「何で僕なんですか。隊長とか八十八さんとか、他にもっといるでしょう」
「なんていうか、空君って囲いみたいだから」
「悪口ですか?」
「違う違う、なんて言えばいいのかな」
英さんは「難しいな」と少しの間黙考すると、再び口を開いた。
「君は集団の中にいる時、聞き手に回りながら相手をよく観察しているよね。入隊してきた頃は八方美人で人に合わせる僕の大っ嫌いなタイプかと思ったんだけど、君は君で芯を持ってて、思ってることだってはっきり言う。その上で自分と違う人間がどんな視点でどんなことを考えているのかをよく見てる。つまりね、君が一人いるだけでその場が上手くまとまるんだよ」
首を傾げると、山内さんが苦笑混じりに説明してくれた。
「Aって言ってるやつとBって言ってるやつ、Cって言ってるやつがいたとしたら、ABC全部の要素の入ったDっていう三人がギリギリ折り合いをつけられることをさらっと何の気なしに言えるのが空だ。空のその一言のおかげでばらばらだった三人がまとまるんだよって話」
「そうそう、そんな感じのことが言いたかったの。それは紛れもない君の強みだ。で、それを僕といはるくんの和解にも是非役立ててほしくて呼んだんだよ」
そんなことが今まで強みだなんて一度も思ったことがなかったし、考えたこともなかった。人と会話している時に一歩引いたところで相手のことを観察するのは小さい頃からの癖なだけだし…。
「でもひとつに出来るって言いますけど、件の出来事で僕は二チームに分かれることを止めませんでしたし、僕自身も中立の立場を取ったわけじゃないのにどうして…」
「そりゃ空だって誰かのお人形じゃないんだから、自分の意見はあるだろ。同じ反対派の意見でも俺とまるっきりおんなじってことはないっしょ」
「反対派だけど空君の意見なら聞いてあげようってことなの、わかった?」
なぜにちょっとキレられているのか、僕は。
「とにかく…ねえ、空君。今回正しかったのはどっちかな?」
二人とも自分の主張する意見が正しいと思ってる顔だ。だけど、僕がここに呼ばれている理由は二人のどちらが正しかったかを言うために呼ばれたわけではないだろう。
二人の目には後悔もある。きっと二人の中に少しでも「間違ってしまったかもしれない」と思う部分があったからこそ喧嘩をストップし、僕に意見をもらいたいという助けを求めたんだ。
いつもならここで二人自身で折り合いをつけるところだけど、沢山の命の死が関わることだったからこそ、お互い自分の意見を譲れなかったんだろう。
「僕の思うことが正解なんですか?。だとしたら山内さんが正しいと思います。でも正しさなんて、それこそ神様にだって決められないことなんじゃないかって思いますけどね」
きょとんとした顔で空を見る涙の代わりにいはるが「何でそう思うの?」と話の続きを促した。
「例えば…英さん、メラニズムのトカゲを覚えていますか?」
涙は忌々し気に吐き捨てた。
「京太郎くんを殺したトカゲの仲間でしょ?」
それとほぼ同時にいはるも切なげに呟いた。
「残る北西の森を守ってくれたトカゲのことでしょ?」
驚いた表情で顔を見合わせ、今にもまた口論を始めそうな二人が口を開く前に空が続けた。
「お二人はメラニズムのトカゲという一つの事柄について違う見方をしている。人が見ている物は、同じものを見ていてもそれに抱く思いは人によって違う。ある人には悪、ある人には正義に見えているんです」
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