第3話:目立たず生きるのは大変です
本日、リース様に呼び出されました。
男爵様が、このアーシモフ地方を拝領されてから、すでに九十八日と三時間三十二分十五秒。
あ、十六、十七秒になりました。
「大事な話がある」
との事。
ハッ!
もしや、わたくしが世界征服を企む悪の秘密結社を作ろうとしている事をお知りになり
お尻ペンペンの刑などという極刑は何としても避けねば。
どこから漏れたのでしょう?
暗躍させているノクタンス商会は、カバー企業として巨大なナーロウ商会を操っております。
ナーロウが各種職業の人材を養成して派遣、それが活躍することで情報網を作り上げようとしていること?
いえ。最近力を入れているアルファルファ商会による贈賄工作?
もしくはカークス商会の技術開発と、そのロイヤリティ収益が表ざたに?
今はナーロウ商会をフロント企業にしていますが、これだけでは危ないわ。
まだまだ世界征服は始まったばかり。
最近目を付けたピアン商会と、さらには
そしてそれらを全て目立たぬように。
そんなことを考えながら領主の館に向かう間に、道の側溝にはまること三回。
けつまずきアゴにすり傷をつくること二回。
牛のフンを踏むこと一回。
立木にぶつかり「ごめんなさい。ごめんなさい」と言う事三回。
「聖女殿。どうされた? ひどい恰好ではないか。賊に襲われたのか!?」
新領主のリース様が、迎えに来て下さったようです。
「済みません。交通に手間取りまして」
「たった八十メトルではないか。この領地の道路は、そんなに整備されていないのか?」
「いいえ。整備されているはずでございます。
なんのこれしき」
ぺたん。
何もない道だと思いましたが摩擦係数が微妙に違っていたようです。
見事に尻もちをついてしまいました。
少し機動力を向上する努力をしないと。一日百メトル歩く位のハードトレーニングをプランニングし、頑張りましょう。
やはり外の世界を歩くことは大変難しいです。
「なかなか器用な転び方をするな。どうやら体を動かすのは苦手と見える。さあ手につかまれ」
リース様は尻もちをついているわたくしに手を差し出しましたが、なんと非情にも途中でサッと引っ込めてしまいました。
上腕二頭筋の故障でしょうか。
戦場で鍛えられた本物の筋肉がピクピクッと収縮しました。
顔もオーバーヒート気味に赤くなっております。
やっとのこと到着した領主の館では、領主軍の兵隊さんが訓練をしていました。
農家や猟師の三男坊以下で家を継げない方たちが、志願して領主軍を編成しています。
ゴットホープさまは、ほとんどの兵を連れて行ってしまわれましたが、基幹となる下士官を残してくださりました。
私がその前の領主さまに「後に来る新領主さまのために残していってくださいませ」とお願いしたお礼だそうです。
軍隊を編成するのに、とても助かったとおっしゃっていました。
わたくしのメモリーによれば、軍の背骨は下士官であるとのこと。それを実行していただきました。
「俺もさきほどまで一緒に訓練していたので汗だくだ。ちょっと流してくる」
そういうとリース様は急いで井戸端に向かい、上半身裸になって桶の水をザバッっと。
ドクン。
なんでしょう。
脈がとびました。
狭心症でしょうか?
帰ったら地下のメンテナンス室で精密検査をしないと。
わたくしにはできなかったニトロ剤の製造を、異世界ガジェット3号『イゴ-ル』が3Dプリンターでいとも簡単に作ってしまいました。
ちなみに1号はわたくしです。
「応接間で待っていてくれ。すぐにいく」
そうして九分三十七秒後に、大変困難な
◇ ◇ ◇ ◇
「俺の嫁になってほしい」
ほへ?
解読不能な暗号です。
「いや、すまなかった。許嫁のふりをしてほしい」
「その心は?」
「社交シーズンになる。また王都に行かねばならない。
そのときエスコートする相手がいないと、ご婦人方の総攻撃が開始される。
さきほど王都へ斥候に出した部下が帰ってきた。
その情報によれば、下級貴族のご婦人方にとって、俺は絶好の上陸地点らしい。すでにご婦人方の間でつば迫り合い、艦砲射撃が始まっているとの確報だ。
この前王都にいった時も大損害を被り、俺は撃破された。
ゆえに……」
「
「頼む!
このままでは一大会戦のただなかに、ひとり立ち尽くす無防備な子供となってしまう」
「弾除けという事ですね」
げっそりとした表情は、先ほどまでの精悍さが見る影もなく。
男爵いわく。三十近くになるまで、体を鍛え、戦の知識と経験を身につけるためだけに時間を費やしてきたので、ご婦人と付き合ったことがないと言います。
そればかりか言葉を交わしたこともほとんどないそうです。
このままでは裕福な男爵領が見知らぬ女性と、その一族に乗っ取られてしまいます。
仕方ありません。
ここはわたくしが、アイザックさまにインプットしていただいた男女交際のスキルを使って……
??
ありません。
男女交際のスキル、テクニックデータがすっぽり抜けています。
こういう時はコメントヘルプページを見ましょう。
「ルシェルは男女交際厳禁。ルシェルちゃんはアイザックのもの。イエス、ルシェル。ノータッチ!」
・・・・・・
アイザックさまの御心は計り知れません。
きっと深い意味があるのでしょう。
わたくしは知識がないまま困難なタスクをこなさねばならないようです。
「はい。ここは男爵様をお助けするのが最適解と考えます。できる限りの事は致しましょう」
男爵領のおんぼろ教会という、格好の隠れ家を維持せねばなりません。
「そ、それはよかった!
いや、すまない。好きでもない男の許嫁のふりをするなど、聖女とうわさがたつほど清廉な修道女に頼むことではないのだが。ほかに適任がいないのだ」
はぁ。
やっと軍事と内政についての引継ぎと、それに伴う人事、技術指導のマニュアルとスケジュールなどなど、わたくしでしかできないことがすべて終わりましたのに。
あとは秘密結社の拡充に全力を入れられると思っておりました。
「それで、わたくしはここにいればよろしいのでしょうか? ふりをするだけでよろしいのでしたら、ここで仕事をしております」
「何を言うのだ。もちろん俺と共に王都へ行き、許嫁のふりをしてもらう。それから俺に伝手のある貴族の仮の養子になってもらい、社交シーズンを過ごしてもらう」
「わたくし。平民の出ですわ」
「かまわん。俺を含めて家臣のほとんどが、元は平民だ」
「この村から出たこともありません」
「まかせろ。安全に連れていく。武力には自信がある」
「服は修道服しか着たことがございません」
「ゴットホープ殿が用意してくれている」
「社交ダンスなど……」
「俺もできん」
「お金は……」
「報奨金がたくさんある。心配するな」
何という事でしょう。
逃げ道がふさがれました。
これでは本物の貴族のようにふるまわねばなりません。
目立たないという最優先条件を満たすことができなくなります!
万能なるアイザックさま、お願いです。お助け下さいませ。
◇ ◇ ◇ ◇
次回。
ルシェル、王都に立つ!
ルシェルは生き延びることができるか。
乞うご期待!
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