恋人ごっこ、やめよ

春乃は画家の中山晴人のモデルをすることになった。


次の日、学校からの帰り道、孝司と春乃はいつも通り手を繋いで帰っていた。

「あのね、昨日、電車で中山晴人に会っちゃって」

「へぇ」

「そしたらね、私の事覚えててくれてて」「へー、すごいね」

「そうなの!でね、」

「うん」

「モデルやってくれないかって」

「モデル?」

孝司は驚いた。

「ヌードとかじゃないよ。普通に服着てだって」

「…大丈夫?」

「うん」

春乃は楽しそうに答えた。



春乃はずっと憧れてた中山晴人のモデルになれてすごく嬉しかった。

モデルをしてくれた代わりにと、大学で彼の作品を見せてもらえたり、面白い話しをしてくれたりした。


「え?中山さんて、18歳なんですか?」

「うん。俺ふけて見えるから」

中山晴人は笑って言った。

春乃は、大学のアトリエで中山晴人のモデルをしながら話をしていた。

「私の3個上なんですね」

「そうそう。できればさ」

「?」

「敬語やめてくれない?年近いし、話ずらくて…」

「はい」

晴人が笑って横目でみる。

「あ…うん」

晴人は笑う。

「あと、できればでいいんだけど、下の名前で呼んでくれたら…」

「え?晴人さん?」

「うん、周りの友達、皆そう呼んでるから」

「はい」

晴人は春乃を睨んだ。

「あ、うん」

また笑った。


春乃はよく、晴人の話を孝司にした。

「晴人さんのね、絵を近くで見るとすごいの。すごい細かいし、なのに色使いが大胆で…」

「へー」

「でね、昨日聞いたんだけど、晴人さん、18歳なんだって。若いのにすごいよね」

「へー。すごいね…」

「ね」


春乃はすごく楽しそうに報告した。


春乃がモデルの仕事をやりに行った次の日は、必ず孝司にその話をした。


孝司は、正直あまり聞きたくはなかった。

自分といるより楽しそうだと思った。


晴人は、絵の事だけではなく、自分のデザインの製品開発をしていて、さらに大学は、医学部に在席してて成績もトップクラス。


その経歴がすごすぎて、孝司は

勝てない…と思っていた。


春乃は、そんなふうに孝司が悩んでいるのに、気づいていなかった。


ある日の帰り道。

「…」

孝司はずっと黙っていた。

「…孝司、どうしたの?」

「うん…」

「?」

「中山先生?」

「うん?」

「好きでしょ?」

「え?!」

春乃は驚いた。

「見てればわかるよ」

「違う」

春乃は必死で言った。

「俺の事好きなの勘違いじゃない?春乃、恋愛偏差値低いしさ。」

孝司は嫌な言い方をした。

「も、恋人ごっこやめよ」

「…」

スッと、孝司の指先が春乃の手を離れた。



その後2人は、一緒に帰る事はもちろん、ほとんどと喋ることがなかった。

春乃から話かけても、孝司は強引に1ターンで終わらせた。


孝司は、晴人の事でずっと悩んできたが、春乃は急に孝司が怒ったと思い、訳が分からなかった。



晴人のモデルの仕事に行った日、春乃は晴人に孝司の相談をした。

「そっか…。ごめんね、彼氏とケンカさせちゃって」

「ううん。それに彼氏じゃないし」

「そうなの?」

「うん…」

「俺と春ちゃん、全然そんなんじゃないのにね」

晴人は、春乃のデッサンをしながら話す。

「うん」

春乃はもちろん、晴人も芸術家だけあって、少し感覚がずれている。

相手がどう思っているかを読み取れない。

なので実は相談になっていなかった。


「もう、一生話してくれないのかな…」

春乃は途切れそうな声で呟いた。

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