第5話:お茶会は二律背反です
「あら。あなたが今度ウェルズリー伯爵の養女になられた方? なんでもつい最近まで修道女をしていらっしゃったとか?
リース男爵に一目ぼれされて、形ばかりの養女ですって?
伯爵さまも部下に甘いわね。あのような前途有望な新貴族の許嫁に、一介の修道女を自分の養女にするだなんて」
豪華な金髪を立て巻ロールというドリル髪にしている二十歳手前の令嬢。この方がペンドラゴン侯爵御令嬢アリシアさまですね。
わたくしに対する好感度はマイナス56%というところでしょうか。
鼻を上げて顔を反らせています。
貴族令嬢としてどうかと思う仕草。
それが許されるのは上級貴族だからでしょうか?
「アリシアさまのおっしゃる通りですわ。ユーリアは叔父様にたしかめたところ、出自が定かでない修道女が地方の民草を惑わして、異端の教えを流布しているとの事。
もしかしたらこの方なのでは?」
薄いブラウンの髪を長い三つ編みにしている可愛らしい御令嬢が、その外見からは想像もつかない冷酷な目でわたくしをにらみつけてきます。
このかたがカンタベリア教大司教さまの姪御ユーリアさまなのでしょうか。
異端審問はまずいです。
なんとかカンタベリア国教会の目をごまかさねば。
「私ども上位貴族は、新男爵など相手にするのも馬鹿らしいですが、子爵や男爵家の令嬢にとっては、ちょうどよいお相手ですわね。
ウェルズリー伯爵さまとも親しくしていただけるようになることを考えれば、とてもよいお方」
右手で開いた扇子で口元を隠し、さぞ自分は興味のない振りをしている方は、近衛騎士団長であるウィンゲート伯爵令嬢ジュリアさま?
同じ陸軍でしたら今を時めく、先の決戦で勇名をはせたウェルズリー伯爵との縁組みはきっと垂涎の案件でしょうに。
内心では自分こそふさわしいと思っていらっしゃるようです。
「あら。こちらが尼寺から来た方ね。何でも周りの殿方を次から次へと惑わしているとの噂ですわ。
あのリース卿も毒牙にかかってしまいました。
更に、わたくしの父であるウォーレン=ウェルズリーもその毒牙にかかってしまい。わたくし、決して許しません!」
燃えるような赤毛をハーフアップにした元気すぎると噂のエリーザさまが、ハンカチをわざとらしく目元に持って行き、涙を振り払う演技をしつつ宣言しております。
すでに一度お会いしているのもかかわらず初対面のフリ。
どうもこの戦場では、わたくしの味方がいないようですね。
この四名のかたを中心とした、四つのグループができているようです。
プリムのおぜん立てにより、庭園が一番よく眺められる広場に四つのテーブルをおき、それぞれ数名の御令嬢が腰かけております。
わたくしはそれぞれのテーブルに、ホステスとして回っていく予定です。
まずは緒戦の一撃。
「皆さま。この度は、わたくしウェルズリー伯の養女ルシェルのお茶会にご参会下さり、誠にありがとうございます。
ささやかながら精いっぱいのおもてなしをさせていただきます。
この度の養女の件にて、色々とご不興を買う行いをしてしまい誠に申し訳なく思っております。
その件につきましては、これを真摯に受け止め改善に努めてまいります」
そしてアリシアさまへにこやかスマイルで、
「アリシア様、ウェルズリー伯爵さまへその点を改善していただくように取次ぎをしておくよう心がけます」
次に顔をユーリア様に向け、
「ユーリア様、異教の民を許されざるというお気持ち、共感いたします。わたくしもそのようなものに出会いましたら、総大主教猊下への報告、必ずやいたします」
さらにジュリアさまへは、
「ジュリアさま、陸軍の英雄、あまたあれどもウィンゲート卿に及ぶべくもございません。リース卿もそれをご存じのはず。お会いした時には、その勇敢な戦いぶりの一部でもお伺いしたいですわ」
最後に、
「エリーザさま、この度は理不尽な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございません。つきましてはこの後……」
ごつん。
長々と接客クレーム対処フレーズをよどみなく申し上げていると、知らぬ間に後ろへ回ってきていたプリムが、わたくしの向こうずねに目立たぬように蹴りを入れてまいりました。
これは、アザが出来きたようです。
自分に一撃が返ってきてしまいました。
あとで自家製消炎鎮痛剤を処方いたしましょう。
「お嬢様、長いです」
「そんな。丁寧な対応がお客様の怒りを鎮めるとマニュアルには書いて……」
「何のマニュアルですか。貴族はマウントの取り合いがすべて。
わたくしのセコンドが小声でアドバイスを送ってまいります。
「そ、そうですわ。本日はお茶のお披露目も兼ねておりますの。インドア大陸で穫れた一番茶を、カティ伯爵の持ち船とサーク子爵の持ち船でティーレースを致しました。
勝ったのは、ご存じの通りカティ伯の船で、その差わずか一日。このお茶のうち、最高グレードの新茶を分けていただきました。
どうぞお召し上がりください」
今話題のティーレース。
実は、わたくしが興行元です。
ですので貴重な積み荷を簡単に分けていただけました。
運よく東インドア会社を買収できたので、これから毎年このレースを主催できます。
来年は賭け事の
「ま、まあ。不味くはないですわね」
「そ、そうね。昨年の茶葉よりも少し香りが良くてよ」
少しマウントを取れたらしいです。後ろでプリムが「次の攻撃です」との小声でコマンド。
「次は趣向を変えて、アイスティーというものを。この氷はわたくしの許嫁のリース卿が、このお茶会のために用意してくださいました。
どう猛な生き物が多数生息しているスカンジア半島まで、単身出向いてくださいました」
うそです。
一人で行っても持ち帰れないし、二千キロル離れている場所にこんな短期間で行けるはずもないです。
地下室の冷蔵庫で作り運ばせました。融けずに残ったのは9%程度でしたが。
「そ、そうなのね。どうりで愛情がこもっている気が……」
「で、でもすぐに融けてしまいましたわよ」
マウント逆転中でしょうか。
プリムが「ルシェル様、とどめです」とのこと。
「つぎに遠く東の島国、ジャポネ皇国から取り寄せた化粧品。いままでの白粉とは全く違い、まずは乳液でお肌に保湿成分を。次に日差しをカットする素材を混ぜた基礎化粧をして……」
そしてちらりと、ある男爵令嬢を見る。
「ああ、そこのお方。お肌をもう少しだけきれいに見せることができそうですわ。こちらへいらっしゃらない?」
サクラです。
ノクタンス商会が陰で乗っ取った老舗のフランシス商会の分家である男爵家の令嬢。新たなる融資をエサに仕込みました。
「こうやって元の白粉を落とすと、いままでの白粉が肌をがさつかせているのがわかると思います。ですからこの乳液で……」
みなさまの目が男爵令嬢の新しいメイクに見惚れています。
もちろん、わたくしが化粧をしているのではなくプリムがやっています。
わたくしがやればモンスターのような顔になることは、すでに自分の顔で検証済みです。プリムの顔にもやってすごく怒られました。
これでフランシス商会から、この基礎化粧品を売り出せばロイヤリティ収益で……
……あ、何という事でしょう。
また金貨がプールされてしまいます。
わたくしの苦手な金貨。
しかしアイザックさまの命令を実行するには大切な金貨。
わたくしのプログラムがおかしくなりそうです。
アイザックさま。
今度、デバッグをお願いいたします。
わたくしに必要なのは消炎鎮痛剤ではなく、コードスキャンツールのようです。
◇ ◇ ◇ ◇
次回。
ルシェル、禁断の極秘作戦を開始する。
あなたの腹筋、崩壊させてア、ゲ、ル。
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