本屋だから

尾手メシ

第1話

 駅前の本屋でのことである。

 全国チェーンの本屋で、市内には駅前店の他にも、郊外のショッピングモール店がある。雑多な本が並び、まぁ、面白みはないが用をたすには都合がいいような、そんな本屋である。

 入ってすぐの右手には横長のレジカウンターがあり、その奥には、なぜか本屋に併設されがちな文具コーナーがある。左手には本の収まった棚が並んでいて、それぞれの島を作っている。

 雑誌の島には常に複数の客がいて、立ち読みに余念がない。ハードカバーの島の客は、大儀そうに本を抱えてパラパラとページを捲っている。これがソフトカバーの島になると、じつに軽やかに本を持って、くるりとひっくり返して眺めている。彼らが興味があるのは本の中身ではなくてあらすじだ。漫画の島の客が注意を払うのは巻数だ。間違って同じ巻が重複したり、一つ飛ばしてしまったりしては目も当てられない。異彩を放っているのは、最奥に控える専門書の島。惰弱なものを跳ね除けるような、まるで巌のごとき静謐さに挑んでいくのは、狂気をはらんだ巡礼者だけだ。

 そんな、面白みもない本屋でのことである。


 レジカウンターの近くの、小説の新刊コーナーで本を物色していたときのことだ。

 先人に敬意を表して、ソフトカバーの本を手に取ってはくるりとひっくり返す。あらすじをざっと確認して次の本へと移る。そうして儀式を行っていると、カラン、コロンと耳慣れない音がした。

 音につられて見たレジカウンターでは、マントに学生帽をかぶった男が会計をしているところだった。会計を終えると、持っていた紐で本を十文字に括り、そのまま肩に引っ掛けて、男は下駄を鳴らしながらゆうゆうと去っていく。

 その背中を呆然と見送った。

 隣で作業をしていた店員が、ボソリとつぶやいた。

「まあ、本屋ですから」

 私もボソリと返した。

「そう、本屋だから」

それ以上に理由は必要ない。本屋だからだ。

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