死者の森~白骨死体と筋肉自慢~/#05『お題・筋肉』

「これで全員? 意外と少ないのね」


「おいお嬢ちゃん、急にずかずかと『人んち』に入ってきて、人がぐっすりと眠っているのを掘り起こしてから、その一言はねえんじゃねえか?」


「ひいふうみい……四人だけ? 少ないけど……まあいいでしょう」


「マジでなんなんだ……ここは死者の森だぞ。見ての通り、白骨化した死人しかいねえ。

 こんなところに若いお嬢ちゃんが一人でやってくるのは、ちと警戒心ってもんが足りないんじゃねえか? ……呪い殺すまでもなく、あんたのその細くて脆い首をへし折ることくらい、オレでもできるんだからな」


白骨死体ガイコツなのにできるの? 脆いと言えば、どっちかと言えばそっちじゃない」


 白骨死体は、ところどころが欠けている。

 数えてみれば足りない骨がいくつかあるだろう。死後、どれだけ経っているのかは分からないが、白骨化するくらいだ、随分と長い時間が経っていることは推測できる。


「死者の森の恩恵だな。ここに埋められたおかげで、肉は腐っても、骨は頑丈になっているらしい……、それでも過剰な衝撃を受ければ折れるがな」


「ふうん。埋められたおかげで、森の力を地中から吸い上げたのかな……。うん、良かった、死者の森まで足を運んで正解だったよ」


「だからなんの用だよ。こうして喋っているからコミカルに見えるが、地中を掘って出てくるのが白骨死体って、これでもだいぶショッキングな光景だろ」


「まだ腐ってない死体よりは全然だいじょうぶ。遺跡の地下から出てきた貴重品みたいな感覚だし……、死体って言うより、もう骨董品だよね」


「まあ、骨だしな」

「そうそう」



 見た目、十四歳ほどの少女を囲むように、四人の白骨死体が切株に座っている。森の中は霧が発生している。互いの顔が見えないほどではないが、遠くを見通すことはできない。

 昼間か夜か……霧がさらに深くなれば分からなくなるだろう。


「……オレたちの力を借りたいってことか」


「うん、ちょっと『決闘の塔』で、バカな王子に勝負を挑まれちゃって。面倒くさいけど、負けるわけにもいかないし、試合放棄するのも嫌だし……、だから頼りにきたの」


「生者に頼めよ」


「生者のトップランナーは、決闘相手がもう確保しちゃってる。二番手三番手を今更、仲間に引き入れても、やっぱり評価された順位の間には壁があるからね……。だから生者のトップランナーに対抗できるのは、死者のトップランナーだと思ったから――」


「で、わざわざ死者の森まで、か」


「そ。わざわざって言うけど、別にすぐ近くにいたから……大した手間じゃないよ」


 決闘は一対一ではない。相手の旗を先に奪った方が勝利の『フラッグ戦』である。

 人数の上限は十人まで。ここにいるのは四人で……定員を考えればまだ少ない。


 他にも掘り起こすべきだろう。


「死者のトップランナー? 違うぜ、トップランナーが死んだら、トップどころか、ランナーですらねえ。オレたちに生前ほどの力はねえよ」


「力がなくても技術はあるでしょ。体が覚えてる。たとえ骨だけになろうと、武器を渡せば生前と同じパフォーマンスを期待できる……、腕っ節自慢を掘り起こしたわけじゃないの。

 筋肉が削ぎ落されたらなにもできなくなる役立たずは、チームにはいらないから」


「おいお嬢ちゃん、口には気を付けろ」

「え?」


 ん、と少女と対面していた白骨死体が指を差す――少女の真後ろを。


 そこに座っているのも、姿だけは四人ともそっくりな、白骨死体だ。


「そいつは生前、世界で最も筋肉量があった男だ。

 見た目の筋肉もすごいが、腕力、体の頑丈さ、どれを取っても、確かにトップランナーだったぜ。まあ、今はそんな栄光なんて、見る影もない骨だけだがな。

 ……筋肉に依存している役立たず? おいおい、お前は結果しか見えていねえのかい?」


 少女の後ろで、膝と両手を地面に着いて落ち込む白骨死体……元・筋肉自慢の男だった。


「……結果だよ。実力者を集めてるの。

 武器を渡せば技術を発揮できる他の人たちなら、筋肉がなくても劣化はしていないはずだよ。狙撃、剣技、戦術……やっぱり、その人たちと比べたら、筋肉があるからこそ発揮できる力自慢は、白骨死体になったらいらないよ。

 ……それに、大前提として、危ないし。

 なにもできない人が戦場に出ても、本人が痛い思いをするだけだと思うけど?」


「それは一理あるな。だが……、筋肉自慢の評価するべきところは、本当に強い腕力や頑丈さ、筋肉があるからこそ出せる結果……だけか? 注目するべきは、そこか?」


「他に見るべきところ、あるの?」


「狙撃も剣技も戦術も、怠ければ劣化するが、それでもパフォーマンスががくっと落ちることはない。今のオレたちが、武器を渡されたら自然と実力を発揮できるようにな――その点、筋肉ってのは放っておけばすぐになくなっちまうもんだ。

 維持をする……ただ鍛えるだけでいいってもんでもねえ。体を壊したら元も子もねえだろ? だから筋肉を維持するには、知識と忍耐力、持続させる『心』が必要だ。

 そのメンタルこそ、評価点じゃねえか?」


「……でも、筋肉がない筋肉自慢が……戦場でなにができるの?

 決闘で、わたしの役に立てるの?」


「諦めないやつが一人でもいてくれれば、半数が折れても引っ張れる。

 お嬢ちゃんが意図的に仲間から外したその男は、それができる。それしかできねえけどな。だが、それしかできねえってことは、必要な時に最大の効果を発揮する。

 筋肉自慢は筋肉を持たなくとも役に立つんだ――出来上がった筋肉が自慢なんじゃねえ。そこまで筋肉を育て上げた努力が自慢なんだ。筋肉がなくなっても、自信はなくならない」


 少女の後ろ、褒められた筋肉自慢が、生前の癖で胸を張る。


 そこにあるかのように、筋肉を見せびらかしている。


 ……見えるのはガリガリ以上の、骨だけの体だったけれど。


「じゃあ、まあ…………採用で」


 そして、少女は白骨死体を引き連れ、決闘の塔へ向かった。




 生者と死者の決闘は、長期間に及んだ。


 結果を言えば……勝者は少女である。


 勝因はたった一つだった。



 ――不屈の魂。



 死んでもなお生き続ける死者からすれば、長期間の決闘など短いものだった。


 まあ、それに付き合わされる少女は、疲労と精神の摩耗で、随分と若い内から年を取ったように老けてしまったけれど。



 ―― 完 ――

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