連作『十二の月虹』 作品解説

作品解説 ――Moonbow

 連作『十二の月虹』は、香鳴裕人さんの企画である「同題異話SR」に参加するために書かれた作品をまとめたものである。


 同題異話SRは、2019年4月から2020年3月まで、毎月1回、全12回によって行われた企画。

 お題としてタイトルが提示され、そのタイトルに基づいて作品を書く、というもの。作品は小説だけでなく、エッセイや詩などでもOKとされていた。


 私は9月の「夕紅とレモン味」の際にこの企画を知り、参加してみることにした。当時の私はカクヨムを利用したばかりで、ひととおりカクヨムの機能を利用しておこうと思っていた。それで、企画というシステムにも参加してみようと思ったわけである。


 というわけで「夕紅とレモン味」を書いたのだが、作品を読み返していると、どうしても気に入らないところがあった。

 あの作品自体、通常の物語の構成をしておらず、わけのわからない内容で、読んで面白いと思ってもらえるか怪しいものではあるし、締め切りがあるために無理矢理妥協した部分もある。

 だが、作品そのもののデキ云々以前に、全12回の企画に1回だけ参加したのが中途半端な気がしたのである。12回全部の作品が揃って、初めてこの作品は完成するのではないかと思えた。


 今から12回分の作品を揃えるのは容易なことではない。そのためには10月以降、毎月の企画に参加するのはもちろん、すでに終了している4月から8月までの課題も同時にこなさなければならない。

 また、作品集として統一感を出したいなら、課題とは別に何か仕掛けが欲しい。全作品が揃ったときに美しく見える工夫が欲しいが、それについても考える必要がある。


 面倒くさいしやめとこうかな、と思いかけたとき、私は主催者のライナーノーツに「十二の月虹」という副題が付いていることに気付いた。「これだ」と思った。全12作が揃ったとき、月虹が完成するというコンセプトはなかなかイイ感じである。

 というわけで、全12作にそれぞれ赤外から紫外までの色の副題を与えることにした。おかげでタイトル縛りに加えて色縛りまで付くことになり、余計に自分の首を絞めることになったわけである。


 以下に、作品を書く際にまとめたノートや構想、作品解説などをまとめておく。課題付き小説を書く際の参考になったりすれば幸い。



■4月「桜花一片に願いを ――Infrared」


 桜は日本人の死生観を表した花。ぱっと咲いてぱっと散る。輪廻の象徴。

 俳句で「花」というと基本的に桜を意味する。

 散る花一片に願いをかけるというタイトルからは、死や再生のモチーフが真っ先に浮かぶ。あまりひねらずに、ストレートに書いた方が良さそうな課題。



 もともとの計画では、「桜花一片に願いを」の副題は"Red"だった。「赤」から「紫外」までで12本作って、それとは別に"Infrared(赤外)"と"Moonbow(月虹)"のプロローグ、エピローグを付ける全14作の予定だった。

 しかし、3月のお題が「桜花は一片の約束」という、明らかに4月のお題のリフレインだったことから計画を変更し、「桜花一片に願いを」を"Infrared"にしてプロローグ的な作品へと作り替えることにした。そのため、この作品単体では食い足りない作品になっている。


 作品としては、11月と3月の作品と関連があるように書いている。詳細は当該月の作品解説で述べる。



■5月「きみに会うための440円 ――Red」


 440円をどう作品に入れ込むかがポイントになりそうな課題。普通に考えると交通費。予想外の440円が思いつくなら、その意外性だけでモノになるが、素直に仕上げてもいい気がする。



 このタイトルを見た瞬間から、お金が足りなくて電車に乗れない話にすることだけは早い段階で決めていた。

 ただ、具体的にどういう作品にするかはなかなか決まらなかった。当初の予定では、死んだ恋人に会うために電車に乗る男の話、みたいなのを構想していて、「電車に乗る資格はお金で決まるもんじゃない」とか、哲学的不条理な方向で作品を書こうと思っていた。

 それはそれで興味深い作品は書けると思ったのだが、あんまり説教くさい作品は書きたくないな、という気分があって、最終的には主人公の動機を省くことにしたのだが、あんなに小噺っぽい形式になるとは自分でも思っていなかった。



■6月「字句の海に沈む ――Vermilion」


 このタイトルは、小説以外の作品が参加しやすいようにする意図があったらしい。確かに、自分の読書歴を紹介するなどのエッセイなんかは、かなり書きやすいお題である。


 一方で、このタイトルから小説を書くのはなかなか難しい。図書館にこもりきりになる人の話とか、そんな感じか?



 私はこのタイトルを見た瞬間から、そのまんまタイトル通り、字句の海に沈む話を書こうとは思っていた。

 ただ、当初、この作品の副題はOrangeにするつもりだったので、どうやってオレンジを絡めるのさ、というところで行き詰まっていた。


 3月のお題が出た際に、「桜花一片に願いを」をRedからInfraredに変えたという話は書いたが、それによって他の作品の色もズレることになった。

 色がズレたおかげで、だいぶ書きやすくなった作品である。


 ヴァーミリオンは朱色のことで、この色は硫化水銀によって作られるために「銀朱」とも呼ばれる。私のペンネーム(涼格朱銀)にも引っかかる色だったりするので、あえて作中に朱色を入れずに、物書きが主人公になっていることでそれに替えている。



■7月「夏思いが咲く ――Orange」


 全12回の中で、このタイトルが一番何も思いつかなかった。どうしても恋愛系の話に引っ張られやすい。その発想のまま素直に書くなら簡単だが、おそらく他の人と被りまくるだろう。

 

 タイトルを素直に解釈すれば、花火を見ながら一夏の恋が咲いたとか、そういう方向に思ってくのが王道かな、と思う。もしくは、夏休みの課題で育てたひまわりが元気に咲いたとか。

「咲」という漢字は「笑」の旧字なので、笑顔とも引っかけたりできると気が効いているかもしれない。



 私は、木に花火が咲くようなイメージはどうかな、と思い付いたものの、それをどう作品にするかが全然決まらず、悩んでいる内に時間は過ぎ、3月中に6作書かにゃならん事態になってしまったので、とにかく仕上げることになった。その影響で「思い」の部分が未消化気味になっている。

 素直に登場人物を男女にすれば、そこは解消出来たのだが、どうしても恋愛ものにはしたくなかった。



■8月「一夜のキリトリセン ――Yellow」


 詩的なタイトルのため、歌詞を書くなら簡単だが、このタイトルから小説を発想するとなると結構難しい。

 このタイトルからの発想は、大まかには2種類考えられると思う。

 ひとつは「タイムリミット」と解釈すること。キリトリセンを前後に何かが終わり、何かが始まる。

 もうひとつは、切り取って保存したくなるような一夜の思い出、と解釈すること。



 私はこのタイトルを見たときから、「夜空に切り取り線があるから、月に乗って空を飛び、空を切りに行こうぜ」という話を書こうと思っていた。

 ほぼ、当初考えていた通りの内容になったが、天の川を切るのは書いていて思いついた。切り取り線ができていたというけど、具体的にどこに線ができたんだろう? と考えたとき、8月の課題なんだから、織姫と彦星の辺に垂直ってのがいいか。おっ、それなら天の川をぶった切るってこと? そりゃいい、となったわけである。



■9月「夕紅とレモン味 ――Lime」


 私がこの作品集を書くきっかけになったお題。

 お題そのものは超簡単。夕方か、夕焼け色とレモン味さえ出てきたらいい。



 最初書いたときには色の副題を付けるアイデアはなかったが、後に12色の副題を付けるという構想に基づき、黄色か、黄緑色系の副題を付ける必要が生じた。黄色にしてLemonにする手もあったが、それはそのまんま過ぎてつまらないだろうということで、少し外してLimeにした。「レモン味」はあくまでレモンっぽい味というわけで、レモンそのものでなくてもいい。


 この作品は、書きかけのまま3年ほど放置していた作品が元になっている。

 仮題は"High Hopes"。Pink Floydの"High Hopes"という曲があって、それのPVがあるのだが(Youtubeで公式が公開している)、あれを観て「PV的な小説が書けないかな」と思った。個々の描写やシーンだけ読むとわけがわからないけど、全体として読めば意味らしきものが見えてくるような小説、と言えばいいのか。


https://www.youtube.com/watch?v=7jMlFXouPk8

 Pink Floyd - High Hopes (Official Music Video HD)


 それで書いてみたのだが、どうしてもうまく書けず、3年間も、書いては消しを繰り返していた。


 いい加減、いつまでも完成しない小説を書いててもしょうがないと思っていたとき、この企画を知った。企画に参加して締め切りを作ってしまえば、嫌でもこの作品を完成させて手放さざるを得なくなる。結果としてすんごい駄作を書くことになるかもしれないが、とにかくもう、この亡霊のような作品に手を掛けるのはやめよう、と。


 もともと、いつまでも夕陽の沈まない草原を舞台にした作品だったので、レモン味だけどうにかすれば参加できた。そういう意味では楽だったが、3年がかりで仕上がらなかった作品を10日(この企画を知ったのが9月10日くらいで、締め切りぎりぎりではなく、20日前後には仕上げるべきだと考えたために、リミットは10日ほどだった)で完成まで持って行くのは相当苦労した。



■10月「愁いを知らぬ鳥のうた ――Green」


 企画者はこのタイトルを難しいと考えたようだが、私はさほどでもないように思った。


 このタイトルの解釈方法は、大きく分けて2つあると思う。ひとつは「愁いを知らぬ鳥」というのを擬人法と捉えること。つまり、無邪気な子供とか、歌手とか、そういう方向で考える手。実際に、その方向で書いた人は結構いた。

 もうひとつは、主人公の愁いを強調するために、無邪気に鳴く鳥を登場させる、という手。不治の病にかかった人や、これから死ぬとわかっている任務に赴く人が、鳥籠から鳥を放すシーンを、漫画やアニメや映画などで観たことはないだろうか。アレである。



 私は、というと、2年ほどいじくり回して完成しなかった作品を元にして書いた。この企画に合わせるためにプロットをいじったりしていない。そのまんまである。もともとカラスが登場するから、そのままいけた。


 この作品は、「舞飛ぶ本の断片が空中で燃えだしてカラスになったりなど、動画として表現したら比較的簡単に受け入れられるイメージが、小説で書いたら途端に嘘くさく感じられるのはなぜなのだろう」とか「一人称をあえて使わないことで、一人称から三人称へシームレスに切り替える技術の実践」とか、いろいろ技術的なことをやろうとして書いている。そのために、全12作の中でも屈指のわけわからなさと読みにくさを誇っているだろう。

 人に読ます作品じゃないだろという申し訳なさはあるが、こういうのが好きという人もごく稀にはいるんじゃないかと信じ……たい。



■11月「記憶を踏みつけて愛に近づく ――Cyan」


 10月のタイトルなんか目じゃないほど書きにくいタイトルで地獄を見た回。

 4月から10月までのタイトルは、ある程度縛りはあったものの、比較的作者の自由に発想できた。

 しかし、このタイトルはかなり縛りが厳しい。「愛に近づくために記憶を踏み付ける」という展開がほぼ必須になる。大筋のストーリー展開が決められてしまっているようなもんである。

 12作全部作ると決めたことを後悔しまくった月である。できることならパスしたかった。



 私は、散々悩みまくった末に、タイトルが要求するストーリー展開から逃れることは出来ないと結論した。それで、写真の風景を求めてさまよう男の話を書くことにした。記憶と写真の食い違いみたいなものを織り交ぜつつ、なんとかするのである。男は写真の風景を求めて、喫茶店に行ったり、山に登ったりするわけである。副題の色がシアンということから、青写真を出すアイデアは比較的早い段階で決まっていた。


 が、書いているうち、「男を視点人物にするより、喫茶店のマスターの側から傍観するほうが効果的かもしれない」と思えてきた。そこで、一旦全部書き直した。


 この作品に登場する桜が、4月と3月にも登場する。

 この作品を書いた時点では、連作としての伏線として使えるかな、くらいの理由で出しただけだったが、3月と4月の作品を書くときには、意図的にこの作品の桜と関連するように書いた。



■12月「微笑みを数える日 ――Blue」


 これも苦労した回。

「微笑みを数える日」というのを、クリスマスと解釈するなら話は簡単である。サンタさんがほっほっほーと子供達にプレゼントを配ってみんな笑顔でした。めでたしめでたし。

 しかし、よく考えると、笑顔をいちいち数えるという行為には不穏なムードが漂う。「あいつ、プレゼント渡したのに笑顔じゃないやんけ。どないなっとんじゃ」などの偏執的な方向や、「あの子は余命幾ばくもないから、できるだけ笑顔でいさせてあげたい」的な方向など、どうも暗い感じの話になりそうな雰囲気もあるタイトルなのである。



 私は、どうしようか悩みまくっている内に、締め切り3日前になっていた。もう落とすことを覚悟した。どうせ私の作品なんか誰も読んでないんだし、締め切り超過したって誰も困らないじゃんとか開き直ったりもした。

 しかし、やはりそれではダメだ、と思い直した。もともと私は、たとえ駄作でも完成させるためにこの企画に参加したのである。その精神を忘れるべきではない。


 というわけで、地獄を見ながら仕上げたのがアレ。



■1月「その涙さえ命の色 ――Navy」


「記憶を踏みつけて愛に近づく」と似た意味で難しいお題だった回。

「涙」「命」といった、深刻な言葉がタイトルに使われていることで難易度が高まっているお題。命や涙をテーマにする作品は、かなり神経を使う。下手に扱うと安っぽくなりがちだからである。


 タイトルから真っ先に連想されるのは人魚の話だろう。実際に人魚の話を書いた人はそこそこいた。広義には私の作品も人魚モノかもしれない。

 あとは、血の涙的な話とか、水が足りなくて涙すらも貴重とか。

 こうしたアイデアが安易すぎるということで変化させようとすると、途端に難しくなる。



 私は、ラヴクラフトの「インスマウスの影」を読んだとき、実は魚人って、主人公に好意的だったんじゃなかろうか、ホテルのドアをノックしたのは、一緒に儀式に参加しませんか、というお誘いだったんじゃなかろうか、という妄想をした。実際には彼らは、ドアを破ろうとしていたから敵意があったことはほぼ確実ではあるのだが。そのときの妄想を基にして書いたのがあの作品。


 書いていたら妙にノリノリになってしまって、下手すると3万字規模の作品になりかねなかった。それをなんとか抑えて7000字前後にした。


 この作品は、タイトルに対してひねくれたアプローチを取っている。作中にギター用のピックが登場するのだが、あれが「涙(ティアドロップス型のピック)」で、それがギターのボディのデザインと同じ、と。



■きみの嘘、僕の恋心 ――Violet 2月


 恋愛ものに限定されがちなお題。同題異話SRの後半戦のお題は、縛りがきついものが多かった印象がある。タイトルから連想させるものを素直に書けば簡単だけど、ひねろうとするとすんごい難しい、という。

 まあ、こういう題のときは、素直に恋愛ものを書いた方が楽だし、いいと思う。



 私の基本的なアプローチは「記憶を踏みつけて愛に近づく」と同じ。雪原でなにかもわからないなくし物を探す主人公の話を考えて、それを傍観者の視点から書く、という形にした。

 アプローチが被るので、本当はもっと別の作品を書きたかったが、先にも言ったように、このお題は縛りが厳しく、変化球を投げようとするとだいたい暴投しがちなのである。で、諦めた。


 ただ、書いていると、傍観者である学者が妙に自己主張しはじめて、もともとのプロットにはなかった救助活動までするようになってしまった。あの作品の大半は、救助した人から話を聞くシーンで展開しているが、プロットの段階ではあのシーンは丸々存在しなかった。全然違う内容だったのである。


 スミレの出し方も全然違って、男が後日雪原で死亡していて、その遺体をどけたときに潰れたスミレが見つかった、という形を考えていた。

 学者のおかげで、当初の予定よりだいぶいい形に仕上がった作品だと思う。



■桜花は一片の約束 ――Ultraviolet 3月


 4月のお題のリフレインである以上、4月の作品とリンクした方が得なお題。作品集として統一感を出したかった私としては願ったり叶ったりである。


 単発のお題として考えた場合、桜の木の下で何か約束すればとりあえず成立するので、そこまで難しいお題ではないかもしれない。



 この作品集では、シュールな感じは統一しつつも、できるだけバラエティを持たせたいと思っている。というわけで、ひとつくらいはこういう書き方もアリかな、と。


 連作のエンディング扱いなので、作品単体では面白くもなんともないのが問題か。


 この3月の舞台は、11月で男が探していた風景であり、4月に「自分を見る人がおらず、お月様が隠れて真っ暗だ」と桜が言っている場所、ということになる。

 あと、真っ暗なのは"Ultraviolet"という副題ともかけている。可視光じゃないから目には見えない。

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