第4話:決戦の用意は周到に

「素晴らしい! 可憐で清楚で美しいですわ。立派に貴族のご令嬢に見えます。元がよろしいのでしょう。修道女にしておくのはもったいないです!」


 このムーサ連合王国の王都ロンディアへ来てすぐ。

 養父になってくださるウェルズリー伯爵家の屋敷にお邪魔しております。


 ゴットホープさまが用意してくださっていたドレスを合わせるため、着せ替え人形トルソーをしているアイザック製HAL-9801BX9です。


 訂正します。ルシェルです。

 間違えないようにせねば。


「男爵様もこれなら恥をかかずに済みますわ。きっと素敵な許嫁ができたと羨まれますよ」


 ドレスを持ってきてくれた服飾店の店員様に、お世辞99.4%と推定される感想をいただきました。


「そうでしょうか? わたくしには灰色系の服が似合うと思います」


「まさか! このようにきれいな銀髪。両手でかき上げて放すと一本一本が鳥の羽を広げたように軽くファサァっと広がる滑らかさ。

 カスミがかかったようなスミレ色の瞳。透き通るほど白いお肌。どのようにお手入れしているか知りたいですわ。この素材に灰色のドレスなど、美の女神ムーサ様に対する侮辱!」


 わたくしの好きなのは、目立たない灰色の修道服なのですが。


 野原などへ外出が出来るようでしたら迷彩柄修道服を作ります。





 リース様が参られました。


「おお。聖女……いやルシェル殿。あ、ちがうな。ルシェル嬢。その……なんだ。綺麗だぞ」


 どくん、どくん。


 また不整脈が。

 いけませんね。

 ペンダントのロケットに入れたニトロが役に立つかもしれません。


「ありがとうございます」


 どくん、どくん どくん。


 おや。

 リース様からも心臓の異常音が。


 今度、リース様用のペンダントも製造しておきましょう。




「ゴホン。早速なのだが、上官のウェルズリー伯爵に無理を言って、形だけの養女ということにできた。

 だが伯爵家の面子もある。せめて茶会を開かねばならぬとのお達しだ。

 一週間後、伯爵家にて貴族令嬢だけの茶会を催すことになった。申し訳ない」


 日本人のように頭を下げている男爵様。

 仕方がありません。男爵様の弾除けになることはタスクスケジュール上、必要な事。


 それにこちらにも利益があります。アンダーカバーとしての地位も手に入れられます。


 秘密結社のフロントとして男爵さまを操ることができれば、いろいろなことができます。


 ですからリース様を最低でも公爵に担ぎ上げることを目標としましょう。

 リース様のポテンシャルは相当高いと判断します。国王とかもいけるでしょう。


 けれど公爵くらいを目標とするならば、比較的楽に陞爵できるかと判断します。

 農作業のリーダーに選出されるよりも、はるかにたやすいとの結論。


 幸いお茶会のデータはあります。


 二十一世紀前半に流行っていた古典に、悪役令嬢物というジャンルがありました。

 これによると、よくお茶会で主人公がいじめられるというシチュエーションがあったかと。


 それを撃退すればよいのですね。


 でしたなら、その迎撃システムを構築しなくては。


 しかし残念です。

 教会の地下施設に固定されているイゴールを使えれば、御令嬢の一個師団程度は迎撃できる準備が整えられるのですが。


「ルシェル嬢。貴族の令嬢だったらお付きのメイドの一人や二人、雇うのは当たり前。こちらで用意した。使ってくれ」


 まあ。

 リース様。なかなか用意周到ですわ。

 

 さすが戦場で敵に後れを取らない方。手際がよいですね。


 準備は大事です。


「ルシェルさま。プリムと申します。よろしくお願いいたします」


 身長が百五十センティの私よりも、二十センティ以上高い背丈ですらりとした洗練されたメイド様が素敵なお辞儀カーテシーをしました。


 この方を許嫁として雇いません? と、男爵様に提案しましたらすぐに却下されました。


 おかしいです。

 わたくしのような灰かぶり修道女よりも、よほど御令嬢として通用しそうです。


「プリム。ルシェル嬢のサポート任務を命じる。元の雇い主である伯爵さまの名誉のためにも死を賭して完遂するように」


 男爵様の軍隊用語は、すこし貴族とかけ離れています。


 従者の方が必死で修正をしておりますが、長年のうちに身についた言葉使いをすぐには変える事はできません。


「プリム様。こちらこそよろしくお願いいたします。

 今回のタスクをイクジットするためのアプレットとしてのお茶会イベント。これを最適化して正常終了できるようにサポートしてくださいませ」


 その後、盛大に『インテロゲーションマークはてなマーク』で四方八方オールレンジ攻撃をしたプリム様に、言葉使いのレクチャを七日間にわたり受けたわたくしでした。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「ルシェル様。これからが本番でございます。頑張りましょう」


 プリムに一週間徹底的にマナーや言葉使い、貴族的所作、お茶の香りの選別。御茶菓子の選定とその素材や由来、製作者の噂まで、大量の情報インプットを致しました。


 プリム、おそろしい子。

 普通の人間に、ここまでの情報を集めて整理できるとは。外付けデバイス、いえ、お友達にしたいです。


 情報は大事です。



「ルシェル様。最後の確認です。

 今回のお茶会、一番のおもてなしをしなければならないのは、宰相であるペンドラゴン侯爵御令嬢アリシアさま。

 次にカンタベリア教総大司教さまの姪御ユーリア嬢。

 近衛騎士団長であるウィンゲート伯爵令嬢ジュリアさま。

 そして……残念ながらこの屋敷の主、陸軍司令官ウェルズリー伯爵令嬢エリーザさま」


 わたくしはリース男爵様の上官であるウェルズリー伯爵家の養女として迎えられましたが、これに猛反対されたのが今年十四になるエリーザさまでした。


 お気持ち、お察しいたします。

 どこの馬の骨ともわからぬ灰色の修道女が、たとえアンダーカバーとしてでも姉だと名乗られたくないのは当たり前。


 ですが伯爵さまは、子飼いのエースの頼みということで、断れないのでしょう。


 わたくしが思うに、有能な部下の離反を招かないように養女を送り込むのは常套手段。

 それを自分の娘に教えるのは貴族の常識かと。伯爵さまはエリーザ様に甘々なのでしょう。


 それを考慮しても、嫌がり方が異常です。

 悪いものでも食べたのでしょうか?



 さて。

 これから令嬢の戦場です。

 国の命運をかけた一大決戦よりも、はるかに難しい戦いとなる筈です。


 わたくしは解像度の高い映像音声記録ができるように、脳内設定を最適化いたしました。


 アイザック様が、お喜びになる記録データを収集しなくては。




 ◇ ◇ ◇ ◇



 次回。

 ルシェル、決戦に向かう!

 御令嬢の一個師団(ウソ)を撃破できるか?

 乞うご期待!


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 ★なんかもうれしいです。

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