生まれて死にゆく本たちの居場所

たい焼き。

本たちの居場所

「おはよう、メアリ。今日の天気は?」

「オハヨウゴザイマス、ゴ主人サン。今日ノ天気ハ晴レ時々クモリ。湿度ハ30%ヲ切ル予想デス」


 これだけ湿度が低ければ、大丈夫そうだな。


 ふぅ、と一つ息を吐くとAIロボットのメアリは今日の予定を話し始めた。


「今日ハ全部デ5冊ノ入荷ガアリマス。ウチ1冊ハ今回デ廃刊、2冊ハ休刊トナリマス。マタ、他ノ2冊モ再来月ト4ヶ月後ニ廃刊ガ予定サレテイマス」


 紙が高級品となってからしばらく経つが、紙の質を落としたりわら半紙に印刷したりとどうにか工夫を凝らして出版していた本も次々と出版が難しくなり、電子書籍での出版が一般的となった。

 今では後世に残すべきだと考えられている国の重要な議事録や資料などは紙媒体で保存するが、それ以外は電子ファイルとなってインターネットの海の中に保存されている。


 そんなご時世なので、世の中に本屋という存在もほとんどなくなってしまった。

 全くない、と言わないのはウチが本屋を営業しているからだ。



「さあて。ぼちぼち開店しますかぁ」


 どうせ、お客なんて来ないだろうけどね。



 そんなことをぼやきながら店を開けて、奥のレジでぼんやり座って本を読んでいた。



「こんにちはー」

「……ん?いらっしゃい」

「あの、ネットで見たんですけど……ここには絶版本が置いてあるって本当ですか?」


 そんなことがインターネットで出回ってるのか。

 驚きつつも、努めて冷静に対応する。


「まぁ、半分は俺の趣味だけど置いてあるよ。モノによっては売れないが」

「あ、あのっ。トワイライト、置いてますかっ」


 おいおい。トワイライトなんて休刊してから10年近く経つぞ。

 お客はどう見ても10代、大きく見ても20代前半だ。

 こんな若い青年が何でそんな昔のマンガ雑誌を知っているんだ?

 そんな疑問は残るが、トワイライトは地味だけど名作揃いのマンガ雑誌だった。

 大方、電子書籍で昔の作品でも読んだのだろう。


「あるよ。創刊号と廃刊前の最終号は全部この中にある」


 俺はそう言いながら、俺の後ろにある店内一大きな棚を親指で指す。

 半分は趣味だが、俺はこういった娯楽雑誌だって後々貴重な史料になると踏んで残している。


 俺は大きな本棚の中から、1冊抜き出して青年に見せる。


「ほら、これだろ。2023年2月で休刊となった雑誌だ」

「……~っ!ほ、本物だ……」


 受け取った青年は食い入るようにして雑誌をめくっている。

 そして、あるページでその手がピタッと止まった。


「本当だ……」

「ん?何がだ?」

「この漫画家さんが、雑誌掲載時にミスをしてたんです。電子書籍版では修正したそうですが、昔は出版されたら重版するタイミングじゃないと修正できないから恥ずかしい、と思い出話をしてて……それでどうしても見たくて、今日来たんです」

「そんな理由で……」

「だってもう原稿もないし、他に見る方法が思いつかなかったから……」



 その漫画家には悪いけど、やっぱり残しておいて正解だったな。

 昔の偉人も手紙の書き損じなどが貴重な史料として保存されているが、この漫画家ももしかしたらずっと後で偉人として語り継がれるのかもしれない。


 久しぶりに面白い客が来たな。


 俺は青年にコーヒーを淹れてやり、「好きなだけ読んでいけ」と言ってまた読書へと戻った。

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生まれて死にゆく本たちの居場所 たい焼き。 @natsu8u

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