酒豪都市/#04『お題・深夜の散歩で起きた出来事』

 酒豪しゅごう都市へようこそ、いぇいっ、いぇいっ!!

 ダブルピースが歪んで見える……うえぇ。

 ……へ? はぁ? 酔っているんじゃないかって? そんなわけがないじゃないー、だってこの都市で『酔う』ってことは、社会的な死と同義だって言うじゃない?

 うむう、なので酔ってはいないのれすよー、うへへへへ。


「ちょっと、そこのあなた、大丈夫ですか? ――きゃっ!?」


「うぃ。あたしの懐に手を伸ばしても酒瓶しかありませんよー、この盗人ちゃんめっ!」


「いえ、違います違います! だってあなたが酔って転んでいたから、」


「酔っていないとなんど言えば分かるんれすか!

 ひへへー、ちょっと君、一緒に飲んでいこうじゃないかー、奢られてあげよう」


「奢ってくれないんですね」


 こっちじゃ、こっちじゃ。

 我は常連、近くのお酒が美味しいお店があったりするのれす。


「さすが酒豪都市……お酒ばかり……でも、お姉さんは酒豪ではないですよね」

「なんでじゃあ」


「こうも分かりやすく酔っているので」

「酔ってないれすよお? 酔うってどういうことを言うんですかぁねぇ」


「目の前にいるのが生きた証拠でしょうね」


 とうちゃーく、チェーンの居酒屋ではなく個人のお店、小料理屋でーす。


 そう言えば君は観光しにきた子かな? 今更だけど未成年じゃあ、ないよねー?


「つい先日、二十歳になったばかりです。なので一度はきてみたかったんです、酒豪都市……。

 まさか町の中から酒臭いとは思わなかったですけど。……酔っ払いも多いですし、観光としてくるなら最悪ですね」


「言ってくれるじゃーん。でも、人気が高いのよー。お酒が好きな人にはたまらない都市だと思うのよー……よし。へい大将、さっきのちょーだいっ」


 うざったい暖簾のれんをくぐって、カウンター席にダイヴ!


「あ、お姉さんは常連さんなんですか?」


「ううん。さっき初めて入った。

 だからさっきのちょーだいって。美味しいから飲んで食べて吐いちゃえ」


「ちょっと! 大将の前ですよ!!」


 お隣の二十歳がわーわー喚く……頭に響くのよん。

 だいじょぶ、大将はそういうのは気にしなーい。嫌そうな顔は元からなんれす。


「うひ、出てきた最高級のお酒。酔いなされ、若人。楽しい一日の始まりぜよ」

「もう夜遅いんですけど……」

「一日は深夜から始まるのれす」


 出てきたお酒をぐいぐいっと、飲んでいく。

 くぅー、これこれ。お隣のお姉ちゃんにも分けてあげる。

 少量でも結構、体の芯にくるかもねー。初めてだとちょっときついかも?


「ひっく」


「うぉい早っ!?」


 顔を真っ赤にぐらぐらと体が揺れている……、こういうおもちゃがあったような……?

 倒れそうになったお姉ちゃんが椅子からずり落ちて、額を床に強打……痛そー……。


「だ、だいじょーぶー……?」


「うひ、ひっく、ひひっ、あははっ、ふへへへへへ!」


 壊れた!

 彼女が立ち上がり、荷物を持って店を出ていってしまう……。


「トイレはこっちだよー……って、聞こえてないか。

 吐くところでも探しにいったのかなー……ごくごく」


「追いかけないのか?」


「やっと喋った大将! ん? 追いかける? どーして?」


「友達、だろ?」


「違うよー、さっき会ったばかりの二十歳の子、らしいけど……どーだろーねー。実はまだ未成年だったりして」


「未成年ならまずいな。だが、年齢を誤魔化してこの都市に入るのは不可能だろう」


 まあね。この都市は未成年、立ち入り禁止だし、こうして入ってこられている時点で年齢の方はちゃーんと許可が出ているわけだからねえ。今更、あの子を疑うのはこっちの負担になる。

 頭を使うと頭が痛くなるのれす。


「うぇ」

「吐くなら帰ってくれ」


「そうします……」

「お代は置いていきなさい」


「ツケで」

「それができる信頼関係はないだろう……まあいい、後日、必ず払いにこいよ。こっちはお前みたいなヤツから金を(奪い)取る手段を持ってる。敵に回さないことだ」


「…………酔いが醒めました。でもツケで」

「あいよ」


 あたしは店を出て、あの子を追いかける。




「どこにいったんじゃー」


 夜風に当たりながら探す。探しながら散歩ではなく、散歩をしながら探している感じになってしまっている……人探しがついでじゃん。


 公園にやってきた。

 繁華街はお酒と料理の匂いだけど、一歩道を踏み外せば、汚物が溜まっているので人探しには向いていない。あの子もそういうところは避けるだろうし……、公園のような開放的な空間と少しの自然が癒されたりするのだ……。

 酔っていると特に。


「きもちわるい」


 ダメだ、酔いは醒めたが、頭痛が直らない……吐きそう……吐きたい……。


 池に吐いてもいいのかな?


「でも鯉とかいたら、吐いたあたしの中身を食べられるのはなんか……やだ」


 水面を見ていると酔う。

 顔を上げると、池の先から笑い声。


 …………ゆっくりとこっちに流れてくるのは、大の字で水面に浮いているさっきの子だ。

 遠目なので曖昧だけど……、柵からちょっとだけ身を乗り出して確認する。

 ……やっぱりあの子だ。


「見つけた」

「うひ、ひっく、ふへへ」


「酔って飛び込んだの? よく浮いているね……普通、沈んで溺死だよ?」

「できしぃー? するかそんなもん!!」


「はいはい、引っ張り上げてあげるから――」


 池の中から、ずぶ濡れの少女を引っ張り上げる。

 あたしも濡れて……——って、寒っ! 最近、冬に近づいてきているとは言え、まだ暖かい方だ。それでもやっぱり、深夜に水に浸かると寒い!!


「――へっくしゅ!! ひふ、お腹すいたれす」


「酔ってるね、お嬢ちゃん。……仕方ないなあ、ほら、ホテルまで連れていってあげるから――もうっ、明日からは自分でちゃんとするんだよ!? まったくもう……」


 びしょ濡れの少女を抱え(二十歳って、少女なの?)、近くのホテルに直行した。

 格安なのでまだ部屋には余裕があった。そこにこの子をぶち込んで、あたしは別のお店へ向かう――飲み直そう。そして忘れてしまおう。覚えていると、この子の世話を焼いてしまう。


「さて、次はどこのお店に……お、意外と屋台とかがいいのかも!!」




「いひ」


 公園で目を覚ました。

 眩しい太陽の光があたしを照らしている……、吸血鬼だったらとっくのとうに灰になっているね……。酔いが回って、ハイなのはあたしだけど!! ふひひ――……ん?


 ベンチから起き上がると、揉めている声が聞こえた……男女……痴話喧嘩?


 それをつまみに、手元にあった缶のお酒をぷしゅっと開ける。



「――だからっ、わたしはあなたと付き合ってはいません!!」



「そんなっ、だって昨日の夜、あれだけ私たちは愛し合ったじゃないか!!」


「――待て待て、昨日の夜は、僕と仕事の話をしたはずだよ。君のスタイルは理想的だから、モデルになってくれないかって誘ったら……君は了承してくれたじゃないか!!」


「そんなわけがないだろう! 彼女は俺と一緒にいたんだ! 一緒にお店を出そうって、前向きに考えてくれていた……。手伝ってくれるって言うから、彼女に大金を渡したと言うのに!!」


「も、貰ってません!!」


「君のカバンに入っているはずだろう、まさかこのまま盗むつもりじゃないだろうな?」


「ち、違っ――え!? なんで大金が入ってるの!? それに契約書も……!」


「どうだ、これが証拠だ、俺が本当のことを――」


「待ちなさい、カバンにあらかじめ入れておく『仕込み』なんていくらでもできる。騙されてはいけないよ。観光客をこうして騙して利を得るようなクズ野郎が、この都市には多いんだ……信じてはダメだ!」


「あ、あなたのことも……」

「私のことは信じてくれ!」


「いいや、僕の方こそ信じてくれ! 情報ならいくらでもある――だから、」


「あなたは嘘を吐いているな」

「そっちこそ!」

「それはお前だろうが!!」


「ちょっとっ、やめて! 誰が嘘を吐いているかなんて、そんなの――」


『本当のことを言っているのは私(俺、僕)だ、他の二人は嘘を吐いている……!

 さあ、早く選んでくれ!!』


「え、えぇっ!? よ、酔って記憶を無くしただけで、こんな目に……!?

 お、お酒なんて、興味心で飲まなきゃ良かったっっ!!」




 …………。


 ……あの子はぁ、なんか見たことあるけど……人違いかな、人違いだよね。


 人違いであってほしい……。


 まあ、これも勉強でしょう。

 この都市で酔って記憶を無くせば、その隙に罠を仕込んだ誰かに、いいように振り回される。

 だから酔わない酒豪でいなければならない――この都市では、必須のスキルなのだ。


 たまには酔ったフリも必要なのよ、お嬢ちゃん。


「飲まなきゃ良かった? 違うよお嬢ちゃん。お酒を飲むことは罪じゃない。お酒を飲むことは幸せの一種類目だ。だけどね、飲んでもいいけど、、これは常識ぜよ?」


 空き缶を投げ捨てる。


 あら、間違って男の後頭部に当たってしまったわ。


「いて!? ……なんだ、酔っ払い」

「うぃひっく、ちょろっとー……その子をいじめるのはダメよー」


「引っ込んでろ、お前には関係ないだろ」



「じゃあみんな関係ないよね。

 だって、誰もその子と昨日の深夜に会ってはいないんだから」



 場の時が止まった。

 ぐうの音も出ないのれすかねー?


「…………カバンの中の大金は? 書類はどう説明してくれるんですか?」


「別に仕込めるでしょ。いつでも、どこでも。あとは酔わせて記憶を失わせれば、どうとでも言えるのよ。それに、三人ともグルでしょ?

 全員が嘘を吐いているのに、本当のことを言っているのは誰? なんて聞かれたら、『この中に正解が存在する』と思っちゃう。ずるいわねえ、せこいわあ……。

 ぜんぶ、嘘で間違っているのに」


 だからぁ、お嬢ちゃんは相手にする必要がないのよ。


 嘘に乗っかって、『本当にする』ことはないんだから。


「それとも呼ぶ? ポリスマン」


 敬礼しながらその名をちらつかせると、男たちは足早に散り散りになっていった。

 潔く逃げていったね。


 追い詰めてもいいけど、お嬢ちゃんがいる前だ、あまり酷いことはできないか。



「ありがとうございます、お姉さん」


「ん、気を付けてね、お嬢ちゃん。自衛は自力でできないとダメだよ」


「自衛は自力が前提では……? でも、はい、気を付けます。お礼をさせてください、通りすがりのお姉さんに助けて頂いて、なにもしないのは私の気が済みません」


「いいってー。昨日、一緒に飲んだ仲だしー」

「え?」

「え?」


「…………あ、そうでしたかー」


「おいこらあんた、覚えてないのか。

 楽しくわいわい飲んだじゃんっ、格安ホテルに送り届けてあげたのに!!」


「それは……あっ、全部、嘘……?」


「今ここで発揮していい疑いの目じゃないよ!

 忘れてるなら別にいいけど……いいけど!! でもなんだか寂しいじゃんか!!」


「ごめんなさいっ!! じゃ、じゃあ……、また飲みます?」


「お酒に強くなってからね。あなたは飲まないように。

 ……ほんと、なにをしでかすか分からないんだから」



 ―― 完 ――

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