地元の本屋さんが閉店してしまった話

ひなた華月

地元の本屋さんが閉店してしまった話


いよいよ始まったKAC2023の最初のお題は「本屋」。


ならば、本屋さんを舞台にした愉快な話や、本の出会いを通じた甘酸っぱい青春模様、果ては偏屈的な本への愛情を綴るべきだと私自身が思います。

ですが、題名から既にお分かりかと思いますが、私が選んだ題目は地元の閉店してしまった本屋さんの想い出について語ろうと思います。


では早速、本題に入るのですが、先日、友人の結婚式へ出席するため地元へ帰省したのですが、子供の頃から通っていた本屋さんが閉店していました。


その本屋さんは私の住む町から一番近い駅前にあったものの、なにぶん田舎の町なので都会にあるような大規模な本屋さんではありません。ですが、私はその本屋さんにおそらく上京するまでの約20年間程通い続けていました。


最初に、その本屋さんで母親から図鑑を買ってもらったことは、不思議と今でも覚えています。それは私が小学生に入学したときのお祝いに買ってくれたものでした。当時はカラーで印刷された図鑑を眺めては、子供なりにワクワクとした気持ちを弾ませていたと思います。


それからは、「本が欲しい」と言えば、その本屋さんへ連れて行ってくれることが当たり前になり、私は母親が買い物に連れて行ってくれる間も、その本屋さんへ行き沢山置いてある本の背表紙を見ては、どんな話なのかと想像を膨らませるのが楽しみでした。


また、お小遣いを貰って、欲しい本があれば片道30分以上かけて本を買いに行くこともありました。好きな作家さんの新刊、漫画の発売日、ゲーム雑誌などなど……自分の趣味が広がっていくにつれて、その本屋さんを利用することが多くなりました。特に高校生になってからは、学校帰りには殆ど毎日寄って棚を眺めては、その本屋さんが推している作家さんや作品などを把握するのが日課となっていました。


ただ、こんなことを書くと、その本屋さんの店員さんなどとのエピソードを期待されるかもしれませんが、そういったものは全くありませんし、特段仲の良い店員さんがいたということもありません。精々、初めてポイントカード制度が導入されたときに、おそらく自分が初めての登録者だったので、店員さんと一緒に携帯登録ってどうやるんだ?と、四苦八苦したくらいです。



それでも、私にとっては、ずっと当たり前のようにあった場所でした。



そんな本屋さんの前に『〇月〇日をもって、当店は閉店いたしました。30年以上、当店をご利用していただき、本当にありがとうございました』というお知らせが書かれた紙が貼られ、入り口の窓ガラスからはコンクリートの壁に囲まれただけの広い空間が広がっている場所に変わっていました。それを見た時、私はどうしようもない虚無感に襲われたのですが、それをどう呑み込めばいいのか全く分からず、しばらく呆然と佇んでいたと思います。


勿論、本屋さんの数が全国的に減っているというのはニュースやネット記事にもなっている問題ですが、その問題に自分自身が直面したのは、まさにこの瞬間でした。今はもう、ネット書店などもあったり、電子書籍があって、十人十色の読書体験があるでしょうし、便利な世の中になりました。ですが、貰ったお小遣いが入った財布を握りながら本を買いにいくことも、母親の買い物が終わるまでの間ずっと眺めていた本との出会いは、この場所でしか体験できなかったことだと思います。


なので、後悔があるとすれば、出来れば帰省する前にもう一度だけ、その本屋さんで本を買いたかったです。


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