あなたの本屋

宿木 柊花

忘れもの

 子供の頃から夢だったロボット開発の仕事に就き、趣味の小説は悩殺される日々の中でも絶えず続けてきた。

 でも最近は何か違う。仕事も趣味も面白く感じない。行き詰まったわけでもマンネリ化したわけでもない、むしろ仕事も趣味も順調に好転している。

「何か違うんだよね」

 言葉にしても心のほつれは戻らない。

 本屋でも行くか。

 私は机上からゴーグル型デバイスを取ると充電残量を確認してから装着する。


 昔は本屋という建物に足を運んだそうだが、今となっては電子化細分化され、その人の趣味趣向心理状態にピッタリな本屋が現れる。買い物は電子と紙媒体が選べて私はもっぱら紙媒体を選ぶ。


 そうこうしているうちに本日の本屋が表示される。

 書籍量は少ないのか厳選されているのか、私の前に三冊の本が浮かんでいる。

 どれもハードカバーに箔押しのタイトル。

 価格は通常の本の

「高ッ!」

 思わずデバイスをはずしてしまった。

 もう一度装着し、店名から口コミまでチェックする。悪徳や転売業者だったら即時通報せねばならない。


 店名【あなたの本屋】評価は五段階中の三。評価の詳細は最高と最低が半々、口コミを見て驚いた。

 敬愛する作家陣がこれでもかと並んでいる。

 そして一様に最高評価と『また来る』『なくてはならない』等の口コミを寄せる。

 最低評価陣は一般人のようで『燃やしたくなった』『殺意すら沸く』等の物騒な口コミが並んだ。


 私はどちらになるのか。

 あらゆる好奇心に背を押され、戸惑いつつも本を開く。

「ぬぁ」

 声にならない叫びと共にデバイスを投げた。

「ありえないありえないありえないありえない、ありえない!」

 脳が溶けたかのような衝撃。

 いまだ心臓は跳ね回り、顔はタコより赤くなっている事だろう。頭から湯気が出ててもおかしくない。表情筋は統率を離れ、全身の骨も内臓もねじれてしまう。


 羞恥。


 あれは実家を離れる際に燃やし尽くし、残った灰すらも地に埋めた代物。誰の目にも触れてはならない人生の恥部。

 いわゆる

 なぜあんなものが……。

 なぜあそこまで見事に製本されている?


 心臓をなだめてもう一度覗きに行こう。尊敬する小説家も通いつめる本屋、何も意図がないわけではあるまい。

 店名【黒歴史書店】と変わった。

 とんでもない店だった。

 ハズレ書店じゃないのか?

 先ほどの三冊をじっくりつとめて冷静に見る。


 一冊目は起承転結も知らないような子供の頃に書いた、人生初の小説。


 二冊目は初めて完結させた小説。


 三冊目はクラスに回されて笑われた自信作。


 どれも心に重い。何度デバイスを投げたくなったか分からない。

 だけど、どこか温かい。


「あの頃は楽しかった」

 初めて小説を書いたときのワクワク。

 苦労して初めて【完】と書けたときの私だけの特別な達成感。

 みんなに笑われたけど一人だけにもらった『面白かった』の一言。

 どれもいつの間にか無くしてしまっていた私だけの宝物。

 いつの間にか大人になり、そんな余裕もなくなって誰かに見られたら恥ずかしいと処分した物たち。

 小さな頃は他人なんて気にしなかったのに……。

 改めてよく見れば人生の処女作が製本され嬉しくないはずがなかった。

 しかもここは正真正銘の書店。

 私の本が書店に並んでいる。

 心が震える。

 これをなんと表現していいのか今の私にはまだ分からない。

 だけど私に分かることもある。


 私、小説家になりたい!


 並んだ自著を見てハッキリと自覚した。

「これください。紙媒体で」

『まいど~』

 と左右のバランスの取れないロボットが頭を回しながら陽気に現れた。

「お前までも……」

 やはりこのロボットも黒歴史。

 私の自由研究で初めて回路から作ったロボットだった。回路も接続も甘くて歩くたびに頭がくるくると回る。

 作っても完成してもすぐ壊れちゃっても、めちゃくちゃ楽しかった。

 そして今の私がある。



 買い物を終えた私は口コミに最高評価を記す。もっともっと高く評価したくても五までしかないのが悔やまれる。


 いつになく視界が鮮やかに彩られ、呼吸が楽になった気がする。

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