第2話

 早速別室に通されて、テキストを渡され、講義が始まった。本物の自動車教習所の講習室にそっくりだ。試験の前にご丁寧に講習を受けるなど、まるでそのものではないか。

 他にも・・・全部で30人ほどはいるようだ。そんなに同じようなタイミングで理不尽に死んだ人達がいるのか? 補償を受けなかった人もいると考えるともっと多いことになる。

 「では皆さん、講習を始めます」

 教壇に立った一人の年配の紳士、らしい人。

 「その前に今回皆さんが受けられる自動運転システムをもう少し詳しくご説明します。システムを利用されるかどうかは、もちろん試験に合格することも必要なんですが、講習や試験を受けられてから最終的に決めて頂いても構いません。よくお考え下さい」

 そう言うと、紳士の背後のスクリーンに動画が映し出された。

 「この映像は私が『理不尽』にも生きることを突然に止められた時のものです」

 どうやら、この紳士はシステム利用の経験者らしい。

 動画は───


 何だか日本の古代のような出たちでヒゲぼうぼうの男が崖の下のような所を走っている。

 すると、突然、上から巨大な岩が落ちてきた。

 男はまともに岩の下敷きになった───


 「全く、あっという間のことでした」

 懐かしそうに紳士が言う。ヒゲなど1ミリもなく、背は低いががっしりした感じで彫りの深い顔立ちにロマンス・グレーをオール・バックに整えた優しげな初老の男性、に感じるのだけど。グレーの三つ揃えスーツの上着だけがなぜかジーンズ・ジャケット・・・足元は白のスニーカー・・・? 今の動画とのギャップがあまりにも・・・

 「ご覧頂いたように、実は私は縄文時代に生きた者なんです」

 それを聞いて室内がザワザワとざわめく。

 「皆さんも世の理不尽を嘆かれてこの部屋に入られたのでしょうが、まずは私の人生がいかに不運で理不尽であったかをお話しします。

 私は今の『富士山』の広大な裾野で、狩をしたり木の実を取ったり、湖まで出かけて魚を獲ったりして暮らしていました。

 すると、ある日突然、富士山が噴いたのです。そんなに大規模なものではありませんでしたが、私はその時に一緒にいた集団と共に場所を移動して行きました。しかし、移動する先々に災難がついてまわって来たのです。空から隕石が降ってきたり、落雷があって付近が焼け野原になってしまったり、川のそばでは水害に遭ったり、大地震でもろに断層を食らったり・・・

 たくさんの仲間がそのせいで亡くなっていきました。ま、そういう亡くなり方は残念ながら補償の対象ではないんですけどね。自然災害は理不尽だと言っても仕方がないので・・・

 それと、余談ですが戦争も対象外です。自分達の勝手な大義名分で恣意的に作り出した理不尽の影響を受けることは、神々が目的とする『想定外の突発的な不可抗力の理不尽』とは認められないからです。いつ突然ミサイルをぶち込まれようが、それはぶち込まれるかも知れない『危機的状況』にあることがわかっている状態なので、『想定外で突発的で不可抗力』とは言えないからです。そこまで神々は面倒見てくれませんので。神々の線引きは厳しいのです。

 私の話に戻りますが・・・

 挙げ句の果ては、その頃に出没し始めた弥生人に妻を奪われ、それを追いかけているときに、崖の上からそいつらに岩を落とされて、私の人生は終わったのです。最後の一瞬に見たのは岩を落とす寸前の奴らの不敵な笑みでした。2、3メートルほどの高さの崖でしたのでよける間もなかったのです。

 私が彼らに何をしたわけでもないのにですよ!」

 縄文紳士は語気を荒げ、教卓に拳骨をぶつけた。悔しさをありありと滲ませている。

 同じように、突然生きられなくなった者としては同感至極で、涙が滲んでくる。まわりにもすすり泣きのような音が・・・。

 「それで、このシステムを受けられたんですか?」

 それでも冷静な感じで誰かが質問した。

 紳士は顔を上げた。

 「そうです。改めて同じ時に生まれ直したんです。といっても、時代や文明が文明でしたから、今のような講習も試験もありませんでしたけどね。免許制度もまだ影も形もありませんでした。ただやり直したいかどうかだけで。私のような時代では、不遇の死を遂げた多くの人々に対する福祉対策を構築するための、いわゆる実証実験の段階だったんですよ。数えきれないほどの人達にその実験は成されました。もちろん、希望者のみですが」

 紳士は明るい表情に戻った。

 「それを受けてみるともう、不運な災害に遭うこともなく、妻とも無事に巡り合い、不埒な弥生人達に遭遇することもありませんでした。

 一度目は、同じ縄文人の、旅する集団が私の集団の所にやって来て意気投合するうち、その中にいた一人の女性と私は恋に落ち、彼女はこちらに残って私の妻となったのです。そしてその後、散々自然災害に遭いまくりました。引き換え、二度目では私の方が妻の集団に移ることになったのです。恋に落ちただけでなく、なぜか旅することに興味が湧いてしまい、その女性も私が一緒に行くことを喜んでくれました。そして旅の途中で妻となったのです。私達はまだ旅を続けるという仲間と別れてその集団の故郷、つまり、妻の里に落ち着いたのです。新たな仲間と共に旅に出たあとでした。富士山が噴いたのは。遠くから眺めるだけで済んだのです。

 元の集団の人達には申し訳ないのですが・・・場所がよかったのか、私は妻の里で子宝にも恵まれ、一族で幸せに暮らすことができました。結果、前回よりも長生きできまして、この年まで寿命を全うできたのです。もちろん、生き直しをしている間は前回の人生のことなど記憶に出てきませんので、それを『幸運』だとは思いもしないですけどね。二度目も終えて、ここに戻ってきて初めて比較してみることができるんです。システムは良好に作動したんだな、と。皆さん満足されます。二度目の理不尽はシステム上あり得ませんので、それで補償対応は終了です。成仏して頂きます」

 私は思いついて質問を投げた。

 「もしかして、奥様の運も好転させた、ということですか?」

 紳士は、その通り! と言うふうにこちらを手のひらで指した。

 「非常に良い質問です。妻も拐われるような目に遭わなかったのですから、一人、このシステムに乗って生き直しを始めると、その人に関わる前回のトラブルが起こらなくなるか、トラブルの現場に行かなくてすむようになるか、パターンは色々ありますが、大なり小なり、自分だけでなくまわりの人達もそのトラブルを回避させることにもなり得るということなのです」

 一同の空気は、免許取得に向けて流れ始めたようだ。

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