本屋の本

沢田和早

本屋の本

 本屋の本は棚の上から西日の差し込む店内を見下ろしていた。ここに置かれてもうどれだけの月日が流れたことだろう。最初の数カ月は手に取る客もいたが、ここ数年は背表紙を見る者すらいない。というより客の姿を見かけることがほとんどない。今日も午前と午後に二人の客があっただけだ。それでも多いほうである。


「あの本たちと自分と、どちらが幸せなのでしょう」


 箱に入れられて運び出される雑誌や単行本を眺めながら本屋の本はひとちた。彼らは委託配本なので売れ残れば返品される。しかし本屋の本は買い取りなので返品されることはない。売れるまでこの棚に置かれ続けるのだ。


「返品された彼らはどこへ行くのでしょう。きっともっと大きな本屋に移されて、多くの客に触れられて、親切な読書家に引き取られていくのでしょうね。ああ羨ましい」


 自分が見向きもされないのはつまらない本だからではない。こんな田舎のちっぽけな本屋に置かれているからだ。都会の大きな本屋に置かていたならすぐ誰かに買われてもらえたに違いない、本屋の本はそう考えていた。

 すでに本屋の主人は高齢で、店内の掃除すら怠るようになっていた。たくさんの買い取り本の上には埃が積もったままだ。売れる見込みは万に一つもない。


「ああ、もうこんな寂れた本屋で無駄な時間を過ごすのは真っ平御免です。誰か、私をここから連れ出してください。私の真の価値を見いだしてください」


 そんな本屋の本の願いが叶う日がやってきた。経営状態が悪化した本屋は廃業してしまったのだ。本屋の本は小躍りして喜んだ。


「大きな本屋へ行けばすぐ買い手がつくはず。楽しみです」


 新しく始まる新天地の生活に思いを馳せる本屋の本。だかその期待は呆気なく裏切られた。箱に入れられて運び込まれたのは製紙工場だった。そこで本屋の本は他の本と一緒に裁断され、誰にも読まれることなく紙屑にされてしまった。

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