僕と菅原と本屋さん

大塚

第1話

 本屋でバイトをしているという同級生のはやしさんから「お店に幽霊が出る」という相談を受け、放課後、僕と菅原すがわらは彼女の勤務先に向かった。


 今どき珍しい、個人経営の本屋さん。小さな3階建てのビル。1、2階が店舗フロアで、3階が事務所兼更衣室だと──

「坊ちゃん、変なものがありますよ」

 2メートル近い長身をたいらにして事務所の床を這い回っていた菅原が言った。林さんの上司に当たる、この書店ではマネージャーと呼ばれている30代ぐらいの男性が薄気味悪そうに僕たちを見ている。無理もない。

「なに?」

「カメラです。盗撮目的でしょう」

 脱兎の如く逃げ出すマネージャーを、菅原がその倍以上の速さで追い駆け、捕まえた。林さんに頼んで本屋の店長を呼び出し、その後警察に通報した。は盗撮の常習犯だった。

「とはいえ」

 菅原も警察に連れて行かれてしまった。彼は何も悪いことをしていないのだが、逃げる犯人を引っ叩いて昏倒させてしまったのは少しだけ……良くなかったかもしれない。

 本来21時閉店のお店を巻きで閉め、店内には僕と、店長と、それに依頼人の林さん。他のアルバイトの人たちには帰ってもらった。話がややこしくなるからだ。

「幽霊は出るんだよね?」

 林さんに尋ねると、50代と思しき店長と揃って首を縦に振る。幽霊の噂は店長の耳にも入っていたようだ。盗撮犯は店長の甥だという話で、部屋着のまま店に駆け付けて来た彼の顔色はものすごく悪かった。


 幽霊。盗撮。常習犯。

 ふむ。


 林さんと店長には一旦席を外してもらい、僕ひとりで事務所に残る。明かりを全部消したら大して広くない室内が真っ暗になった。

 ぺらぺらのカーテンで囲まれただけの更衣室、ロッカーの前に白い光がぼんやりと揺れている。

「こんばんは」

 声を掛ける。光はふわふわと揺れる。

「あなた、もしかして、盗撮の被害に遭った人?」

 ふわふわ。

「じゃあもう、このお店のことは心配しなくても大丈夫だよ。あいつは逮捕されたし、菅原に引っ叩かれたら二度と盗撮する気になんてならないと思うし」

 ふわふわふわ。

「このお店、女子のバイト多いもんね。心配してくれてありがとう。あの盗撮野郎のことは、あとで菅原にもう何回か殴ってもらうってことで……どう?」

 ふわふわふわふわ。

 ふわっ。

 白い光は、幽霊は、最初からそこにいなかったみたいに消えた。


 本屋の店長は、以前お店でバイトをしていた人全員に連絡を取って、謝罪して回ったという。自殺してしまった女性の家にも、お花を持って行ったとか。

 林さんは高校を卒業しても、まだあの本屋でバイトを続けるつもりらしい。


おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕と菅原と本屋さん 大塚 @bnnnnnz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説