神々の自動運転システム

龍月小夜

第1話

 物心ついた時・・・

 玄関ドアに指を詰め、しばらくドアがトラウマになった。


 幼稚園の時・・・

 三輪車ごとドブにはまって、頭を三針縫う。

 それでも、三輪車には乗り続けた。

 

 小学生の時・・・

 隣の席の男の子にお気に入りの花の形の消しゴムを貸してあげたら、そのまま持って帰られてしまった。その子が転校する最後の日だった。

 「いいじゃない、消しゴムぐらい。お別れのプレゼントだとでも思えば」

 お母さんに言われて終わった。


 中学生の時・・・

 期末テストで解答欄を書き間違え、正答が書けていたにも関わらず欠点を食らう。

 「注意力散漫」

 と、担任に評価される。


 高校生の時・・・

 駅での電車の乗り換え時に走ってきた塾帰りの小学生とぶつかりそうになり、よけたはずみに転倒して右足首を骨折。救急対応そのまま入院。

 受験シーズン間近にして長期欠席。


 それでも何とか滑り込んだ大学生の時・・・

 財布を落とし、下ろしたばかりのバイト代を失う。戻って来ず。


 新入社員の時・・・

 歓迎会で誘われるままたっぷり飲んだ翌日の研修時、

 不本意にも机にベタリと寝落ちしてしまう。

 折しも社長の講演中。

 一気に社内有名人となる。


 それからは不思議と可もなく不可もなく平凡に暮らしてきた。

 特に大きな失敗もなく・・・

 やっと運も安定してきたかと思えた頃、

 出会いがあった。


 他社との共同プロジェクトとしてチームを組んだ中に、仕事を通じて心持ちがお互いにフィットする相手と巡り会ったのだ。

 やがて仕事以外の話もするようになり、ある日、食事に誘われた。

 社に戻って資料を片付けて来なければならなかったので、待ち合わせの時間と場所を決めて、その場を別れた。


 急ぎ、待ち合わせの店へと向かう。地下鉄で二駅。幾度となく通った、彼の会社までへの道のり。その会社の近くに、彼のお勧めの店があるのだ。

 はやる気持ちを抑えつつも階段を駆け上がる。

 地上の出口を出た途端、

 誰かに真正面からぶつかられた。

 訳のわからない激痛が走る。

 まわりを見まわした。あたりが騒然とし、悲鳴らしきものも聞こえる。

 無差別の暴漢が包丁を振り回している・・・

 いつか見たそんなニュース映像が走馬灯のように巡る・・・

 血にまみれた自分の手のひらを見た。

 ここにきて、安定していた運がいきなり崩壊したとでも言うのか?

 意識はそのまま奈落へと転げ落ちていった。

 いや・・・

 あの世へと駆け上って行くのか・・・?

 多分、店の中の彼はまだ何も気づいていない。


           ****


 「お次の方」

 呼ばれて、当たり前のように受付らしいカウンターの前に立った。

 そこには何だかよく形のわからない、白いふわふわしたものがいて、顔らしきものもないのに声だけが滑舌良くはっきりと響く。

 それの表面に今自分が体験したばかりの出来事が動画のように映し出されている。刺されたのが今やっとはっきりと確認できた。

 「なるほど、暴漢による無差別殺傷による即死ですね。凶器は刃渡り20cmの出刃包丁」ことさらにそれが言う。「特別優遇措置の対象になりますので、措置を受けられるかどうかご希望をお聞きします」

 「特別優遇措置?」聞き返す。そりゃ、初めて死んだのだから何がどうなるかなどわかるはずもない。

 「はい。余命宣告などある程度心構えができているというのでなく、ある日突然、訳もわからず生きることを止められた方には『理不尽に対する補償』として人生をもう一度最初から生きるという権利が与えられます」

 それは目の前に一枚のカードを提示してきた。

 「自動運転免許証です」

 「何ですか? それは」素直にまた聞き返した。どうせ死んだのだから質問を持つこと自体、何の意味があるのかとも思うが。

 「生きるのは同じ人生ですが、『理不尽に対する補償』ですので『不運』だと思われる事象も補償範囲に入ります。ですので、これは不運に遭遇しそうになった時に自動的に運を好転させるシステムに乗るための、『理不尽に死なされた』ことを証明する身分証になります。もちろん、不運の度に運を転がすのですから、あなたが今回歩んで来られた人生とは違う人生になっていくでしょうね。不運でなかった場合の人生を送れるわけです。人生におけるトラブルとの衝突回避システムとも言えます」

 不運でない人生を再び・・・。長々とした説明に、何だか気持ちも惹かれてしまう。 

 「これをすぐにもらえるんですか?」

 それはすっとカードを引っ込めた。

 「そういうわけには参りません。この免許証を取得するに当たっては、講習と学科試験を受けて頂く必要があります」

 「学科試験?」

 「そうです。今回歩まれた人生と照らし合わせて、補償対象と言ってもできるだけシステムに依存しないように、真面目に生き直して頂くためにも、社会常識、というかコンプライアンスを再認識して頂く必要があります。できるだけ自ら不運を招くようなことがないように。試験に合格して免許証を取得できれば、補償が発効することになるのです」

 「・・・色々めんどくさいんですね」

 全く、死んでまで試験だの補償だのに翻弄されるとは・・・。

 「もちろん、人生の生き直しをご希望されないのでしたら、このままここで終わって何にもなしになって頂くこともできます。もっとも、優遇措置の対象でない方達は受付することもなく素通りで逝って頂くんですけどね。いかがされますか?」

 そう言えば、こちらを気にすることもなく、たくさんの人達がここを通過していくようだ。私はしばらくその人達を見送った。 

「・・・」

 彼のことが浮かんだ。運が自動的に好転するなら、刺し殺されずに済むのか?

 もっと、長く生きられると・・・? 彼と・・・?

 「受けます。その自動運転措置」思わず口走っていた。

 「特別優遇措置による自動運転システム、です」

 わざわざ言い直される。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る