第7話
神代の昔から現代まで、歴史を紡いできた総人口からすれば、『生き直し』をしている人の数などほんのわずかなものかも知れない。両親や、祖母や・・・病死した父の元同僚も、その「亡くなり方」としては、多分、補償の対象外だろう。あの受付の前をただ通り過ぎていくのだ。いや、受付があることすら気がつかずに逝ってしまうのかも知れない。「三途の川を渡らずに・・・」という話もあるが、それは結局一度目の命を落とさずにすんだということなので、受付まで来る以前の話だ。ここは、渡ってしまった人達の中で更に、という場所なのだ。しかし、そのわずかな人々の『生き直し』で広がる『不運の徹底排除』の波は、全ての時間線に平穏のネットワークを張り巡らし、関わる限りの不幸な事故や事件を『回避』させていく。
今この瞬間も誰かの『生き直し』によって時間線は遡り、書き直され、また新たな時間線となる。
今、ここから見て、浮世はその結果もたらされただた一つの時間線を進んでいる。
外の無関係な人たちの言うままになることもなく、不幸な感染症騒ぎも受け流してどこ吹く風と優雅に進んでいる時間線を───。
私は手の中に現れた、役目を終えた『自動運転免許証』を教卓の上の箱の中に返納した。
「よろしければ、後をお願いできませんか?」
縄文紳士が声をかけてきた。
「講習ですか?」紳士が言うなら、それしかない。
「はい。私は長くやりすぎました。もう、かれこれ3千年です。と言っても繰り返しもありますから、実際どれぐらいなのかわけがわからなくなってますけどね。こればかりは管理しても仕方がないんです」遠くを眺めるように言う。
「今まで他の方は?」
「何人かは声をかけさせて頂いたのですが・・・皆さん、満足して帰られたのですから成仏したいと。もちろん、ご自由ですが」
私はクスっと笑った。
「大変でしたね。成仏できなくて」
「いえ・・・それなりに面白い役目ではありました。行きつ戻りつして次々と変わっていく時間を、ただ眺めていられるんですからね」
「じゃあ・・・引き継がせて頂きます。会社の行く末も見守りたいですし」紛れもない本心だ。成仏しては『何もなし』になる。まあ、人類の未来を眺めるのも一興ではある。
「ありがとうございます」
縄文紳士は深々と頭を下げると、新たなカードを差し出した。
「無期限の『講習免許証』です。自動運転免許証は生きている間だけの有効期限付きでしたが、これは私のように誰かに引き継ぐまで無期限に有効となります」
私はカードを受け取った。前の免許証と似た感じの模様だが、厚みが3倍くらいある。その厚みの部分にもきらめく模様が入っていた。
「後継者は自分で探さないといけないんですね」私は何だかまだ『生きている』ような感じがした。ここでは誰も立候補はしてくれそうにない。私は最終的な心を決めた。
「わかりました。いい講習ができるよう努めます。
あ・・・まずは自分の人生を話さないといけないんでしたね」私は思い出して言った。
「それが一番説明しやすいでしょうね。特に決まりはありません。ご自由になさってください。わからないことがあれば、神々はいつでも答えてくれますから。質問を思い浮かべるだけで答えが返ってきます」
「便利なんですね」
「体を失った以上、想念だけの世界ですからね」
縄文紳士は何だか人懐っこい笑顔を見せた。
「では、これにてお別れです」
「お疲れ様でした。どうぞ、お元気で」思わずそう言ってしまった。
縄文紳士は「アハハハハ・・・」と明るい笑い声を響かせながら、体の色を薄めていき、空間の中へと消えていった。
誰もいない講習室。
今の時間線を眺める限り、これからはさまよう人々も少なくなりそうである。
それでも、何か『理不尽』に生きることを止められるようなことが起これば、その人が『生き直し』を希望すれば、ここへやってくる。
新たな人生を与えられるだろうか?
その人が生まれる時点から、また新たな時間線へと浮世は変貌していく───。
そして、私が自分で勝手に彼を『縄文紳士』と呼んだように、
誰かが私の人生の物語を聞いて、『令和淑女』とでも呼んでくれたりするのだろうか?
何はともあれ───
人々の心に『八百万の神々』への想いが宿る限り、
『特別優遇措置による自動運転システム』は稼働し続ける。
─── 了 ───
神々の自動運転システム 龍月小夜 @ryuuzuki1935
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