いち. 伊藤 珠里 ~一方的に頼っていた友よりは、恋愛を選びます~
いち. 1
中学三年の晩夏。
受験校の最終決定を間近にした伊藤
(ほんの参考よ、参考…——)
などと胸の中で言い訳しながらも、しつこく、くいさがる。
「ちょっと…。聞いてるの?」
弟の
「何するっ!
…邪魔だからあっち行け。
《音楽バカ》を自称する彼は、マウスを片手、創作した旋律の手なおしなのか、誰かの曲のアレンジなのか、よくわからないことをしている。
彼が夢中になっている画面には、可動性のグラフや数値の羅列。
彼女には解読不能な記号や数字に加え、同時進行の譜面らしきものが表示されている。
それこそ、ばかみたいに没頭する弟が、暇していることは少ない。
いちいち気を使っていると、コミュニケーションもとれなくなるので、姉の
「教えてくれたっていいじゃない。知らないなら聞いてよ」
「…こだわるよな…。おまえ、あいつに気でもあるの?」
「友達に頼まれたんだってば。
あんたの学年もそうなんじゃないの?
元凶あんたでしょ」
彼女が反論すると、
「知ったって意味ねぇだろ。その時にならなきゃ、どこ行くか、わかねーんだしさ。
それより、その聞いてくる友達って、ユキとかっていうヤツ?」
「って…なに? ユキって、ぱっと思いつくところで何人かいるけど…」
瞬間的に、うろたえ、とまどったようにも見えた姉の反応に、
「名前のやつとー、苗字のやつ。クラブの一年に一人…。
あとはぁ、結城?
あっ、湯木に妹いたかもっ」
「おまえのクラスの女にいるだろ」
「
「なに? その『ひーさん』ての」
「あだ名かな? よくわからないけど、そう呼ばれてる。
たぶん名前の『姫』の字か…苗字の始めの音からだと思う。苗字が日野原だからね。
ほかにも『
「へぇ…」
「
惚れちゃった?
ひぃさん、(かなり)かわいーし、キレイだし、
あんた、あーゆうのが好み? やっぱ、面食いだねー、
男って、救いないわー」
「真面目に聞いてるのにからかうか。なんでも恋愛に搦めてんじゃねーよっ!
これだから女は……
(――救いないって、ひぃさんってやつは、ひどいやつなのか?)。
容姿が微妙な女が、ひがんでるようにしか聞こえねぇーし」
「それって、セクシャルハラスメントって言わない?」
「はぁ? 自分らの言動、態度には鈍感なくせ、そうやって、なんでもかんでもこじつけて自分守ろうとするのはどうなんだよ。
俺に言わせりゃ、女の方がよっぽど強かだ」
「むぅ。どっちが鈍感よ。自分のこと棚に上げて!
世の中、女に甘いようで辛いもの。守りにまわって何が悪いのよ。
男なんて、道はずれると何するかわからないじゃない」
「それこそ言いかがりだろ。
真面目にうっとーしいから!
「なによそれ」
「ふんっ。女にもおかしいのはいる! それより、
あいつは、俺とおなじ…
冗談か知らねーけど、気になる奴がそこ志望だとかって、このまえ、言ってた」
「え…」
「答えたぞ。もう出てけ! おまえ、まじめに邪魔だから」
「どうして
「
あそこ選ぶ理由は、成績の良し悪しだけじゃない…」
攻勢に転じた
こころなしか、視界にある弟の頬がふくらんでいる。
「おまえ、もしかして
(うっ!)
鋭くも不機嫌そうな切り返しに、
一重なのに大きくて、凜とした弟の目が、真面目に彼女を見すえている。
それは、いまの際まで彼女にはなかった選択肢で…。
目の前にいる
後ろめたい部分を秘め置くとしても、白状することに、かなりのプレッシャーをおぼえた
しかし。
いま、自分がとりたい行動を考えると、その選択を否定することまではできなかった。
結論として、迷いつつもうなずいた。
通学をかぶらせるくらいのレベルでとらえていたが、彼女としては、手が届くのであれば、挑戦したいのだ。
弟に頼りきることもなく、その対象と関わるきっかけ…環境が築けるなら、欲張ってもそうしたかった。
「友達が受けるから…いちおー考えてみているの」
とりあえず、すっとぼけておく。
「よほどの理由がなければ、それなりの点数いるぜ?
いまからじゃ無茶じゃね? おまえが
私立行かれるよりかは、金かからねーけど、そもそも入れねーだろ」
「うー…。あそこ、制服かっこ良くて、公立にしては変わってて、自由で進歩的で末広がりだっていうから捨て難いんだよぅ。
ボーダーラインの幅、広いみたいだから、がんばれば、ぎりぎりすべり込めそうだし?
ダメ元で受けてみようかな、なんて…。
思ったりもして…(しなくもなくて…)。
でもみんな、どうしてランク下げるんだろーね?」
「確実そうで、金かからないところ狙ってんだろ。
金持ちでも、身の程しらずのブランド目的でもなければ、フツーはそうする」
「だって…。
(はっ、「聞くけど」程度じゃ、
「それでおまえは、だいじょうぶなのかよ。
なにがなんでもって気概ないなら止めとけ。無駄だ。受験料、もったいない」
「勉強するし、
ひっこみがつかなくて、
「なら、テキトーにがんばればー?
撃沈しても腐るなよ? まわりが迷惑だ」
「
あんただって、そろそろ、油断できないでしょ。すぐにも、わが身なんだからね!」
不愉快な心情そのままに視界にある頭を威嚇してから、身をひるがえした
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