好きだ 孝司の優しいキス

春乃が孝司と喧嘩をしたと聞いた晴人は、自分のせいだからと、孝司に謝りに行った。

そんなことをすれば、火に油を注ぐだけなのに、芸術家はその気持ちを汲み取れない。


晴人は、春乃から孝司の家の住所を聞いて、家の前で待ってた。

孝司は家の前に晴人がいるのに気がついた。

孝司は何も言わずに、晴人の前で止まった。

「あの、孝司君…?」

「はい」

「あの、春ちゃんのことなんだけど…」

(春ちゃん?)

「俺と春ちゃんは、何でもないから」

「…」

「ただの、画家と、モデルだから…」


「画家とモデルって、カップルになること多いですよね」

「違う違う」

晴人は慌てて言った。

「先生は否定しても、春乃は先生が好きなんじゃないですか?」

「え?!そうなの?」

「…」

「いやでも、孝司君と喋れなくなって落ち込んでたから」

「友達じゃ、いられなくなるからでしょ」

「友達じゃ、いられないの?」

「…いられない」


「だから、先生。あいつのこと、よろしくお願いします」

そう言うと、晴人の脇を通って家に入っていった。



「春乃と孝司、どうしちゃったの?」

佐和は昼休みに春乃を呼び出して聞いた。

「あのね…、私が晴人さんを好きだと勘違いして。何故かそれで急に怒って…」

「…もうっ!春乃ってさ。恋愛レベル1だからって、それに慣れちゃだめだよ」

「?」

「孝司が、どう思うかって、理解しようとしなきゃ…」

「でも、しゃべってくれない…」

「孝司は、とっくに春乃の事、好きだよ?」「え?」

「晴人さんとのこと、誤解なら、ちゃんと言わないと」



春乃は、学校帰りに孝司の家に行ってみることにした。

(勉強中かな…)

ピンポン

チャイムを鳴らした。


「はい」

孝司の声だった。

「春乃だけど」

「…何?」

孝司はインターフォン越しに、聞いてきた。

「…晴人さんの事、誤解だから…」

「…その晴人さんて呼び方やめて…」

孝司はボソッと言った。

「え?」

「何でもない。その晴人さんはこの前、家に来たよ」

「なんで?」

「春乃の事、よろしくお願いしますって言っておいたから」

「何で…」

「…勉強中だから、切るね」


ピンポン

また春乃がチャイムを鳴らした。

孝司は通話ボタンを押したが、言葉は発しなかった。

「会いたい」

「会えない…」

春乃は孝司がインターフォン越しにいるのがわかった。

「好きだよ」

「…勘違いだよ…」

「10年も勘違いしない」

「…」

「孝司…、会いたい…」

そういうと、涙が出てきた。


孝司がこれまでに見た春乃の涙は、今回で、たった3回。

春乃の気持ちが嘘じゃない事がわかった。


ガチャ、バタバタバタッ。

インターフォン越しに、孝司の慌てた音がした。

ガチャ。

孝司は玄関を開けた。


「…」

孝司は何も言わず、春乃をそっと抱きしめた。

「孝司…」

泣きながら、孝司の服を掴む。


「春乃…」

「…」

「春乃…」

「…なに…?」

「…好きだ…」

そう言うと、春乃の頭を包み込むように、抱きしめた。


「私も」

「…」

「好き…」

二人はちょっと離れて見つめあった。

久しぶりに見たお互いの顔は、今まで見た中で一番真剣だったかもしれない。


「春乃…嫌だったら言って…」

孝司は、春乃の頬を手でそっと触る。

春乃は、ちょっとだけ目線を下げる。

孝司は少しずつ、手を頬にしっかり触っていった。

親指で春乃の頬をサッとなでる。

その指が唇に触った。


「春乃…」

名前を呟いたあと、優しくキスをした。


孝司も目が潤んでいた。

その顔を隠すように、また抱きしめた。


「…孝司…」

「…ん…?」

「恥ずかしくて爆発しそう…」

孝司は、サッと春乃の顔をみた。

春乃は下を向いて顔を真っ赤にしていたが、その手はしっかりと孝司の服を掴んでいた。

「…」

孝司が無言なので、春乃は不安になって、孝司の顔を見た。

急に春乃が顔を覗いたので、孝司はびっくりした。

そして、孝司も顔が赤くなっていった。


ゆっくり体が離れていく。

お互い手だけは離さなかった。


「…」

「相変わらず手、冷たいね…」

「うん…」

「孝司は温かい…」

「うん…。冷えた事ないから…」


初めて二人は笑った。


「完全に…」

「?」

「ヤキモチだった…」

孝司は白状した。

「ごめん」


「悲しかった…」

「うん、ごめん…」

「もう、一生喋れないかと思ってた…」

「ごめん…」


もう、日が落ちかけていた。

「家まで送る…」

そう言うと、孝司は、春乃の手を軽く引っ張って歩き出した。

二人は無言だったが、気持ちは温かかった。


2人は春乃の家に着いた。

「じゃ、また明日…」

「うん…」

「…明日は…一緒に帰りたい…」

孝司は照れて言った。

「うん」

「じゃ、帰りいつもの場所で…」

「うん」


前みたいに、ゆっくり余韻を残して、指を離す。

2人とも照れながら笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る