いち. 2


 とりあえず、目的の情報はゲットした。


 けれども、思いもしなかった問題が浮上だ。


(気になってるヤツって誰?

 嵩晃たかあきってことはないだろーし、やっぱり女? 

 『ゆき』って、まさか…)


 珠里じゅりが、この学区に越してきたのは、中学にあがったばかりのころ。


 父の仕事の都合などという理由ではなく、小さくてもいいから庭つきの一戸建てを望んだ一家の一大転機で、誰も反対はしなかった。


 以前、住んでいた街と二駅しか違わないので、引っ越したにしては環境変化が少ない方。

 意欲さえあれば、以前の友達とも交友が保てる距離だ。


 それでも、学区が変わったので、交友関係はかなり変化した。


 そんななか、二年あまりの空白をへて再会し、彼女を感動させた少年がいたのだ。


 実際は劇的でもなんでもなく、必然的な要因がいくつか重なった結果だったが、珠里じゅりが運命と信じたい遭遇をしたのは、転校する前からの弟の友達。


 更科さらしなあまね――…


 本人が『あまね』と呼ばれることを嫌うらしく、崇晃たかあきは、その彼を『シュウ』と呼んでいる。


 弟の友人とはいえ、ごくまれにすれ違うていど。まともに話したこともない。

 親しいといえるほどの間柄ではなくとも、その彼は、ただ者とも思えない、こましゃくれた気性の持ち主で、


 小学生だった当時から、年下という抵抗をおしやるほど、ひとの目をひく存在だった。


 『ガキよガキ…』と、つきはなして考えようとするなかにも珠里じゅりは、そんな理性ではうち消すことの出来ない興味と淡い恋心をいだいたのだ。


 引越して姿を見かけることもなくなると、それもこれも、若さと思春期にありがちなホルモンバランスによる気の迷いと、忘れかけていたのに…。


 中学生活、最後の学校祭。


 珠里じゅりの学校の体育館にあらわれた彼は、友情出演という名目のもと、たった一曲歌っただけで、なじみない観衆の目と耳を掌握し…。

 もれなく珠里じゅりも、そんな彼に魅せられた。


 もとより弟のお墨つき――驚くほど音感のよい美声の持ち主で、ルックスも悪くなかったが…。

 更科さらしなあまねは、知らぬうちに、びっくりするほどすてきな成長をとげていたのだ。


 一コ級下の彼が、自分のことをあまりおぼえていなくても、運命的なものを感じた珠里じゅりは、そこにあらたな展開を夢見た。


 だが思いかえしてみれば、その日、彼がすすんで話しかけていたのは、彼女のクラスメイト。

 日野原ひのはら夕姫ゆき


 なにを思ってか彼は、初対面の夕姫ゆきに志望校をたずねたのだ。


 学年では、いつも一〇番以内。

 それも、総合点が一致し順位が並列しがちな上位にくい込んでいる日野原ひのはら夕姫ゆきが、その人なりの規準で選んだのも、二年前、紆余曲折の末に三校統廃合されて成った市立の普天隆ふてんりゅう高校。


 あまねは、それを知っている。


(一生を左右することなのに、そんな理由で決めちゃうなんて信じられない…。

 まだ二年だし。そこそこ優秀でできて、上、狙おうっていうなら、わからないでもないのに、どうして、それが普天ふてんなの?

 もしかして…。彼が気になってるヤツって、ひぃさん?)


 珠里じゅりは、頭をぶんぶん振って、その考えをうち消そうとした…。


たかはひーさんのこと聞いたけど、接点なんてあるの?

 進路の話題なんて社交辞令で…。ひと目ボレで、情報収集とか? まさか!

 いくらなんでも、そんなの、ありえないって)


 自分は、少し思いこみが激しいところがある――

 それでも、客観的な目も多少は持っていたから重症ではない。

 自覚してるつもりだった。


 そそっかしいと言われるし、早合点して、よく間違える。

 だから、これも思い違いだと。


(たしかに、ひぃさん、もてそうだし、事実もてるけど、でも…。

 あの時、まだ幽霊の格好してたよね?

 やり過ぎた感じで…。 眉、描き直して、ナタでも持たせれば山婆なみの…。

 パープルのリップだって無惨にはみだして…。

 そうだ…。

 ちょっとくらいきれいでも、いや、素でも、かなりかわいいけど、ありえない。きっと、笹中に『ゆき』って子がいるんだ。その可能性の方が高いじゃない…)


 思い直してみたが…。


(でも…。じゃぁ、たかは、なんで、ひぃさんのこと聞いたの…?)


 いちど思いついてしまうと、きちんと納得できる理由でもないことには、ぬけだすこともできなくて…。

 重く湿った雲のようなものが、珠里じゅりの心にたちこめて、じっとりどんよりと停滞したのだ。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る