二・いつか終わる日々
「先生はアヤメさんのために、私を誘拐したんですよね。でも私は、早く家に帰りたいです」
先生の家に来てから二日目の夕方、私は先生にそう訴えた。
連れ去られてすぐに言わなかったのは、混乱していたからかもしれない。もしかしたら泣き叫んだり何かしら訴えたりしたのかもしれないけど、その辺りの記憶はない。
「甲斐さんのご両親、心配してると思うか?」
「どういうことですか」
「家族とはぐれて、全くアナウンスされてない。それはおかしい。普通ならすぐにサービスセンターに行って、迷子の報告してもらうはずだろ?」
──お父さんとお母さんには、手のかかる弟がいるから。私はお姉ちゃんだから、ちゃんと自分でサービスセンターに行って、迷子になりましたって言えるから。
そう言えなかったのは覚えてる。先生から疑問を投げかけられても、私は何も言えなくて俯くしか出来なかった。
「あたしは、ハルちゃんが居てくれるほうがうれしいよ。家族に会えなくてさみしいって気持ちがないなら、帰らないでほしいな。いつか、帰らなきゃいけなくても」
アヤメさんは遠い街から家出して、先生のところで過ごすようになったらしい。「SNSで知り合ったんだよ」と、アヤメさんは嬉しそうに微笑みながら話してくれた。
「でもね、あたし達、変な関係じゃないんだよ? って、意味わからないかな。小四だと難しい?」
「わかります。……こどもができるかもしれない。そういう行為してるかどうか、でしょ?」
「知ってるんだ。じゃあ、あたしが男の人に興味ない性癖って、わかる?」
「おまえ、性癖ってなあ。どこまで話してんだよ。困ってるじゃん」
うすぼんやりと理解していたけど、私は理解していないふりをしたんだった。だって、それはつまり、アヤメさんが好きになるのは、私も含まれる女の子ってことでしょう。
先生は、ふつうなんだろうか?
「なんだ、その顔は。俺は異性愛者だぞ。こどもにも興味ないからな」
「じゃあなんで、アヤメさんと住んでるんですか?」
「帰る場所がないなら、作ってあげたくなる、そんなこともあるんじゃないか」
先生は、そう言いながら苦しそうに笑った。でも、今のこの状況は、誘拐に違いない。少なくとも、私はそうだろう。
「ハルちゃん、イヤならちゃんと言うんだよ」
アヤメさんは、私の頭を撫でながらそう言った。
夏休みに入ったばかりだったし、探してもらえていないなら、夏休みの間だけここに居てもいいのかも、なんて。最初の頃は少しだけ、そう考えていたのだった。
その気持ちがどう変わったのか、思い出そうとすると苦しくなっていた。
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