第4話
テキストの最初のチャプターにはシステムの歴史が詳細に記されていた。縄文紳士は言うなればシステムのスタートアップメンバーであり、今も運営の一翼を担っている。これからも延々と担い続けていくのかも知れない。日本の歴史が、神々への想いが続く限り。
生き直しをする者は、この制度そのものを潜在意識の中に叩き込んでいくらしい。自分自身がシステムを裏切らないために。二度目を悔いなく終えるために。
講習はまず、一度目の人生を振り返ることから始まった。あの時、どうしていれば、その不幸を避けることができたのか、その場所へ行くべきだったのかどうか、その振る舞いは良識ある行動だったのかどうか・・・。ああしていれば、こうしていれば・・・。その結果、人生はどう変わっただろう?
しかし、教室の中で他人の人生を知るものではない。あくまでも自分の思考の中だけで思いを巡らせるのだ。
そしてそれは二度目の人生でシステムがどう不運を好転させるかのシミュレーションにもなる。必ずそうしてくれるとは限らないが、予想もしない幸運をもたらしてくれる可能性もあるのだ。それこそ、自分の『生き方』次第。
そして、魂を徹底的に洗浄された。講習の最大の目的は、この『洗浄』らしい。光のシャワーを浴びるのだ。私欲が消え、優しい心で満たされる。人を尊び、己の核は守る。焼きつけられたそれは、決して揺らぐことがない。
しかしその人独自の、究極の『個性』は残る。
みんな真っ白な心になって、笑顔があふれていた。このまま成仏しても良さそうな気もするが、それは決して人生に満足した成仏ではない。
縄文紳士が「よく考えて決めろ」と言うのは、ここなのかも知れない、と思う。
そしてそのまま試験に突入した。ここではいわゆる『生体的』な休憩時間など意味がない。
用紙が配られ、まさに「教習所の学科試験」のような感じだが、○✖️式ではない。記述式とも違う。手元に筆記用具など何もない。
最初の問題文は・・・
『あなたの尊敬し、手本としている人物について、不穏な話が「事実」だと断定される形で伝わってきた。あなたはその人物についての評価を、その話によって考え直すか?』
あ・・・と、心に何かが浮かんだ時点で、『回答済み』のボックスにチェックマークがついた。
そう。これが神々の試験なのだ。問題文を読み終わった瞬間の心の動き、印象や思考の流れがそのまま回答欄に転写されてしまうのだ。もちろん、それが文章に変換されて現れるわけでもない。ただ、白かった回答欄が淡い水色に変わり、「回答済み」にチェックが入るだけだ。つまり、本音と本性を暴かれるのである。取り繕った文章にまとめたり、長々と説明を書いたりする必要もない。考えを整理する必要すらなく、何をどう答えたのか見返すこともできない。ただ自分の中に浮かんだ何もかもをそのまま持っていかれるのだと覚悟するしかない。たとえ「どう考えたらいいかわからない」と思っても、「わからない」という思いが転写されてしまう。
そういう、人間の本質を窺うような設問が大量に並ぶ。番号が振ってあるのでもなく、一体、何問あったのかも、読むだけで疲れてしまってよくわからない。それでも読んで何かを思った時点で回答済みになるのだから、一問一問にそれほど時間がかかるわけでもない。そうやって、次々と回答を続けていく・・・。
そして、その回答欄に転写された『念』を神々は評価していく。もちろん、そこには「これが正解」などないだろう。一人一人の個性から発信される、その人なりの『正義』なのだから。
しかし、その『正義』は本当に、平和な、愛にあふれた人生を送ることのできる魂たり得るものなのか・・・?
講習の結果として評価が分かれるのはそこである。
全員が答え終わったところで、縄文紳士が用紙を回収した。時間的にはほとんど問題を読んでいくだけなので、全員がほぼ同時に終わったようだ。紳士は用紙の束を持って部屋から出て行った。そして、同時に戻ってきた。手には用紙ではなく、一つの小さな箱を携えていた。その箱を教卓の上に置く。
「お疲れ様でした。結果を申し上げます」
神々の評価は一瞬にして終わっていた。もしかしたら、試験中からどんどん見られていたのではないかと思う。紳士がその言葉を言った途端、3分の2程の人数が部屋から消滅した。
紳士はその場で合掌したあと、言葉を続けた。
「合格、おめでとうございます。ここに残っておられる以外の方々は、今、成仏して行かれました。すでに魂が浄化されていますので、不合格をがっかりされることもなく、また、合格はされましたが、もうここまででいい、と言われて逝かれた方もいらっしゃいます。どなたも『最後にいい勉強をさせてもらった』と感謝の念と共に逝かれました」
・・・何と、私は合格してしまった。
縄文紳士は箱の蓋を取った。
私の手元に一枚のカードが現れた。いわゆる『運転免許証』のような顔写真があるのでもなく、全面にホログラムのような立体的なモザイク状だったり円形だったりする柄がカラフルに
「お手元に免許証をお渡ししました。だいぶイメージが違うと思いますが、表面の模様はお一人お一人、異なっています。その模様はそれぞれの方の『魂の紋』です。回答用紙に転写された『念』から読み出して具象化しました。言ってみれば、個人情報の『極限値』です。もちろん、浮世でこのカードが実体化するわけではありませんけどね」
確か、「受付」で見たカードはふわふわした滲んだような色が漂うだけのカードだった。誰も転写されてない見本か、転写前の原盤とでもいったところだろう。
最終的に『生き直し』を決めたのは私を含めて三人だった。合格者のうち、免許証を手にした段階で、「やはり生き直さなくてもいい」と決めた人がさらに数人出た。その人達は免許証が手元に来た時点で消滅していた。免許証は箱の中に帰ったようだ。縄文紳士は消滅した人数分のカードを箱の中に確認すると、その場で合掌して蓋をした。
「この方々の免許証は神々がきちんと供養の上、『無』に還元されます」
縄文紳士は箱を両手に持って高く掲げた。箱が白く輝き出すと、光に包まれ、やがて紳士の手を離れて上空へと浮かび上がっていった。高く、高く、昇っていくと、そのまま、スッと空間の中に消えた。
私達は誰言うともなく一緒に合掌していた。
私は、免許証を魂の奥深くに携帯して、同じ時間、同じ両親のもとへと、再び旅立って行った───。
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